少年兵と流れ星

阿納あざみ

第1話 少年兵と流れ星

 鳥が、上空をまっすぐ飛んでいく。それが鳥ではなく戦闘機で、今から敵軍を燃やしに行くことを少年は知っていた。


 彼は自然のなかに身を隠しながら、疲労と空腹でぐらつく意識をたてなおすために何度も深呼吸をする。風上から死体の腐った匂いがしている。粉塵が喉をつつく。火薬が誰かを焼く油っぽい空気が肺を満たした。噎せそうになる汚れたものだったが、彼はそれにもう慣れ親しんでしまっていた。


 作戦の時間になった。少年は姿勢を正して銃を構える。スコープを覗き見て敵の姿をとらえた。焦らず、確実に。

 心のなかですら小さく呟いて、引き金をひいた。すぐにスコープの中心の誰かはまっすぐ後ろに倒れた。喜びも悲しみもわかないよう心に重い蓋をする。

 作戦はまだ展開中だ。心を冷やしたまま次のポイントに移動する。


 結果、その日はひとりも撃ち漏らすことなく一日を終えた。少年は生きていることに安堵しながら前線基地で配給された温かいスープとかたいパンをかじった。スープが冷たいと士気に関わるらしいと噂に聞いたことを特に感慨もなく思い出していた。


 スープを飲み干し、とろけた具材と液体の残りをパンで削るようにして口のなかに押し込む。この世の誰にも奪われることのないように。


「ようクソガキ、まだくたばってなかったか」


 上官に絡まれても耐えられるように。


「……みなさんのおかげです」


 上官は少年の返答に対してニヤついた顔でぐりぐりと痛いくらいに頭を撫でる。サイズのあっていないヘルメットがずれる。少年にとって上官の行為は不快でしかなかった。


「いやいや無事で何よりだ。おまえはガキの割に使える方だ。それに何より、大事な仲間だしな」


 周囲の大人が声を殺して笑っていた。どういう意味なのかはわからなかった。


 そして上官の言葉が本当か嘘か、少年には判断できなかった。甘い言葉にすがりついてしまいたかった。それでも身体の底から沸き立つ不快感がどうしても燻っていた。


「ありがとうございます」


 しかしほの暗い感情を表に出せば何をされるかわからない。それらを全部隠して素直にへりくだってみえるよう感謝をする。


「チッ可愛くねえガキだ。ま、そのままスクスク育って立派な軍人目指せよ。ここが一番自由にできるからな」

「はい、上官のような立派な軍人を目指します」


 少年の返答に満足したようだ。上官はとっとと次の激励へ向かった。

 何が違ったかわからないが、今回は生意気だと殴られることもなかったと心のなかで安堵のため息をつく。

 感情を表に出してはいけない。何をされるかわかったものでないから。


 作戦は明日から第二フェイズに移る。これからまた別のポイントに派遣され、敵軍を攻撃する。いつものように。そう思えばやることは何一つ変わっていない。余計なことを考えそうなときは早く寝るに限る。


 テントに向かう途中、なんとなく空を見上げた。動きのおかしな鳥が一羽、どこかへ飛んでいった。少年はテントのなかで、今夜も銃撃戦の幻聴のなか眠った。


△▼△▼△▼△▼△


 今日も軍事作戦だ。かまわない。状況は多少変わったがやることはかわらない。だから落ち着けと自分に言い聞かせながら相棒の狙撃銃を引き寄せる。


 この部隊に少年兵は彼だけだった。ほかはみな死んでいった。最後の生き残りとして従順にいよう。そうすればまだ生きていられる。少年はそう信じた。


 指定されたポイントにつく。身を隠すものを定める。そこそこの太さと高さの樹木だ。大人だと無理だが己くらいなら身を隠すにはもってこいだと判断した。よじ登り迷彩を纏って、銃を構えようとした。


