第3話 噛み合わない会話

「じいさんは、どこへ行ったのかね」

「え?」


 タンスの下段、中段を片付け終わった頃。ばあさんは、唐突に僕の方を見て声を掛けて来た。今まで沈黙していたばあさんが、何の前触れもなく喋りだしたものだから、僕は若干驚いた。目を見開いて口を半開きにさせる。自分でも、間の抜けた顔をしたものだと照れを見せる。ポリポリと頬を右人差し指で掻いて誤魔化した。


「ばあさん。じいさんはもう…………」

「じいさんのことやけぇ、道草くっとるんじゃろうな。じいさんは暢気じゃけぇ、のう」

 

 僕に話しかけているというよりは、心の中で思っている言葉を外へ吐き出しているだけに見えた。大きな独り言が、ばあさんの日常になっているのかもしれない。こうして、ばあさんはじいさんの背を追っていたのだ。しかし、和室には確かな仏壇がある。じいさんの位牌も遺影も此処にある。見たところ、綺麗に掃除はされているし、御線香もあげられている様子が見てハッキリと分かる。燃えた線香の灰が積もっている。それに、ばあさんの家に入ったときから、御線香の独特の香りがしていた。それに、御膳も用意されている。

 この地域のお盆は八月。あと一ヶ月先になる。それなのに御膳も御供えもあるということは、仏壇には眠る魂があるということを、自覚している証拠ではないだろうか。


 ばあさんは寂しさに暮れ、現実と妄想が混同しているのではないだろうか。

 僕は何となしにそう感じ取った。


「……ばあさん。ごはん、ちゃんと食べてるの?」

「あぁー……それは好かん。じいさん嫌っちょるけぇね。いかんね」

(何の話だよ……)


 僕は肩を落とした。どう対応するのが正解なのか、分からずにいる。とりあえず、じいさんが死んでいるというのをダイレクトに伝えることはやめようと決めた。ぼんやりとした記憶しかないところへ、非冷に現実をぶち込むこともないだろう。僕は一度、ゆっくり息を吸った。その息を、今度はゆっくりと長くフーッと吐き出す。深呼吸をすることで、頭の中も少しクリアになる。すると、心にもちょっとだけゆとりが持てた。

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