影の存在

一週間ほど、彼の姿を見ることはなかった。


少しずつ、日常が戻りかけたころ、改札を出た先、暗がりにあの人はいた。

自販機の脇で、無表情で私を見ていた。


(嘘……どうして……?)


全速力で逃げた。

あの日から、外に出るたびに周囲を警戒するようになった。


しかし、次に彼を見たのは、駅でも電車でもなかった。


夜、コンビニの前。


道路を挟んだ向こうに立っていた。

街灯の下、影だけが伸びて、不気味に揺れていた。


それからは、自宅でも安心できなくなった。


玄関の鍵を何度も確認し、チェーンをかけた。

窓という窓にカーテンを引き、外の光を完全に遮断した。

夜中に聞こえる微かな物音に、息を潜める日々。


スマホの画面を握りしめながら、私は思い返していた。


最初はスーツだった彼…


改札ではパーカー、コンビニではもっとカジュアルな服装……少しずつ……私と同じ

普段着みたいに……。


誰にも相談できなかった。

友達には笑われた。

警察に行く勇気も出なかった。

ただ、ひたすら、耐えるしかなかった。

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