ちょっと嬉しいおあいこ気分♪ 先輩の秘密、守ってあげます!

ぽかぽか……というよりは、まだ少し肌寒い、春先の休日。

わたし、小鞠鈴こまり りんは、お母さんに頼まれたお使いで、隣町の、ちょっとだけ大きな商店街に来ていたの。普段あんまり来ない場所だから、きょろきょろしながら歩いていると、通りの向こうの角で、見慣れた後ろ姿を見つけたんです。


(あれ……? もしかして……せんぱい!?)


間違いない! コートの襟を立てて、少しだけ難しい顔をして、スマートフォンの画面とにらめっこしてるのは、斜道誠はすみち まこと先輩です!

休日に、こんなところで会うなんて、すごい偶然!


(わ! どうしよう! 声、かけてもいいのかな? でも、プライベートな時間だし、邪魔しちゃ悪いかな……?)


いつもの学校での遭遇とは違って、なんだかすごく緊張しちゃう。先輩、何してるんだろう? 待ち合わせかな? それとも……。


先輩は、スマートフォンの画面を見たかと思うと、きょろきょろと周りを見回して、また画面を見て……なんだか、ちょっとだけ、困っているように見える……?


(もしかして……道に迷ってる……とか? いやいや、先輩に限って、そんなこと……。でも、なんだか、いつもの自信満々な感じと違うような……)


見て見ぬふりをして通り過ぎることもできたけど……。もし、本当に困っているなら……? いつも、なんだかんだ言って助けてくれる先輩のこと、わたしだって、少しはお役に立ちたい……かも。


わたしは、深呼吸を一つして、どきどきする心臓をなだめながら、先輩に近づいていった。


「あ、あの……せんぱい?」


おそるおそる声をかけると、先輩は、はっ!としたように顔を上げた。そして、わたしを見ると、一瞬、ほんとうに一瞬だけ、素で驚いたような、ちょっとだけ間の抜けた顔をした……気がした!


「……こ、小鞠!? なぜ、きみがこんなところに……!? まさか、僕のプライベートを嗅ぎ回り、弱みを握ろうと、尾行でもしていたのかね!?」


ひゃあっ!? び、尾行だなんて、そんな!


「ち、ちがいますぅ! たまたま、お使いで……! それより、先輩こそ、どうしたんですか? なんだか、困ってるみたいに見えましたけど……」


ストレートに聞いてみると、先輩は、ぎくっ、としたように見えたけど、すぐに、ふん、と鼻を鳴らして取り繕った。


「こ、困る? 僕が? あり得ないね。僕はただ、この、いささか非効率的な都市設計について、思索を巡らせていただけだ。きみのような、方向感覚が皆無な人間には、理解できないだろうがな」


うぅ……! 方向感覚が皆無なのは、どっちなんだか……!


でも、先輩の様子は、やっぱり少しおかしい。わたしは、勇気を出して、もう一歩踏み込んでみた。


「でも、さっきから、ずっと同じところを行ったり来たりしてるみたいでしたよ? もしかして、どこか探してる場所があるんですか?」


わたしの指摘に、先輩は、ぐっ、と言葉に詰まったみたい。そして、観念したのか、小さなため息をついた。


「……ちっ。仕方ない、白状しよう。……少し、目当ての古書店を探しているのだが、この、迷宮のような商店街のせいで、若干、難航している」


こ、古書店……! やっぱり、先輩らしい! でも、迷ってるんだ!


「古書店ですか? もしかして、〇〇書店さんですか? 猫の看板の……」

「……! なぜ、それを……!?」


先輩が、目を丸くして驚いてる! えへへ、わたし、前に一度だけ、お父さんと一緒に来たことがあったんだ。


「そのお店なら、すぐそこですよ! よかったら、案内します!」


わたしが、にこっと笑って言うと、先輩は、一瞬、プライドと安堵の間で揺れ動いているような、複雑な表情を見せた。


「……べ、別に、きみに案内されなくても、いずれ自力で辿り着けたがな! だが、まあ、きみがそこまで言うなら、特別に、案内させてやらんでもない!」


また、そんな言い方! でも、ちょっとだけ、頼ってくれたのかな?


「はいっ! こっちです!」


わたしは、なんだか嬉しくなって、先輩の前を歩き出した。先輩が、わたしの後ろをついてくるなんて、なんだか不思議な感じ! ちょっとだけ、背筋が伸びちゃうかも。


「……しかし、きみが、こんな場所を知っているとは、意外だな。普段、ファンシーショップくらいしか、寄り付かないと思っていたが」

「も、もう! 失礼ですぅ! わたしだって、本屋さん、好きですもん!」


いつもみたいに、ちょっと意地悪なことを言ってくるけど、今日の先輩の声は、なんだか、少しだけ、調子が狂ってるみたいで、おかしい。


すぐに、目的の古書店が見えてきた。猫の看板が、可愛く揺れてる。


「ここです! 先輩!」

「……ふん。まあ、たしかに、ここだな」


先輩は、ぶっきらぼうに言いながらも、どこか、ほっとしたような顔をしている。


「……では、僕はこれで。……きみも、お使いの途中で、道に迷って、誘拐などされないように、気をつけることだな」

「し、しませんったら!」


先輩は、最後にちらっとわたしを見て、少しだけ、ほんの少しだけ、口元をゆるませてから、古書店の中に入っていった。その耳は、やっぱり、ほんのり赤かった。


一人になった商店街の通り。まだ、心臓が、どきどきしてる。先輩の、意外な方向音痴っぷり(?)。わたしが、先輩を案内したこと。なんだか、いつもと違う、特別な時間だったなぁ……。


(先輩、ありがとう……ううん、今日はお礼を言うのは、わたしじゃなくて、先輩の方、かな? えへへ……。ちょっとだけ、おあいこ、みたいで嬉しいかも)


今日の出来事も、もちろん、ぜーんぶ、わたしの宝箱に、いつもとは少し違う色のリボンをかけて、大切にしまうんだ。休日の商店街、迷子の(?)先輩、ひみつの道案内、そして、ちょっとだけ対等になれた気がした、あったかい、どきどき。


また明日、ううん、また学校で、先輩に会える。

その時、先輩は、どんな顔をしてるかな?


たとえ、学校で会った時に、「やれやれ、あの時は、たまたま調子が悪かっただけだ! 勘違いするなよ!」なんて、必死に言い訳をしてきたとしても、今日のことは、ぜーったい、ないしょにしておいてあげようっと!

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