異世界インバウンド~黒騎士が商店街にやってきた~
志乃亜サク
プロローグ
大ピンチだ。
この私―――「
目の前のモニターは無数のメッセージで埋め尽くされている。
その内容はこうだ。
「○○分以内に仮想通貨で支払いを完了してください。さもないとあなたの個人情報が世界に拡散されます」
ひとつを消してもまたひとつ、同じメッセージが無限に表示される。その間にも「○○分」のカウントダウンが進んでいる。
どうしてこんなことに・・・突然送られてきたイケメンアイドルからのメールを開いてリンクをクリックしただけなのに―――どうして。
「もうダメよ・・・こうなったらもう、お金を払うしかないわ」
幸いにも、表示されている金額はどうにか払えない額ではない。これでこのピンチを脱出できるなら―――!
「バカなことを考えるなよ、シハツ。それは奴らの思うつぼだぜ?」
隣でモニターから目を切らずひたすら高速でマウスを動かし続ける男が、静かに言った。
「ケン―――」
私が「ケン」と呼んだこの男―――
「
じつは私はこのケンと数日前から同居している。
甘い同棲生活・・・というわけではなく、どちらかといえば私がこの世界でのケンの身元引受人という関係だ。
ケンはあることがきっかけで私たちが暮らすこの世界に召喚された
「旅人(ウォーカー)」だ。
召喚前の世界では伝説の勇者として魔王と戦い、その前の世界では銀河間戦争の行方を左右する伝説の宇宙戦闘機パイロットだった・・・らしい。
そのあたりはまた別の機会に掘り下げるとして、とりあえず今の彼は「モニターに次々と現れるコンピュータウイルスのメッセージを必死で片っ端から消していく人」だ。
伝説の勇者?伝説の宇宙戦闘機パイロット?
突拍子もないことを言っているのは自分でもわかっている。
ただ、それを真っ向から否定できないのは、彼の人間離れした身体能力を私が目の当たりにしているからだ。
モニターを見て欲しい。
ランダムな場所に次々現れるメッセージボックス、それをよどみない動きで消していくこのマウスさばきを。
この動体視力・・・ただのニートじゃない。すごいニートだわ―――。
「がんばって、ケン。私の、私の個人情報を守って!」
「ああ、任せておけシハツ。だが―――」
ケンが一層険しい顔をしている。彼の驚異的な動体視力をもってしても、モニター上で繰り広げられる戦いは劣勢にあるようだった。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
マウスのクリック音が狭い自室に響く。
しかし10個のメッセージを消す間に11個の新たなメッセージが生まれるような苦しい攻防が続いている。
「く・・・せめてもうひとり、もうひとり腕利きのハッカーがいれば―――」
ケンが苦しそうに言葉を絞り出す。
そんな・・・腕利きのハッカーなんて私の知り合いには―――
部屋を絶望的な空気が支配する。その時だった。
「フン、苦戦しているようだな」
突如背後から発せられた男の野太い声に振り返ると、赤髪の大柄マッチョが腕組みしながら立っていた。
「うおう」
変な声でた。
「お前は・・・ガイ!?なぜこんなところに」
モニターに反射するその男の顔を見たケンが驚きの声をあげた。
「クックック、『なぜ』だと?貴様が苦戦するさまを笑いにきてやったのよ」
「なんだとう・・・帰れ野次馬、帰りやがれこんちくしょう!」
「クックック、良いのかそんなことを言って?貴様がプライドを捨てて俺に頭を下げるなら、助けてやらんこともないのだぞ?」
「助けてください!」
早っ
「フン、よかろう。それに・・・この女には借りを返さねばならんからな」
テーブルにファサッと置かれる3,000円。
あ、こないだの。
じつはこの「ガイ」と呼ばれた男も、ケンと同じくこの世界に召喚された「旅人」なのだ。
前の世界では、勇者ケンと壮絶な戦いを繰り広げた魔王軍の黒騎士。
その前の世界では、天才パイロット・ケンと撃墜王の座を争ったベテランパイロット・コードネーム[ケルベロス]。
その前の前の世界でも、前の前の前の世界でも―――陣営が分かれたり一緒になったりしながら、長きにわたりケンのライバル的なポジションにいる人―――らしい。
「女、場所を借りるぞ」
「は、はい」
「戦いの邪魔だ。下がっていろ」
このガイさん、まだ数回しか会ったことはないのだけど、無愛想ながら悪い人ではないのは何となくわかってきた。
ただ、言い回しが古い。
所作がすごくダサい。
おもむろに大画面モニターを床に置き、パソコンに接続するガイ。
「ガイ、何をするつもりだ?」
「クックック、わからんか?