「すまないそこの少年」


 戦場に似つかわしくない、華やかな少女の声がした。

 それはたしかに幼い頃見た、花嫁を飾る薔薇のように美しく、平和な世界の鐘の音のようによく通る声だった。

 声の方向を見上げると、逆さ吊りの少女が木にひっかかっていた。


 警戒心を抱くより先に、少年は彼女を美しいと思った。指一本動かせなかった。


「おろして……くれないか?」


 困ったように微笑む少女に、少年兵は手を伸ばさずにいられなかった。


△▼△▼△▼△▼△


「助けてくれてどうもありがとう。わたしはメテオラ。自由を愛する旅人さ!」


 そう胸を張って名乗り終えるやいなや全身にくっついた木の枝や葉っぱを取ったり払ったりしだした。


「……いえ、別に」


 なぜ助けたんだろう。

 違う。そう、騒がれたら作戦遂行に支障を来すと思ったから。だからおろしたんだ。助けた訳じゃない。すべては作戦のためだ。

 慌てて言い訳を探す己を俯瞰する自分がいた。俯瞰する己もどうしてこんな焦っているのかわからなかった。


「まさかこの星が戦争中だったなんて。撃ち落とされてこの有り様だよ。ふらっと立ち寄るのは危ないね。次からは気を付けよう」

「星?」


 静かにしてくれ、と言いたくて振り向いた先のメテオラは、その長くて美しい金色の髪を櫛でといている。櫛を通すたびきらきらと輝いた髪は本当に彗星のようだった。

 違う。そんな場合じゃない。銃の重さで現実味を取り戻した。作戦決行の時間は近い。深く息を吸い込み心の平静を取り戻す。


「こっちにはこっちで用事がある。黙ってどっかへ行ってくれ」

「そういうわけには行かないよ。命の恩人なんだから、君のことを助けないと。ええと、君の」


 自分で木から降りられなかったくせに、と毒づきたくなった。不思議と彼女が近くにいると、抑えていた感情がわきたってしまう。まずい、作戦が、あるのに。


 使命を思い出した少年は混乱を一度に胃の奥へ押し込んだ。何か言おうとしたメテオラを遮って少年は念を押すように言う。


「僕にはいまからやらなきゃいけないことがある。だから、せめて、静かにしていてくれ」

「……ふーん、そうか」


 メテオラはそれっきり黙ってしまった。しかし少年には気にしている余裕もなかった。すぐに心を静める。

 銃を構えスコープを覗き、敵がいるとされるポイントを探る。いた。凪いだ心のまま冷徹に引き金をひく。スコープの向こう側の相手は、おもちゃのように倒れる。


「終わった? それ」


 少年の心臓はどきり、となった。冷たい声だった。何故か自分の両親の顔を思い出した。おそるおそるメテオラを見上げる。

 逆光でその表情はよく見えなかったが、ぎらぎらと輝く金色の瞳が射貫くように少年を見ていた。太陽が罪を暴くようにこちらを見据えている。


「次も狙撃、あるんでしょ。行こう」


 どうやら落下傘を回収していたらしい。それをきれいに畳んでナップサックにしまうと彼女は颯爽と次の場所に歩みだした。

 いやにざわついて一秒でもここにいたくない気持ちだった。

 何故、自分が居心地悪く感じるのだろうかと疑問に思いながら、次の狙撃ポイントまで小型のバイクで向かう。


△▼△▼△▼△▼△


 戦争用に改造されたバイクは荷台を備えており、メテオラはそこに座らせた。移動が一番危ないことはお互い重々承知の上だった。

 メテオラは荷台の壁を弾除けにしてナップサックを枕に寝転がった。その間、彼女は一方的に己の来歴について語りだす。


「わたしは様々な惑星を旅していてね。ここにはちょっとした寄り道のつもりで来たんだが、うっかり撃ち落とされてしまったわけだ。この星の狙撃手は有能だね」

「…………」


 少年は反応に窮した。基本的に対人相手にしか狙撃したことはない。それでも心の底にずくずくとした痛みが走る。いや、撃ったのは相手国かもしれない。

 そうに違いない。こっちは悪くないはずだ。汗をかく感覚が久々によみがえった。


「それにしてもなんで戦争なんてしてるんだい?」

「……数年前まではしてなかった。だけどいまは宇宙進出権をめぐって争ってるんだ。丁度タイミングの悪い時に来たね、アンタは」

「宇宙進出権!?」


 メテオラは突拍子もない声をあげた。


「こっちもそんなもののために争っているのかい? どこの星も似たようなことを考えるものだ、最悪、とっとと出ていかなきゃ」

