第15話 関係性の複雑化
空には無数の星が輝き、その光が異世界の街を優しく照らしていた。夜風が心地よく吹き抜ける中、翔は小高い丘の上に座り、遠くに広がる街の灯りを眺めていた。
「また一人で考え事?」
振り向くと、ニーナが軽やかな足取りで近づいてきた。彼女は翔の隣に腰を下ろし、同じ方向に視線を向けた。
「ちょっとね」翔は微笑んだ。「この世界の星空は、現実世界とは全然違うんだ。星の並びも、輝き方も」
「そりゃそうよ」ニーナは肩をすくめた。「別の世界なんだから」
彼女の茶色の髪が夜風にそよぎ、月の光を反射して美しく輝いていた。翔は思わずその姿に見とれてしまう。最初に出会った頃、ニーナは単なる冒険の仲間、頼れるスカウトだった。しかし今、彼女の存在は翔の中で特別なものに変わりつつあった。
「最近、どうしたの?」ニーナが不意に尋ねた。「なんだか落ち着かない感じがするわ」
翔は少し驚いた。さすがニーナ、人の様子を観察するのは彼女の得意分野だ。
「そんなに分かりやすいかな」翔は少し照れながら答えた。「実は...色々考えることがあって」
「あら、珍しい。いつもは考えるより行動派のあなたが?」
「うん...」翔は言葉を選びながら続けた。「この世界との関わり方、みんなとの関係、それから...」
言葉が途切れた。翔自身、自分の感情をうまく整理できていなかった。現実世界での生活、異世界での冒険、そしてダンジョンでの戦い。三つの世界を行き来することで得た力と経験。そして何より、両方の世界で出会った人々との絆。
ニーナは黙って待っていた。彼女はいつも翔の言葉を急かさない。それも、翔がニーナに心を開ける理由の一つだった。
「ニーナ、俺、最初はただ単純に力が欲しかったんだ」翔は夜空を見上げながら告白した。「現実世界でモテたいとか、目立ちたいとか...そんな単純な理由でこの力を求めてた」
「それが悪いことなの?」ニーナは首を傾げた。「みんな何かを求めて生きてるわ」
「悪くはないけど...」翔は言葉を探した。「今は違う。この世界の人たちとの出会い、特にニーナやエリス、セリア、エレアとの時間を過ごすうちに...ただ力を得るだけじゃなくて、その力で何ができるかを考えるようになった」
ニーナの表情が柔らかくなった。「それって成長じゃない」
夜風が二人の間を吹き抜け、一瞬の沈黙が流れた。
「でも、そこで問題が生まれた」翔は続けた。「俺、二つの世界のどちらも大事だって気づいたんだ。現実世界の友達や家族、それにこっちの世界のみんな...どちらかを選ぶことはできない」
ニーナは黙って聞いていた。その瞳には、理解と何か別の感情が混ざっているように見えた。
「そして...」翔は言葉に詰まった。自分の心の内を正直に話すべきか迷った。「みんなとの関係も、単なる冒険仲間じゃなくなってきてる気がして...」
ニーナの目が少し大きくなった。「そう...」
「分かりづらくてごめん」翔は苦笑した。「俺自身、うまく説明できないんだ」
ニーナは静かに手を翔の手の上に置いた。温かい。
「無理に説明しなくていいわ」彼女の声は柔らかだった。「感情って、言葉にしづらいものよ」
翔は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。ニーナの瞳に映る自分を見つめながら、彼はゆっくりと彼女の方に身を寄せた。
その時、背後から声がした。
「こんなところにいたのね」
翔とニーナは思わず離れた。振り向くと、エリスが腕を組んで立っていた。彼女の赤い髪が月明かりに照らされ、その姿は強く、美しかった。
「エリス...」翔は思わず立ち上がった。「何か用?」
「別に」エリスは素っ気なく答えた。「明日の探索の打ち合わせをしようと思って探していただけ」
しかし、その目はニーナを警戒するように見つめていた。
「分かった、じゃあキャンプに戻ろうか」翔は言ったが、なぜか気まずい雰囲気が流れた。
