第4話 悪役令嬢を演じたいのに4

 目の前に広がる光景に、あたしは思わず息を呑んだ。


 高くそびえる塔。

 白を基調に、青銀色の屋根がきらきらと陽光を反射している。

 天を衝く尖塔には、黄金の風見鶏が飾られ、微かな風にくるくると回っていた。


 幾重にも重なる城壁は、滑らかな石造りで、ところどころに小さなつたが絡んでいる。

 それすらも計算されたような、美しい景観を形作っていた。


 遠くに見える中庭の花壇、左右対称に並んだ尖塔せんとう、バルコニーから垂れるシルクのような白旗――


 全部、全部、見覚えがある。

 無意識に胸が高鳴った。


 これだ。

 何十回もゲームで見た光景。

 スマホ越しにたぷたぷ押して、泣いたり笑ったりした、あの背景。


 あのエンディング。

 ランスロット王子とヒロインが、月明かりの下で抱き合った、あの場所。


 今、あたしの目の前にある。

 生きて、輝いて、風を受けて、確かにここに。

 胸の奥が、ぐぐっと熱くなる。

 思わず足元でぴょんと跳ねた。


「……アナタ」


「ああ、見ているぞ、カーサ」


「この可愛い生き物を記録するために、アナタ、いつカメラを完成させるのかしら?」


「急がねばなるまい……しかし現時点の科学技術では……!」


 そんな親たちの小声が聞こえた気もしたけど、気にしない。

 うんうん、今日は何だか良い日になりそうだ。

 ランスロット王子にも、きっと会えるといいなぁ……。


「……いいかいパレス、これを預けておこう。」


 すると、父ちゃんから、リボンの巻かれたウサギのぬいぐるみを渡される。

 何故かウサギの頭部から長い金属の棒が伸びているけど。


「なにこれ……とうち――じゃなく、パパ。」


 だから泣きそうな顔すんない。

 受け取ったぬいぐるみを、まじまじと観察する。

 ……相変わらず、あたしのきつめの顔には似合わない、リリカルでキッチュな代物だなぁ。


 だけど父ちゃんの顔、妙にキラキラしてるし。

 まあこれを持って歩くだけなら、まあ可愛いもんかな。


「王子に話しかけられたら、そこのウサギの鼻を押しなさい。そしたら、あの方向に大きな花火が上がるよ。」


 パパは楽しそうに言った。

 わぁ、すごく良い笑顔のカーサパパ。

 つまり、これは『碌なもんじゃねえ』ってことだな!


 とりあえず、無邪気可愛い、略して『ムジャカワ』な顔を作ったあたしは、そっとアンテナに手を伸ばす。


 ぐいっと力を込めて――


 ――ポキッ!

 完璧な手際でアンテナをへし折ったあたしは、にっこり笑って、パパに向き直る。


「えへへ〜、ぱぱぁ、おれたぁ。」


 その場で硬直するアロー。……もしかして流石に怒るかな?

 そんなことを考えていたら、親父は涙目になりながら呟いた。


「……慈悲じひの女神……ッ! マイパレスエンジェルラビリンス……。

 迷いし民は、今パレスの御心みこころにより……世界が浄化されていく……ッ!」


 あ、父ちゃんやっぱり駄目なやつだ。


「……あなた、爆破はさすがにやり過ぎですわ。」


 静かに、しかしきっぱりと諫める母ちゃん。

 その声に、思わず感心しかけた。

 あれ? 意外とまともな感覚持ってたのか、この母ちゃん?


 少しだけ尊敬しかけた、その時。


「こういうのは、毒がいいわ。時間差でじわじわ効くやつ。」


 ……うん、まともな所、無かった。


 ◆ ◆ ◆


 そんなやり取りをしていたら、一組の男女がこちらへ歩み寄ってきた。


 その出で立ちは、見るからに金の掛かった見繕みつくい。

 うちよりもずっと格式高い感じがする。


 ふと、隣の親父――アローも顔をしかめた。


「……はぁ、見つかった。何の用ですか? アイン国王」


 小声でぼそりと呟く。

 やって来た金髪碧眼の男が、にこやかに手を振ってきた。


「やぁ、アロー。本当に来てくれて嬉しいよ。」


 だがアローは涼しい顔で、きっぱりと言い放った。


「――五秒経ちました。本日の業務は終了です。お疲れ様でした。」


「ははははは、まだパーティーは始まってないよ? 残念だったね、アロー。」


「チッ!」


 本気で舌打ちしてる親父を見て、あたしは頭を抱えた。

 不敬ふけいとか以前に、あたしが言うのも何だけど、空気読めよ、マジで。


 でも、確かゲーム設定でも、このアローとアイン国王は同い年だったはずだし。

 しかも親父は宰相さいしょうという立場にある。

 まぁ……タメ口でも許されるのか、たぶん。

 そもそも宰相って奴が何してるのかはさっぱりだけどな!


 とはいえ、国王側も全然怒ってないどころか、むしろ楽しんでるっぽい。


「はは、相変わらず君たち夫婦は仲が良さそうで何よりだ。以前のアローからは考えられないよ。」


 そう柔らかく笑うアイン国王……だが。

 ここでもまた、問題児がいた。


 カーサグリーン・エイトレディ。


 あたしを抱きしめながら、国王夫妻にガンッガンにメンチ切ってる。

 しかも、その抱きしめ方が尋常じゃない。


 抱き締めつつ、更に顔面をすりすりすりすりと容赦なく押し付けてくるのだ。


「ヴェヴェヴェヴェヴェ」


 顔を押し潰されながら、変な声が出た。

 これ、儀式か? 呪詛じゅそか??

 しかも摩擦で、もう顔半分削れてんじゃないかって勢いだぞ!


 国王夫妻も、若干引いてる気がするけど、必死に笑顔を維持している。

 あたしも、心の中でそっと祈った。

 この場が、どうか、どうか穏便に済みますように……!

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