第10話 悪役令嬢を演じたいのに10


 ――近い。


 あたしは、なぜか芝生の上で“お嬢さまごっこ”的なポージング。

 カップ持って膝揃えて、にこっとおすまし。

 カーサ母ちゃんプロデュースの、きゃわわなお茶会ごっこだ。


 庭に絨毯が敷かれ、そのテーブルには過剰すぎる、ケーキと焼き菓子。

 侍女たちと母ちゃんは少し距離を置き、遠巻きにこちらの様子を眺めていた。

 ……というか、母ちゃん笑顔半端ないなあ。


 ……だが、そんな状況はどうでもいい。


 目の前にいる、いや正確にはあたしの顔面横、この存在。

 すぐそこにいるユスティーナ。

 いや、“いる”どころじゃない。


 ゼロ距離。

 膝のすぐ横にぴたり。

 あたしがカップを持ち上げれば、指先にまで視線が絡みつき、軽く息がかかる距離。


「ぱれすさま……すてきです……ヒィ~ッス……ヒィ~ッス……」


 静かに、けれど確実に荒い鼻息。

 とりあえず少しでも今現在の状況を変えるべく、ユスティーナへ声を掛ける。


「……あの、ユスティーナちゃん。

 あのぱーてぃーのとき……どうして、あの男の子たちにいじめられてたの?」


 ユスティーナは一瞬ぴたりと止まり、

 ゆっくりと目を伏せ、かすかに口を開いた。


「……わたくし、よくわかりませんの。

 気がついたら……“いつも”なのです。

 どこへ行っても……誰といても……

 みんな、わたくしをこわがって、はなれて……

 こわいことを……いわれるのです」


 その声は細くて、ふるえていた。

 その声を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


 あたしの生きていた時代――

 あの街の夜の路地裏には、こういう子がたくさんいた。


 誰にも心を開けず、周囲に溶け込めず、

 汚れたコンクリの隅で膝を抱えてうずくまり、

 人の目を避けて細い裏路地をさまよっていた。


 ただ誰かに「いてもいい」って言ってほしかった、そんな不器用な子たち。


 あたしは、そんな子たちを何人も見てきた。

 ときには声をかけ、ときには泣くのを聞き、ときには手を引いた。

 そんなガキどもを放っとけなくて、面倒見てやったこともあったっけな。


「……わたし……」

 ユスティーナの震える声が続く。


「ぱれすさまのように……わたくしも、強くなれたら……いいのに……

 きのうも、いっぱいいっぱいお話しする内容を考えて……

 どんなふうにご挨拶すればいいか、こう言われたらこう答えようって……

 何度も何度も考えてきたのに……やっぱり、だれかを前にすると……

 あたまが……まっしろになってしまいますの……」


 彼女の小さな手がそっと膝の上でぎゅっと握られていた。

 まるで、自分の存在を必死に確かめるかのように。

 そんな姿に、思わずあたしの手が伸びた。


 何も考えずに、ただこの子に「大丈夫だ」って伝えたくて。


 ぽん、と。

 ユスティーナの頭に、あたしの手が優しく乗る。


「……うっし!」


 驚いたようにこちらを見るユスティーナに、にやっと笑った。

 姉御スイッチオン。


「そしたら、あてくしの舎弟しゃていってことで、妹分って事でまもってさしあげますわ!

 あてくしとあなたの“約束”ですわ!」


「……ッ! は、はい。

 しゃ……“シャティーの約束”……なんだかすてきなことば……おねえさま」


 発音なんかおかしいかな?……まあ子供だしな!

 まあいいや。何だかようやく普通に笑えてるし、この子。


 ふわっと、笑顔をあたしに向ける、ユスティーナ。

 何だかんだ、この屋敷に来て、初めての笑顔じゃないかな。


そんな風に朗らかに笑うあたし達の姿を見て、居ても立っても居られなくなったのか、母ちゃんが何かでっかい花を抱えて走って来る。


「二人とも! ママがお花の冠とお花の首飾り!

お花のネックレスまで作ったの! しかもおそろいなの、着て!」


 遠くから走り寄る母ちゃんの両手には、

 どこからこんなに摘んできたのかってくらい大量の花で編まれた輪と飾りが抱えられていた。


 ……でかいなおい。

 花の冠どころじゃねぇ。

 もはやフラワーアーマーじゃねぇか。


 ユスティーナがそっとあたしの袖をつまみ、小さく微笑む。


「ぱれすさま……おそろい、お花……」


 ……まあ、今日くらいは良いか。

 作った笑顔を添えて、あたしは腹の底から超きゃわわ声を絞り出す。


「ママァ~♪ うれしいぃ~♪ ぱれすおはなだいすきぃ~!」


 母ちゃんは感動で瞳をうるうるさせ、

 ユスティーナはさらにぱあっと笑顔を広げた。


 ◆ ◆ ◆


 ほんの一瞬の死角。


 その背後で、ユスティーナは――

 誰にも気づかれぬまま、静かに、そしてとても満ち足りたように微笑んでいた。

 その表情には、幼い子供らしい喜びと、どこか恍惚な笑みがほんのりと浮かんでいた。

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