第二回葉月賞 講評+うみべ賞

 第二回さいかわ葉月賞において、うみべ賞として選ばせて頂いたのは以下の作品です。


 あづま乳業 様「いのちの博覧会」

 https://kakuyomu.jp/works/16818792439662028134


 前回の第二回卯月賞から引き続きゲスト審査員をさせて頂き、今回は58作品を読ませて頂きました。前回・今回ともに素晴らしい作品が多く、こんな中で私が偉そうに審査員をして良いのか……? という疑念もありつつ物語世界を楽しませて頂きました。

 そんな中で思ったのは、「4か月前の卯月賞と比べて、作品世界を描写するフォーカス精度が全体として圧倒的に精緻になっている」ということでした。

 すなわち、何を書くかについての迷いが無くなっている。

 前回書いた言葉をそのまま使うのであれば、どのパンチがジャブでどのパンチで相手を倒すのか、その意図が明確になっている。という感じです。だから当てるべきパンチのパワーが凄い。

 作者の意図が読者に通じるかは分からない。でも、その迷いは確実に読者を迷わせてしまいます。その迷いを吹き飛ばすような力を持ったパンチこそが読者に届くんだろうなーと思った次第です。

 そういう意味合いで、今回の応募作品のレベルは総じてかなり高かったと感じました。


 前回語ったことをもう一つ書きますと、

「テーマを選定すること」「そのテーマを消化し、何を書くかを決めること」

 これは一連の会話です。

 テーマとは背景ではなく主旋律。何故ならば、選者と書き手の間で唯一共有しているものだから。

 この意識(or 真摯さ)こそが、お題を与えられた際に最も大切なことだと思うんです。あくまでも私はね。

 そう言った意味合いでも、やはり、今回は総じて素晴らしかったと思います。


 これは講評であり前置きなのですが、

 今回うみべ賞として選ばせて頂いた「いのちの博覧会」は、夏を描いた作品として私の中に最も強烈な印象を残しました。


 夏ってどういう季節なのか。

 人それぞれの夏があるとは思いますが、私にとっての夏って、非日常に向かって目いっぱいに手を伸ばす季節。例えばお盆休みの父親がキャンプに連れていってくれる非日常感。そして、小学生の頃のそんな思い出を大人になってから思い出すひとつのノスタルジア。

 向いている方向は違っても、視線の先が眩しく光っていることに違いはない。


 自分がその中に居たかった光を見つめて、その方向へ全力で手を伸ばす。この作品はまさにそういう作品でした。

 だからこそ、読んでいて純粋にわくわくするんですよね。


 どう見ても万博みたいな世界観、なんか妙にミャクミャク様を思わせるテイストの大阪弁を話す化物、凄くいのちが輝いてそうなパビリオン群。まさに「2025年の初夏から夏」という手触りをもって、そこから飛び出すインパクト抜群の世界です。

 この物語は、十歳の男子が母親を救うために博覧会に乗り込み、非日常の冒険を機に少しだけ強くなるというお話。

 そんなストーリーラインの中で、非日常の描き方、ミャクミャク様を思わせる化物のキャラクター性と二人に少しだけ芽生えた友情。ヤングアダルト作品のお手本みたいな作品であり、この主人公と同い年くらいの子たちに読んでほしいと思いました。

 というか、小学校の夏休みの課題図書になればいいのにと。


 この作品は、

 主人公の湊くんが母親にいのちを取り戻させるための冒険譚であり、

 ミャクミャク様っぽい化物が湊くんに非日常を見せるファンタジーであり、

 湊くんの母親が、気持ちを伝える時間を手に入れる一夜の夢。


 この作品は愛の話です。

 誰もが目の前の相手をただ愛し、幸せでいてほしいと、願いを叶えてほしいと望む。

 それは紛れもなく、有限である自分の命を賭けた願い。

 いのちとは愛情です。


 そもそも、この「いのちの博覧会」こそが愛情そのものでしょう。

 作品中にも描かれている通り、『パビリオンの未来技術は、どれも五十年後、百年後に実現されるもので、生きている間の未来ではなかった』のです。

 この博覧会で展示されている再生医療や永遠の命は、どうあがいても展示の主体である技術者たちが自分で使えるものではない。だけど自分の子や孫の世代ならば使えるかもしれない。

 ここにあるのは全て利他的な夢であり愛情です。


 湊くんもそう。


『湊ひとりが藻掻いても未来は早うならへんかも知れんけど、いのちの博覧会を見た世界中の子らが、同じ夢みたらどうなる? みんなで藻掻いたら間に合うかも知れへん』


 化物が湊くんに言ったように。

 母親のために未来の技術を探していた湊くんは、もしかすると母親を救うことは出来ないかもしれない。だけど、次の世代を救う手立てにはなるかもしれない。

 愛情は、いのちは、そうやって紡がれていくのです。


『博覧会閉会を告げるドローンが夜空に花火のような模様を作る。

母は湊に微笑み、それを最後に、砂となって夜空へ溶けていった。』


 人ひとりのいのちは、そんなふうに儚いもの。

 だけどその愛情は消えずに残るのです。

 湊くんが元の世界に戻っても消えない。技術者の夢も湊くんの夢も。


 そしてもう一つ。ミャクミャク様っぽい化物のこの言葉がすごく好きでした。

『遊べっ! いのちの博覧会は今夜貸切や!』


 この作品の魅力は、芸術は爆発だみたいな世界観にもあって。

 地球外生命体のお寿司とか、人工心臓を人間洗濯機に入れてみるとか、巨大怪物どうしが戦いはじめるとか。まさに非日常ですよね。

 その非日常を「遊べ」。これほど心強く背中を押してくれる言葉って無いと思います。

 思い返してみると、夏休みの非日常って、その冒険を肯定してくれる、時にはそこへ連れていってくれる親が居たりするもの。愛情の中に居るわけです。悪夢を化物が戦って抑え込んでくれているように。

 だからこそ、私はこの言葉にこそ、「今は無くなってしまったあの頃の夏」のようなものを感じました。この言葉を通じて、読者は過去の眩しい世界に無意識に手を伸ばすのです。


 この作品は、この上なく「夏」の世界に読者を引き込んでくれる作品であり、

「夏」というテーマを限りなく自分の世界として消化しきった作品であり、

 そして、読者を迷いなく作品世界へ迎え入れることが出来る作品でした。


 物語としても大変に面白く、大人もこどもも同様に、夏休みのわくわく感を追体験できる作品でもありました。

 以上により、うみべ賞として選ばせて頂きました。

 大変に好きな作品でもありました。読ませて頂き、ありがとうございました。

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