【デュアルモニター】よ」
「デュアルモニター・・・そうか、その手があったか!」
「フン、わかったらなら貴様はウイルスメッセージの増殖を食い止めるのに集中しろ。俺はこっちのモニターから原因のウイルスを探し出して破壊する」
「勝算があるんだろうな?」
「まずファイアウォールのバックドアにアタッチしてこちら側からバイパスを通す」
「なにい?バイパス・・・どういうことだ?」
「知らん!ファイアウォールが何かも知らん!」
「ガイ・・・味方にすると頼もしい男よ―――」
「クックック―――」
ガイはいくつものプロンプトを開き、コマンドを打ち込んでゆく。
カタカタカタ、カタカタカタ、スターン!
カタカタ、スッターン!
Enterキーの叩き方がいちいち気に障るけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
私の大切な個人情報は、この人の腕にかかっているのだ。
「OK・・・いい子だ・・・オーイエ、オーイエ、ビンゴ!」
おお・・・
カタカタカタ、カタカタカタ
そしてガイはおもむろに、ゆっくりと右手を上げる。
「チェックメイト」
ダセえ・・・
スッターン
それはとどめの一撃となった・・・はずだった。
「ぬう!?」
ガイが怪訝な声をあげる。
見ると、ガイのモニターにもケンが相手にしているものと同じメッセージが表示されていた。
そして間もなく、それは2つ、3つと増殖を始めた。
「笑止!」
ケンにも劣らないマウスさばきでそれらを消去していくガイ。しかしメッセージは消す以上のスピードで増えていく。
「ぬおおおお!?」
目の前に次々現れるメッセージをひたすら消す人が、もうひとり増えた。
「うおおおおおおおおお!!」
アカン―――何しにきたんやこの人―――
「ふふふ・・・相変わらずね、ふたりとも」
突如背後から発せられた色気のある声に振り返るシハツ。
いつからかそこには妖艶な空気とゆったりとした黒いワンピースをまとった美しい女性が立っていた。
「うおう」
変な声でた。なんでこの人たち私の家に勝手に入ってくるんだ。
「お前は・・・マダム・ウェンディ!?なぜこんなところに」
「貴様・・・またしても我らを愚弄するのか?」
「ふふふ、ごあいさつね。私は運命の分岐点に存在する女。これまでもそうだったように―――」
あ、またおかしなこと言い始めた。
じつはこの「ウェンディ」と呼ばれた女性も、ケンやガイと同じくこの世界に召喚された「旅人」なのだ。
前の世界では、諸国連合軍と魔王軍の間で暗躍する謎の女魔術師だったという。
その前の世界では、銀河の果てから戦争の行方を見守る謎の魔女だったという。
伝説の転校生ケンが在籍する学園で謎の女教師をしていたこともあるし、伝説の畜産農家ケンの牧場と契約する謎の女獣医だったこともあるという。
とにかく謎多き女性だ。
「あの・・・助けに来てくれたんですか?」
「ふふふ・・・今はまだその『時』ではないわ、子猫ちゃん」
ウエンディは持参した水筒からわが家のカップに紅茶を注ぐと、ソファに腰を下ろし物憂げな視線を窓の外の空へと送った。
「―――ご覧なさい、あれは世界の変革を告げる鳥よ」
「あれ・・・ヘリコプターですよね?」
「雨が、来る・・・」
だめよ私。
一回ひっぱたきたいけど今はガマンするの。
最終的に、パソコンはメーカーのサポート窓口の人に電話で聞きながら自分で対処した。
ガイさんとウェンディさんはすっかり満足してしっかり夕飯食べて帰った。
ケンはテレビのお笑い番組を見ながら笑い転げている。
気付けば、私がこのケンと出会ってから今日でちょうど1か月が経っていた。
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