第10話 虚弱聖女と打診
「え? ラメンテに記憶がない?」
心の声が、思いっきり言葉になって出てしまった。
私の言葉に、ラメンテが小さく頷く。
「……うん。気づいたらこの地にいたんだ。そのとき僕が覚えていたのは、自分が人間界を安定させるために、この世界を創った女神様に遣わされた守護獣であること、守護獣としての役目を果たすためには、力を与えてくれる存在のが必要なことぐらいだったんだ。自分の名前すら、覚えていなかったんだよ」
「え? 名前も!? じゃあ、ラメンテという名前は……」
「これは、僕と出会ったレイのご先祖様が付けてくれた名前だ」
レイ様のご先祖様……つまり、ルミテリス王家の人ってことね。
ラメントの声が明るくなる。
「でも、大丈夫だよ。ルミテリス王国の人たちはみんな優しくて、僕のことを大切にしてくれたから。寂しくなかったよ」
「そう、よかった……」
だけど自分の記憶が無いなんて……どれだけ不安で心細い思いをしてきたのだろう。
当時のラメンテの気持ちを思うと居たたまれなくなって、私はフワフワな身体を抱きしめた。彼の顔がすり寄り、パタパタと尻尾が揺れる音がした。
「ラメンテはずっとこの国の結界を維持し、結界内の土地に人間が住み続けられるよう力を与え続けてくれていた。しかし……後は知っての通りだ」
レイ様の言葉に、私は重々しく頷く。
「……逆に、ラメンテが弱っていったのですね」
「ああ、そうだ」
「だけど、それももう終わりだよ、レイ」
ラメンテの明るい声が響いた。金色の屈託のない瞳が、私に向けられる。
「セレスティアル、僕の聖女になってくれるよね?」
期待が込められた視線を向けられ、私は反射的に首を横に振っていた。
「わ、私……本当に聖女かどうかは……」
「え? 何で? 僕、言ったよ? 君は本物の聖女だって」
「でも……」
不安だった。
また失望され、追放されたら……
ラメンテやレイ様が、オズベルト殿下と同じようなことをするとは思えないけれど、期待が失望に変わることを想像すると、とても怖かった。
私の存在が、ラメンテやこの国の人々の命に関わってくると思うと、怖くて怖くて堪らなかった。
恐怖を覚え、気づく。
私、聖女としての覚悟が足らなかったんだわ。
祖国では冷遇されていたけれど、他にも聖女たちがいた。だから国を背負っていると思っていても、重責はそこまで感じていなかった。
だけど今、その重責が私一人にのしかかろうとしている。
初めて怖いと思った。
もし私のせいで、たくさんの人たちが死ぬことになったら……
私が何もできないことが分かって、レイ様たちからの優しさが失望へと変わることになったら……
「セレスティアル、すぐに答えを出す必要はないぞ」
「……え?」
レイ様の発言に、私は耳を疑った。
国王である彼の発言だとは、思えなかったからだ。案の定、ラメンテが毛を逆立て、うなり声を上げる。
「れ、レイ!? 何を言って……」
「無理強いは良くないだろ」
「そうだけど、でも!」
「考えてみろ、ラメンテ」
大きな手が、ラメンテの頭を優しく撫でた。相手は守護獣様だというのに、まるで子どもをあやすような優しい手つきだ。
「セレスティアルは、長い間自身の能力に疑問を抱かれ、最終的に追放されたんだ。それなのに突然現れた俺たちが何を言っても、響かないのは当然だ。お前だって、今までどれだけ俺たちが、国土が小さくなっているのはお前のせいじゃないと言っても、聞く耳を持たなかっただろ?」
「うっ……」
痛いところを突かれたのか、ラメンテは再び私の隣で伏せ、耳をぺたんとした。
彼を説得できたと満足そうに頷いたレイ様の視線が、今度は私に向けられる。
「ゆっくり考えて貰っていい。俺たちやこの国のことを知って貰ってからでも、答えは遅くない」
「で、でも……それだとこの国が……」
「それは大丈夫です、セレスティアル様。ラメンテ様が仰るには、セレスティアル様からすでに力をいただいているので、結界を維持するならぐらいなら、しばらく問題ないと聞いております」
ルヴィスさんの説明に、ラメンテもうんうんと頷く。
つまり最悪の事態は脱しているから、私に考える時間があるということね。
「セレスティアル」
レイ様の優しい声色が、私の心にふわっと入ってくる。不意に手がぬくもりに包まれた。
手を握られている。
力強い手が、私の弱々しい手を包んでいる。
胸の奥がくすぐったいのに、だけど不思議と安心感がある、大きな手。
「俺は、君がどのような選択をしようともその決定を尊重したいと思っている。だが――」
握られた手に力がこもった。
赤い瞳が、真っ直ぐこちらに向けられる。
「願わくば、俺の傍でともにこの国を守って欲しい」
……いや、言い方?
色々と端折られている気がするけれど、つまるところレイ様も、私にラメンテの聖女になって欲しいと仰っているのだろう。
レイ様の発言は純粋に嬉しいと思う。
今まで、そんなことを言われたことはなかったから。
でも、言い方?
「あ、ありがとうございます……そう言って頂けてとても嬉しい、です……」
深く呼吸をして気持ちを落ち着かせながらお礼を言うと、レイ様の赤い瞳が何故か輝き、彼の身体がこちらに近づいた。
私の手を握っていない方の手が、こちらに向かって伸ばされ――そうになったとき、ドアがノックされ、
「陛下。ローグ公爵がお見えになっております」
という来客の知らせが部屋に響き渡る。それを聞いたレイ様の笑顔が消え、やれやれと困惑した表情に変わった。
「そういえば、叔父貴と約束していたな。すっかり忘れていた。ルヴィス、今日も頼むぞ」
「……かしこまりました、陛下」
ルヴィスさんの口調が、堅苦しいものへと変わる。
お二人は立ち上がると、私に休むように伝えて部屋を出て行った。立ち上がり、頭を下げて二人の退室を見送った私は、大きく息をついてベッドに座る。
ふとラメンテを見ると、耳や尻尾が力なく垂れ下がっていた。何か不安や悲しさを感じている証拠だ。
「どうしたの、ラメンテ?」
「あ、ううん、何にも無いよ」
そういいつつ、ラメンテがぽつりを洩らした言葉を、私は聞き逃さなかった。
「……レイ、可哀想」
と――
だけどラメンテはそれ以上何も言わなかった。
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