三人でキャンプに戻る道すがら、翔は二人の間に流れる微妙な緊張感を感じていた。
翌朝、一行は小さな森の中を進んでいた。翔、ニーナ、エリス、セリア、そしてエレアの五人だ。彼らの目的地は森の奥にあるという古代の遺跡。伝説では、そこには空間を自在に移動できる魔法の秘密が眠っているという。
「本当にあるのかしら」エレアが地図を確認しながら呟いた。彼女の銀色の髪が朝日に輝いていた。「古文書の記述は曖昧で...」
「あるわよ」セリアが明るく答えた。「神殿の文献にも、この森の奥に『扉の間』があると記されているもの」
「でも伝説じゃ魔物の住処になってるっていうじゃないか」エリスが警戒しながら周囲を見回した。「簡単には行けないはずだ」
「それはそれで楽しいじゃない」ニーナが軽快に言った。「冒険って感じがするわ」
翔は黙って聞いていた。この「扉の間」を見つけることができれば、現実世界に戻るための新たな手段を得られるかもしれない。そして何より、ドラゴンクエストのルーラのような魔法が使えるようになるかもしれない。空間移動の魔法があれば、現実世界と異世界の行き来がもっと自由になる。
「翔、どう思う?」エレアが尋ねた。
「え?」考え事をしていた翔は、突然名前を呼ばれて我に返った。
「遺跡への最短ルートよ」エレアは少し不満そうに地図を指さした。「川沿いを行くか、小さな丘を越えていくか」
「ああ...」翔は地図を覗き込んだ。エレアの肩が自分の肩に触れ、微かな香りが鼻をくすぐる。思わずドキリとした。「えっと、川沿いの方が安全そうだけど、時間がかかるよね。目的を考えると丘を越える方が早そうだ」
「同感ね」ニーナが頷いた。「時間を節約しましょう」
「でも危険が増すわ」セリアが心配そうに言った。「丘の上は視界が開けるから、私たちも見つかりやすい」
「大丈夫だ」エリスが剣に手をやった。「何が来ても斬ってやる」
翔はエリスの目が大きく見開かれた。彼女の頬がわずかに赤く染まる。
「何を言ってるの...」彼女は視線をそらした。「私たちは...冒険の仲間でしょう」
「そうだね」翔は空を見上げた。「最初はそうだった。でも今は...もっと複雑になった気がする」
二人の間に沈黙が流れた。星空の下、言葉にならない感情が漂っていた。
「私は...」エリスがようやく口を開いた。「あなたが最初に会った時より、ずっと強くなったと思う。剣の腕前も、判断力も...それに、人としても」
翔は驚いた。エリスからこんな言葉をもらえるとは思っていなかった。
「ありがとう」翔は正直に答えた。「エリスがそう言ってくれるなら、本当なんだと思う」
「でも...」エリスは言葉を選びながら続けた。「あなたには秘密がある。現実世界のこと、私たちに見せない部分」
翔は黙ってうなずいた。確かにその通りだった。二つの世界を生きる自分の姿を、完全に見せることはできていなかった。
「いつか全部話すよ」翔は約束した。「俺がどんな生活をしているか、どんな人間なのか」
「期待してる」エリスは珍しく微笑んだ。
その笑顔に、翔は胸が熱くなるのを感じた。厳しく、強く、時に冷たいエリスだが、こんな柔らかい表情も持っている。それを知っているのは、共に戦ってきた仲間だけだ。
「エリス、俺...」
その時、屋上へ続く階段から足音が聞こえてきた。
「あ、ここにいたのね」
振り向くと、セリアが立っていた。彼女の金色の髪が月の光に照らされ、神々しく輝いていた。
「お邪魔?」セリアが二人の様子を見て尋ねた。
「いや、そんなことはない」エリスが素早く立ち上がった。「ちょうど戻るところだった」
エリスは翔に一瞥をくれると、セリアの横を通り過ぎて階段を下りていった。
セリアは少し困惑した様子で翔の方を見た。「大丈夫?何か言い争いでもしたの?」
「ううん、そんなことはないよ」翔は首を振った。「ただ...色々と考えることがあって」
