第3話:もう一人の澪音

――人は、自分の目に映る姿を信じて生きている。

だが、鏡に映るそれが“本当の自分”とは限らない。


人々の悲鳴とざわめきが消え、

喧騒は静寂に飲み込まれていく。

街の中心、石畳の広場に立つ二人。

同じ顔、同じ髪、同じ姿勢――

違うのは、顔に浮き出た表情だけ。


「どこまで君に似ているか…試してみようか」

“もう一人の澪音”が微笑む。

その声には、親しさと敵意が混ざり合っていた。


澪音は構える。

足元に映る自分の影が、歪んで蠢いて見えた。


(これは…俺の姿を借りた、“敵”だ。)

(でも同時に、“俺の中にある何か”でもある…)


一閃。

両者は同時に踏み込み、刀を振るった。

お互いの刀がぶつかり火花が散る。


(こちらの動きが読まれている…?)

相手が放った攻撃は、澪音の一閃に対応するべく振るわれた一撃だった。

だが、澪音の攻撃も相手の一閃に対応するものだった。

澪音にも動きは読めていたのだ。


「その太刀筋、力、何よりもその眼……、君に会う前から思ってたんだ、自分自身と戦ってみたいな〜って。」

相手の立ち回りの激しさが増していく。澪音は押され気味になっていた。

(このままじゃ…、体制を立て直さなくては。)


澪音は数メートル後ろに跳ぶと、刀を構え直した。するともう一人の澪音も同じ構えをし、動きを止めた。

「……なぜ止まった?」

「え?君が止まったからだよ。」

澪音の背に、冷たい汗が伝った。目の前の脅威に、考えすら模倣されていたのだ。


(本気を出したところで彼奴も本気になるだけ…、上手く行って相討ちか…。)

両者は左手を前に突き出した。


息を呑む一瞬の静寂が落ちた。


「「フレア=ノル」」

2つの炎の矢はぶつかり合い、互いを焼き尽くした。周囲に爆炎と黒煙が発生した。

その隙を見て澪音はもう一人の澪音に奇襲を仕掛けるつもりだった。が、それは失敗に終わった。


「つまんないな〜……、自分と戦えて面白いと思ったのに。」

その言葉が耳に入った直後、澪音は背後から峰打ちをくらった。

「くっ……!」

澪音は地面に倒れ込んだ。


「これも君の思いつくことのはずなんだけどな〜。」

もう一人の澪音はつまらなそうに指を刀に沿わせている。

「あんなことはしない、…………俺は、お前みたいな奴じゃない」

もう一人の澪音は地面に倒れた澪音を見定めた。

「君はなんにもわかっちゃいないな〜。自分自身のことも。」


「………何が言いたい…?」

もう一人の澪音はニヤリと笑みを浮かべた。

「お前、任務に縛られてるだけだよな?ほんとは何したいかなんて、考えたこともないんじゃない?俺も君も、戦うのが大好きなはずだよ。………でもね」

もう一人の澪音は刀を澪音に向けた。

「終わらせることばかり考えてるなんて……がっかりだよ、本当に。そんなの、ただの逃げじゃないか。」


澪音へ向かって、空を裂く一閃が振るわれた。だが、その一閃は彼を仕留め損ねた。

「先輩っ、やっぱり危険な目にあってるじゃないですか。」

声の主、剱城怜華は澪音を抱えるともう一人の澪音から距離を取った。


「誰か知らないけど、邪魔しに来たなら容赦しないよ。」

もう一人の澪音は怜華へ話しかけたが、彼女は彼の話など聞いていなかった。

「先輩、街の人から聞いたんですが……。」

怜華はここに来るまで、住民からこの街で起きている現象について聞き込みをしていたのだ。

この現象の原因も、話を聞けばすぐ理解できるようなものだった。


「つまり、その鏡を壊せば良いということだよな。……怜華、相手は俺そのものだ。持ちこたえられるか?」

「あれ?先輩いつから自分のこと強いって思ってたんですか?実力で比べるなら先輩なんか怖くありませんよ〜。」

「ひどいこと言ってくれるな……。」

怜華は落ち込んだ様子の澪音を立たせると、とある方角を指差した。

「街の人の話によると、あっちの方角です。さあ、行ってください!」

澪音は広場から駆け出した。


次の瞬間、もう一人の澪音は怜華へ瞬速の一閃をお見舞いした。

彼女は一閃をわずかに体を捻って回避し、間髪入れず刀の柄尻を彼の腹部に打ち込む――一瞬の判断が、勝敗を分けた。

もう一人の澪音はこの一瞬の出来事で危機感を感じた。

「先輩のこと、つまらないとか言ってましたよね。あなたも同じじゃないですか、今の一撃は終わらせることだけ考えてた。」


彼女はもう一人の澪音を見据えた。

(先輩との鍛錬の時の要領で――いや、それ以上で行こう。油断すれば、終わるのはこっちだ。)

怜華は刀を構えた。澪音と同じ構えだ。

両者は同じ構えで、向かい合っていた。

「来てください。先輩よりもすぐに終わらせてみせます。」

「やってみな。」




街に突如として現れた、荘厳な装飾を施した大きな鏡。その鏡は、映った人間の心の奥に潜む別の自分を具現化する、といった物だった。

澪音は、怜華から聞いた話について考えていた。

(あいつに会う前に同じ顔の住民を何度も見ると思ったら……。きっと異界の物だろう。)


彼は街の中央から少しばかり離れた、小さめの広場に着いた。

そして、異様な気配を放つ鏡は、広場の中央に堂々と鎮座していた。

(怜華をここに向かわせたら、怜華自身の影が具現化されてもっと大変だっただろうな。)


澪音はすぐさま鏡に斬り込んだ。

鏡は音を立てながら割れた。かのように思えた。

鏡が元の形に戻ったのだ。

(これでは埒が明かないぞ……。どうすれば……!)


澪音はあらゆる方法を模索しようと刀を再び構えた。

そして、彼が鏡へ刀を振ろうとした瞬間、鏡に映っていた景色と人物が変わった。

澪音は突然のことに目を見開いた。



そこには、鏡の奥から静かにこちらを見つめる、金色の髪をなびかせた少女の姿があった。

その眼差しは、すべてを見透かすように澪音を貫いていた――。

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