第12話
午後五時三十分。
僕たちは啓介を舟屋に残し、洋館へ戻った。
玄関には、濡れた靴が一足。灰色の石の床は、水に濡れた部分だけが黒く染まり、まるで「ここだけ場違いだ」と主張しているようだった。
「一時間後に食堂に来てくれ。俺はシャワーを浴びて、湊を連れていく」
僕はできるだけ平静を装って告げた。二人は黙って頷く。
僕は自室に戻り、着替えとタオルを手に、大浴場へ向かった。
大浴場は一階のトレーニングルームの隣にある。部屋にもシャワーはあるが、どうせなら広い湯船に浸かりたかった。
午後五時から八時までの間だけ湯が張られ、六時までは男湯、それ以降は女湯になる決まりだ。
脱衣所で服を脱ぎ、浴場と仕切られた扉を開ける。
その向こうに、すでに湯船に浸かっている湊の姿があった。
「おお、恒星も今から風呂か?」
湊は、まるで何事もなかったように笑った。
その顔を見ると、本当に彼が陽菜を殺したのか疑いたくなる。
人間は、人を殺したあとでも、こんなふうに笑えるものだろうか。
「ああ、そうだ」
僕は内に渦巻く感情を押し殺し、努めて平静に答えた。
湊は「そっか」と言って、お湯を両手ですくった。
僕は湯船に浸かる前に、シャワーで身体を流した。
背を向けている間、彼に殺されるのではないかという思いもよぎったが、実行には移されなかった。
長い付き合いの友人だから……ではない。
もし湊が本当に僕を殺すつもりなら、啓介に疑われた時点で、庇ったりはしなかっただろう。
そんなことを考えていると、湊が湯船から立ち上がった。
「じゃ、先に上がるわ」
その一瞬、思わず身構えたが、それを悟られないように軽く頷いた。
「あ、四十五分後に食堂に来てくれ。話がある」
「りょーかい」
湊はタオルで体を拭きながら、大浴場を後にした。
彼が使った湯船に入る気にはなれず、僕はタイミングを見て、そっと脱衣所へ引き返した。
服を着ると、いよいよ心臓が高鳴り始めた。
湊に「君が犯人だ」と告げた時、彼はどんな顔をするだろう。
暴れたりはしないはずだが、油断はできない。
部屋に戻り、スマホで動画を開いて時間をつぶしたが、内容はまったく頭に入らなかった。
呼吸を整える。四秒かけて鼻から吸い、四秒止め、七秒で口から吐く――これを三分。
「……行くか」
僕は腹を括って部屋を出た。
食堂へ向かう。
生存者
伊藤恒星
荒木湊
小野由佳
佐々木恵梨香
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