「外の星じゃあ宇宙進出権を争わないのか?」


 あまりの言いざまに後ろを振り返って彼女の表情をうかがった。目が合った彼女はにやりと笑った。


「私の星はそれを争って滅んだよ。他惑星と戦争して負けたのさ」


 少年にとってはあり得るかもしれない未来の話だった。バイクのグリップを握る手に力がこもる。それでもペラペラとメテオラは一方的な会話を続ける。


「他銀河は惑星一つを塵にしたことを反省して通商条約を結ぶ方が主流になったよ。ほとんどの場合不平等だがね」


 故郷がないことをさらりと述べた。その何でもない様子から、メテオラはまだそのことを腹に据えかねていることが読み取れた。

 少年はどう返せばいいかわからず黙ったままだったので、二人の間にはしばらくエンジン音だけが響いていた。


 やがて、次の狙撃ポイントに着いた。少年は彼女と話してわいてきた心のような何かをもう一度抑えこんだ。

 二か所目の狙撃ポイントは何事もなく終わった。念入りに深呼吸を重ね、いつもより集中して引き金を絞った。

 結果、いつものように撃ちぬいて、スコープ越しの相手はいつものように倒れこんだ。


△▼△▼△▼△▼△


 三か所目の狙撃ポイントに向かう。ただ、ここは何か今までの場所と違って違和感があった。

 今までは罠にかかってあぶれた前線の兵士を狙うものだったが、自分の位置が戦場に近すぎるような、そんな気がした。


 そんなものは気のせいだ、と余計な考えを振り払う。従順でいれば問題ないはずだ。上官にだって殴られたことはあっても逆らったことはない。


 仲間だって、信頼しなくちゃいけないはずだ。それだというのに足は前に進まない。狙撃ポイントまであと数メートルなのに。そこへ行けばいいだけのはずなのに。


「ああ君、ここで殺されるね」


 メテオラは嫌な予感を言い当てた。言葉の弾丸は少年の撃つ弾より鋭く彼をえぐった。彼女は心臓のつぶれそうな彼に向ってなおも続ける。


「君あからさまに優秀だもんな、狙撃手同士の醜い嫉妬かな。

 ガキのくせに生意気だぞって塩梅か。嫌になるね」

「ち、ちがう!」


 少年は思わず叫んだ。息を荒げる彼に相対するようにメテオラは覚悟が宿った目でこちらを見据えた。それに気づかず少年は心を取り繕った。


「僕の同僚はみんな、優秀で、いいひとで、そんな、僕なんかまだまだで」

「君がそう言っても相手にとってはそうじゃなかったみたいだね」


 少年はショックを受けた。あの気に入らなかったとはいえ、仲間だとは思っていた部隊から、お前なんかいらないもの扱いされたことが思いのほか衝撃だったことに唖然とした。

 自分はそこまで戦争に染まっていたのか。そう思うと抑え込んでいた感情が次々にわきたっては流れていく。


 こっちだってお前たちが気にくわなかったのに。そもそも大人が戦争しなければ。どうして巻き込まれただけの僕が。僕を殺す前に自分の腕を磨けよ。どうして僕が殺されなきゃならないんだ。これが人殺しの報いなのだろうか。ごめんなさい、ゆるしてください。


 やつあたりの怒りの感情と、悲しみ。そしてなにより、蓋をしていた死への恐怖がわきたってきた。


 死にたくない。まだ、何もできていない。相棒としてきた銃を抱きかかえても己の体重を支え切れずそのまま膝をついた。


 気づけば足元の地面は濡れていた。視界がぐらぐらしていたのはめまいのせいだけじゃなく涙でもあると気づいた。呼吸がうまく整わなくなっていく。深呼吸もできなかった。


「よかった、君がそのまま感情に蓋をしたままだったらどうしようかと思っていたんだ」


 少年の頭にふわりと柔らかいにおいのする何かがのせられる。しろくてふわふわしたタオルだった。それで顔を包まれたのだと分かった。

 メテオラは故郷の太陽のように微笑んだ。その時少年兵は、彼女が己の救い主なのだとわかった。


「泣かないで命の恩人。ほら、君の名前を教えて」

「…………テラ。僕はテラ」


 そのまま土埃やら泥、鼻水や涙でぐしゃぐしゃに汚れた顔を優しくタオルで拭っていく。メテオラの手つきは何故か似ても似つかない両親のようだった。


「まかせて、テラ。わたし、君のために頑張るよ」

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