第34話 虚弱聖女と守護獣ルゥナ
突然、私たちの前に現れた、フェンレア王国女王システィーナ様。
今まで聞いたことのない国からの訪問だけでも大事件だった。
しかし、
「見損なったぞっ!! シィっ!!」
彼女とともに現れた新たな守護獣ルゥナ様が発した言葉ほどではなかった。
シィ?
シィって、クロラヴィア王国の守護獣、シィ様の、こ、と?
短い間に、あまりにも混乱する情報が多く詰め込まれたせいで、頭の中が混乱する。
上手く考えが、まとまらない。
しかし、
「ぼ、ぼくは、シィって名前じゃないよ……」
「はぁっ!? お前がシィじゃなければ、何だっつーんだよっ!! おい、シィっ! お前の聖女はどこだっ!! ちゃんと生きてるんだろうな!?」
ルゥナ様が鋭い爪をラメンテの前に出したのを見た瞬間、私の体は反射的にラメンテの上に覆い被さっていた。
そして、真っ黒な毛並みの中でひときわ輝く黒い瞳を真っ直ぐ見据え、叫んだ。
「わ、私がこの国の聖女です! だ、だからこれ以上ラメンテに乱暴をするのは止めてください!!」
怖かった。
だけど、大切なラメンテが傷つけられそうになっているのを、黙って見ていられなかった。
黒い瞳が、私をじっと見つめ返す。
そして、
「……はっ?」
先ほどの怒り声をあげていた存在と同じとは思えないほどの、戸惑った声をあげた。
私を見つめながらも、ゆっくりとゆっくりと後ずさりをし、システィーナ様の隣にピタリと立ち止まった。
「お前が……シィの聖女?」
ルゥナ様の問いに、私はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。私は、ここにいる守護獣ラメンテの聖女です」
「いや、待て。そいつの名前はシィだぞ?」
「違います。シィ様は、ルミテリス王国の隣にある、クロラヴィア王国の守護獣様ですよ」
「……はぁっ?」
ルゥナ様がますます混乱しているのが、見て取れた。黒い瞳が、システィーナ様を見上げる。しかしシスティーナ様も、理解できないと言いたげに、肩を軽くすくませていた。
私だって訳が分からない。
いえ、この場にいる皆が混乱していただろう。
そんな中、響き渡ったのは、
「ここで立ち話も何だ。状況を整理するためにも、ゆっくり話せる場所に移るべきだろう」
というレイ様の声だった。
混乱していた場の空気が、急速に秩序を取り戻していくのを感じた。
*
レイ様の提案によって、私たちは貴賓室に移った。
この場にいるのは、レイ様とルヴィスさん、そしてシスティーナ様と守護獣ルゥナ様だ。ラメンテはルゥナ様を恐れているようで、耳と尻尾をぺたんと垂らし、私にひっついている。
よほどルゥナ様が怖いみたい。
「聞きたいことは山ほどある。だがとりあえず……改めてあなたたちのことを聞かせて貰えないか? 申し訳ないが、フェンレア王国という国を、俺たちは知らないからな」
席に着いたレイ様が、システィーナ様に説明を求めた。
国を知らないとハッキリと言われたのにも関わらず、システィーナ様は涼しい顔で、
「そうじゃな」
と了承された。
それにしてもシスティーナ様、とてもお綺麗な方なのに、独特なお話の仕方をされる。しかし、どこか迫力のある声色ととても合っている。
国の危機でも諦めず、前に進み続けた国王レイ様と、女王と名乗り、それに相応しい気迫が伝わってくるシスティーナ様。
互いに国を背負う立場であるお二人から感じられる雰囲気は、どことなく似ている気がする。
赤と深緑の視線が交差するのを端から見ていると……何故か心がざわつく。
システィーナ様の説明が始まった。
「フェンレア王国は、ここからずっと南にある国じゃ。そこにいる守護獣ルゥナによって張られた結界で、今でも繁栄を続けておる」
そこの言葉から始まったフェンレア王国……いえ、南の地域のお話。
南の地域では、ルゥナ様によって長きに渡り結界が拡大され、今では五つの国が興っているのだという。
フェンレア王国は、そのうちで最も大きな国なのだ。
一時期は、守護獣様と聖女の力を巡り、国同士で大きな戦いが起こったらしいが、人間の要求など守護獣様に通用するわけがない。
「俺が、『無意味な戦いを止め結界内で大人しくしなければ、滅ぼすぞ』と脅したら、一瞬にして戦争が終わったぞ。ったく、人間はほんと愚かだな」
