017

「「やば……見た目キモッ!」」


ユイの顔がかすかに歪む。

アズサが一歩引くと同時に、その魔物は俊敏にサイドステップで距離を詰めてくる。

触手の一本がユイのドローンに向かって伸びたが、直前でヨモギの声が響く。


「キラー、紫電!」


後ろから飛び出したのは、黄色と黒の警告色を纏ったミツバチ型パペット――キラー。

小さな羽根を激しく振動させながら宙に浮かび、バチバチと音を立てて電荷を帯びる。

キラーの羽根から放たれた紫色の放電が触手に命中。

電流が巡り、魔物の身体を硬直させる。


「ナイス!」


アズサが小さく笑いながら、その隙を逃さず抜刀する。


「獄炎赫夜――月喰つきばみ!」


刃に纏う炎が一瞬で赤熱し、そこから放たれた一閃が、魔物の透明な触手を切断する。

熱は断面から侵食し、内部の水分を沸騰させる。


「"'&%"#${"}*@;……!」


魔物がくぐもった声のような音を発し、うずくまる。

だがすぐにコアが発光を始めた。


「コア過熱! 自爆するよ!」


ユイが即座に叫ぶと、足元にいたキングが動いた。


「キング、送水管を!」


キングは、回転しながら魔物の足元へ滑り込み、そのくちばしで地面を叩く。

数秒のラグの後、バルブが破裂し、魔物の体を吹き飛ばすほどの水圧が吹き出した。

魔物は仰向けに跳ね、コアが硬い壁に叩きつけられる。そのまま、光と共に崩壊した。


「…………やったね。」


ユイが息を吐き、ドローンを再び回収する。


「ふぅ……最初から飛ばしてくるじゃん、このダンジョン。」


アズサは剣を納めながら、瓦礫の上に腰を下ろす。

私はカモフラを肩に戻し、周囲を見回す。


「これ、進行ルートとして正しい? キングのマッピングと照らし合わせて……」


「うん、合ってるよ。たぶん、この先にボス部屋がある。ダンジョンの魔力密度が高まってる。」


撃破した魔物の残骸を通り過ぎ、三人は次なるエリアへと足を進める。


そこはかつて深海ゾーンと呼ばれていた場所だった。

今は天井の一部が割れ、蛍光灯が青黒い闇をかすかに照らしている。

展示ケースの中には、既に生き物はおらず、代わりに藍色に染まった水と、どこか有機的な影が漂っていた。

ケースの外側には苔が這い、ひび割れたパネルの表示だけが、かつてここが人の手で作られた空間だったことをかすかに語っていた。


「展示区画って、もっとこう、癒し系の雰囲気じゃなかったっけ?」


ユイがぽつりと呟きながら、ドローンを先行させる。


「いや、どこが癒し系なの。……私、さっきのクラゲっぽいやつの足音、まだ耳に残ってるよ。ペチ、ペチって。」


――そんな風に軽口を叩きながら歩いていける空間が、今は確かにここにあった。

だが、気を緩めすぎるわけにもいかない.

私は肩に張り付くカモフラを指先で軽く叩く。


「カモフラ、展示ケースの奥、視える?」


カモフラがぐにゃりと肩から頭頂部へ展示台へ上るようにゆっくり這っていく。


「えぇっと、敵が奥にいるっぽい。数は……二体以上かな?」


「どうやら、本展示が始まるみたいだね……」


「よし。じゃあ、アズサ――準備、いいか?」


それは、割れた水槽の底から這い出すように現れた。

全長三メートル近い、半透明の球体に長い触手を無数に伸ばした影。

元は水族館の大型展示用クラゲだったのだろう。

それが魔力を取り込み、変異を果たした異形。

その触手の先には、ガラス片のように鋭い刺がいくつもつき、液体の内部には、かすかに回転する複数の「核」が浮かんでいた。


「こっち、来るよ!」


アズサが叫ぶと同時に、魔物の触手が空気を裂いて振り下ろされる。


私は即座にキラーに命じる。


「キラー、紫電!」


その瞬間、触手と無数の電撃が衝突する。

それは、触手を対処するには少し過剰なほどだった。

これは…いける!


「ユイ、キラーがノってきた。アレいけるよ!」


「了解――チャージモード展開!」


ユイが声を張ると、彼女の背後に浮かんだ球体のドローンが、まるで花が開くように変形を始めた。

ドローンの殻が八枚の金属板に割れ、その内側から光を帯びたレールユニットがせり出す。

球体の中心部には、キラーが吸い込まれるように搭載された。


「《ハニー・カタパルト》、チャージ開始。出力、第二段階!」


バチバチと空気が焦げるような音が響く。


キラーがドローンの中心に格納されることで、静電誘導が加速し、レールユニットの磁界が強化されていく。


「目標、上部核一点。照準よし、撃つよ!」


凄まじい音とともに、キラーが磁界に弾き飛ばされるように射出された。

放たれた電撃の弾丸...キラーは、空中でスパークを巻き起こしながら、クラゲの中央にある核の一つを正確に撃ち抜く。


「貫通確認! 核一つ、破壊できたよ。」


ユイが叫ぶのと同時に、魔物が異様な悲鳴のような音を上げ、触手を激しく振り回し始めた。


「よし、次は下層側から!」


「獄炎赫夜――十五夜!」


剣を抜き放つと同時に、その刀身が真紅の炎を纏う。

次の瞬間、無数の十字斬撃が空気を裂いて放たれた。

炎が刃となり、大量の触手を焼き切る。

焼け焦げた触手が床に落ち、火花を散らす。

その隙にキングは狭い排水管を使って射出された勢いを利用し、水膜の張った床を滑るように疾走。

クラゲの裏側へと一瞬で回り込み、水弾のようにジャンプした。

キングの突進が炸裂する。

ブシャッ、と何かが弾ける音。

魔物の二つ目の核が砕け、透明だった体が一部白濁し、体の一部が崩れ落ちていった。


「やった! 大打撃!」


アズサが拳を握る。


「ラスト行こう。ユイ、出力最大でいけるか?」


「もちろん!」


再び、ユイのドローンがチャージモードへ。

キラーが震えながらドローンの中心に収まり、最終弾を――


「出力、第三段階。行け、キラー!!」


雷鳴のような一撃が空気を切り裂き、魔物の残った最後の核へと突き刺さる。

キラーの周りになんか靄がかかってない?

もしかしてあれかな...音速を超えた時に発生する…...ソニックウェーブだ、思い出した。

考えていると、魔物の体が爆裂。

気のように魔力の残滓が吹き出し、内部から崩壊した。


蒸気の中、少し肩を落としつつ、ユイがドローンを回収する。

キラーはふらふらと外に飛び出し、再び私の肩に着地した。


「ユイ……わかってたけどさ。キラー、あの中に入るの、めちゃくちゃ嫌だったらしいよ?」


「えっ、そうなの?」


アズサが近づいて、キラーの頭を指先でちょんと突く。


「うわ、めっちゃ震えてる。かわいい。」


「なんか……だんだん、パペットがみんな、アズサに懐いてきてないか?」


「うん。近いうちにパペットの主導権変わってるかもね。」


「……マジでやめてくれ、家庭内ヒエラルキーで私が一番下みたいなやつ……」


「ふふふっ」


アズサの笑顔は、深海展示の青い光の下で、ほんのりと花のように柔らかかった。

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