第二回卯月賞 講評+うみべ賞

 第二回さいかわ卯月賞のテーマは「春」でした。

 今回は61作品を読ませて頂きました。様々な春に触れる美しい時間でした。

 春とはエネルギーが芽生える季節。冬と夏、どちらにでも易々と転んでしまいそうな、不安定でありながらも眩しさを感じる時間。私にはそんなイメージがあります。

 私と同様の春のイメージを言語化して頂いた作品、物語ってくれた作品、もしくは全く違う春の姿を見せてくれた作品。色々なエネルギーがありました。


 その中で、私が今回うみべ賞として選ばせて頂いたのは、

 dede様『小春日和』 です。


 春とは美しく、また曖昧な季節であるが故に、さいかわ賞に集う猛者たちであれば、春を起点とした物語を紡ぐことは容易いと思います。メタファーや詩的表現、感情の機微、どれでも使い放題です。ビュッフェに行ってどれを食べようって迷うのと同様の感覚です。

 しかし。さらに一段階難しい話をすると。選択肢が多く、かつやはり曖昧な季節であるが故に、「春の風景を物語る」ことは出来ても、「春を物語る」ことは極めて難しいことです。テーマを元に物語を描くこと。それはあくまでもユーザー・インターフェイスであり、読み手との会話の入り口、言語にすぎないと私は思っています。

 重要なのはその先です。

 言語を使って、自分の世界を伝えること。それこそが会話の成すべきことであり、アートである。使う言語が違うだけで、どのアートも同じなのだと思っています。

 というのは私の世界観です。あまり真に受けないでくださいね。


 翻って、今回。

「春」というテーマで何を語りたいのか? この美しい季節に、あなたの目指す到達点はどこにあるのか。

 その答えこそが創作者たるあなたの腕の見せどころ。だと、私は思います。

 物語ることは簡単です。しかし、何を物語るかを自覚することは難しい。


 前置きが長くなってしまい申し訳ないのですが、私が『小春日和』を選ばせて頂いた理由は、まさに春を物語っているからです。

 例えば桜並木が生み出す花吹雪。それが美しすぎるが故に、それを描くことが芸術である、と私たちは考えがちですが、風景を風景として描いたって物語は生まれません。必要なのは、その美しさを如何にして物語とするか? という部分です。

 春は美しく曖昧で、エネルギーに満ちた季節。

 であるならば、この作品に描かれた感情はまさに春そのもの。

 コハルはセンパイに対し、直接的に自分の感情を伝えることはしません。が、言葉の端々からその感情のエネルギーが仄見えるんですよね。


「季節、大事ですか? 今だって船内は春みたいなものでしょう?」

「コハルは、この春でいいのです、センパイ」


 この二行は本文中からの引用ですが、

 コハルは『ここが春であること』『季節は変わらなくても良いこと』を繰り返し主張しつづけます。

 基本的にはつっけんどんな言葉しか使わない。敢えて距離感のある受け答えをする。だけど。直接は言わないけれど自分のエネルギーは伝えたい。

 ねじ曲がっているからこそ、抱えている熱さがより強く伝わってくる。

 春霞の向こう、桜吹雪でよく見えない向こうに何か明るくて熱いものがある。その情景がこの上なく春である、と私は感じました。


 だけどセンパイはそこが春であることにはリアルタイムで気づかないんですよね。コハルに対し、妹みたいだとか感じてしまうし。

 そこに何があるか気づいていないけれど、何となくの居心地の良さは感じている。だからこその「小春日和」です。あくまでもセンパイの認識としては。

 気づいていないだけでそこには春があった。後になって、その手触りだけが残るに至り、ようやくそのことに気づく。この物語の主題はそこであると私は思います。なんだか凄く、身につまされますね。


 ”変化しない季節に価値なんてない。”


 ここも本文からの引用です。コハルの「良いではないですか、ずっと春」に対する返答。

 センパイには孫娘が出来たことから察するに、コハルと二人きりでの春は長く続かず、季節は変化した――つまり、コハルの熱量は届かなかったことが示唆されているのですが、一周回っておーじーとなったセンパイは、遅ればせながらようやく気付くわけです。季節なんて嘘でも本当でもどっちでも良いことに。

 大切なのは、そこにある温度だけです。


 軽い口調で書かれているけれど、その裏には大きな感情が描かれている。こういう作品、私はすごく好きなんですよね。また、あまりよく分かっていない主人公の目線から描くことで、その感情には想像の余地が大きく残されている。意図して余白を大きく取ってデザインされた物語なんですよね。

 だからこそ、自分の感情を乗せて読むことが出来る。という部分も優れたポイントだと思いました。


 ところで。

「センパイ」って呼び方、いいですよね。距離感と視線の強さを同時に感じます。

 呼び方が「ご主人」とか「あなた」とか「貴様」だと、この話は成立しないかもしれません。(「貴様」だったら別の魅力が出るかも……というのはまた別の話)

 同時に、実は英語に「Senpai」というスラングがあるんですよね。

 その意味は、『自分の気持ちに気づいてくれない年上の異性』


 全てが意図してデザインされた作品であると感じました。

 素晴らしい作品をありがとうございました。


 そして。今回はルール上、一作品だけを選ぶこととなっていますけれど。素晴らしい作品を応募してくださった参加者の方々、本当にありがとうございました。

 また、このような機会を下さった犀川様、一緒に選者として参加させて下さった惣山様、豆ははこ様、本当にありがとうございました。感謝しております。


 長くなってしまいましたが、以上を講評およびうみべ賞作品の感想とさせて頂きます。

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