ふんっと鼻を鳴らし、ルゥナ様が馬鹿にするように呟かれたのが印象的だった。だけどすぐさまシスティーナ様に、
「じゃが、その人間たる聖女に力を与えられなければ生きられないのは、どこのだれじゃ?」
と煽られると、ルゥナ様は罰が悪そうにシスティーナ様から視線を外されていたけれど。
ルゥナ様の脅しによって人間たちは屈し、新たに神聖連合というものを立ち上げ、五つの国々が協力しあう関係を作ったのだという。
システィーナ様がルゥナ様を紹介する際に言っていた『神聖連合』というのは、ルゥナ様が守っている国の集まり、と言う意味のようだ。
今後、ルミテリス王国の結界が拡大していけば、南の地域と同じようなことが起こっていくのだろう。
ルミテリス王国とクロラヴィア王国もいずれ――
私たちが目指す未来を、そして起こるであろう問題を、突きつけられた気がした。
話を聞き終えたレイ様が深く頷かれた。
「なるほど、事情は良く分かった。まさか、クロラヴィア王国とルミテリス王国以外に、そんなにもたくさんの国があるとは驚きだが」
「はっ? 何言ってんだ、ルミテリス国王……そいつから聞いてないのか?」
「何がだ?」
ルゥナ様はラメンテを睨み付けると、黒い瞳をレイ様へと向けた。
動いた口から鋭い牙が見えた。
「北の地にも、国はあることをだ」
誰もが言葉を失った。
レイ様は赤い目を見開き、ティッカさんは両手で口を押さえている。ラメンテは耳をピンッと立てながら固まっていた。
そういう私も、ただひたすら瞳を瞬かせることしか出来ずにいた。
ここで平常心を保っていたのは、優雅な所作でお茶を飲んでいるシスティーナ様だけ。北にも国があることを知っているのだろう。
ルヴィスさんが恐る恐る口を開く。
「北の地にも国があるということは……そこにも別の守護獣様がいらっしゃる、ということでしょうか、ルゥナ様」
「ああ、そうだ。北は確か……クォリアスが守っていたっけな」
「つまり……北は守護獣クォリアス様、中央はシィ様、南はルゥナ様が守っていると……」
ルヴィスさんが話をまとめると、ルゥナ様は満足そうにピンッと尻尾を立てた。誇らしげな様子だ。
「ああ。そうやって結界を広げ、世界を安定させるのが、女神様に課せられた俺たちの使命だ……ってマジで何も聞いてねぇの? そいつから。てかお前ら、そいつのことを『ラメンテ』って呼んでるけど、何? あだ名?」
そう言って黒い瞳を、ラメンテに向けた。ラメンテはささっと私の後ろに隠れると、キューンと小さい声で鳴いた。
ルゥナ様の質問に答えたのは、レイ様。
「ラメンテは、俺の先祖が付けた名だ。二百年前にこの地に現れたが、記憶がない」
「……はっ? こいつ、二百年以前の記憶がねーの? マジ?」
「マジだ」
真顔でルゥナ様の質問を反芻するレイ様。そして、嘘だろ……と呟いているルゥナ様に質問する。
「ラメンテが、守護獣シィであることは、間違いないのか?」
「間違いねぇよ。見間違えるかよ、この白い毛玉を」
「それは……おかしいですよ」
声を発したのは、私。
皆の視線が、私に集まった。だけど言わずにはいられなかった。
「だって……シィ様は、隣国クロラヴィアの守護獣様ですよ? 今のお話を聞く限り、この世界には三体の守護獣様がいらっしゃるのですよね? でも……」
「現状、この世界には四体の守護獣がいることになる。数が合わない。あなたの知らない守護獣がいる可能性があるのでは?」
私の言葉を引きつぎ、レイ様が言った。
だがルゥナ様が反論する。
「いーーーや! この世界に存在する守護獣は、間違いなく三体だ! これは女神様が決めたこと。四体目がいるなんて、あるわけがない!」
強い否定だった。
沈黙が場を支配した。
シィ様はクロラヴィアの守護獣だ。そして私はあの地で、シィ様に力を捧げていた。
だけどルゥナ様は、ラメンテが間違いなくシィ様だという。
ならば――
「ふぅむ……なら、クロラヴィア王国で守護獣として崇められている『シィ』とやらは……一体何者なのじゃ?」
私の心を代弁するかのような、システィーナ様の呟きが、やけに大きく聞こえた気がした。
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