セリアは翔の隣に座った。彼女の存在には不思議と癒やされる力があった。神官としての力なのか、それとも彼女自身の優しさからくるものなのか。
「今日は大変だったわね」セリアは静かに言った。「でも、私たちはやり遂げたわ」
「うん、みんなのおかげだ」
「翔も頑張ったわ」セリアは優しく微笑んだ。「特に最後の魔法は見事だった。エレアも驚いていたわ」
翔は照れくさそうに頭をかいた。「まだまだだよ。エレアには及ばない」
「でも確実に成長してる」セリアは真剣な表情になった。「私、翔のことをずっと見てきたから分かるわ。最初に会った時とは全然違う」
「そうかな...」
「うん」セリアが頷いた。「特に...みんなのことを考える気持ちが強くなった」
翔は微笑んだ。「それは意識してる。みんながいなければ、俺は何もできなかった」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど...」セリアは空を見上げた。「翔には翔の世界があるのよね。いつかは帰らなきゃいけない場所」
翔は黙った。セリアの言う通りだった。現実世界には家族がいる。学校がある。そして、最近は少しずつ友達もできてきた。
「セリア...」翔は慎重に言葉を選んだ。「確かに俺には帰るべき世界がある。でも、それはこの世界と別れるということじゃない」
「本当に?」セリアの声は小さかった。「私たちのことを...忘れたりしない?」
翔はセリアの手を取った。彼女の手は小さく、温かかった。「絶対に忘れない。約束する」
セリアの瞳に涙が光った。「ありがとう...」
二人は言葉を交わさず、しばらく星空を見つめていた。心地よい静けさだった。
「セリア」翔がようやく口を開いた。「俺にとって、この世界はもう特別な場所なんだ。みんながいるから」
セリアは翔をじっと見つめた。その目には何か決意のようなものが宿っていた。
「翔...」彼女はわずかに震える声で言った。「私、あなたのこと...」
「セリア...」
丁度その時、階段から別の足音が聞こえてきた。
「あら、みんな集まってるのね」
エレアが銀色の髪を揺らしながら現れた。彼女の手には例の水晶があった。
「邪魔した?」エレアが二人の様子を見て尋ねた。
「いや...」翔は素早くセリアの手を離した。「何か分かったの?その水晶のこと」
エレアは興奮気味に説明し始めた。「うん、少しずつだけど。この水晶、思っていた以上に複雑な魔法構造を持ってるわ。でも、基本的な使い方は理解できたと思う」
「それで?」翔は身を乗り出した。
「理論上は、一度行ったことのある場所なら、どこへでも移動できるわ」エレアは水晶を掲げた。「使うたびに魔力を消費するけど、回復するみたい」
「それって...」セリアが息を呑んだ。
「そう、翔の言っていた『ルーラ』みたいな魔法ね」エレアは頷いた。「翔の世界のゲームと似てるわ」
翔は感動していた。ドラゴンクエストのルーラのような魔法が実現するなんて。子供の頃の夢が現実になるような気分だった。
「試してみたの?」翔は尋ねた。
「ちょっとだけ」エレアは少し恥ずかしそうに言った。「宿の自分の部屋から屋上まで。うまくいったわ」
「すごい!」セリアが感嘆の声を上げた。
「でも、世界を越える移動はまだ...」エレアは慎重に言った。「理論上は可能だけど、リスクが大きすぎる」
翔は頷いた。「無理はしないで。安全に使える方法を見つけるまでは」
「そのつもりよ」エレアは微笑んだ。「でも...翔の世界、すごく気になるわ」
「いつか見せるよ」翔は約束した。「機会があれば...」
「本当?」エレアの目が輝いた。「約束よ?」
「ああ」
屋上で三人が話している間に、夜はさらに深まっていった。星々がより明るく輝き、月の光が彼らを優しく照らしていた。
「そろそろ休みましょう」セリアが提案した。「明日も色々あるし」
エレアと翔も同意し、階段を下りて自分たちの部屋へと向かった。廊下で別れる前、エレアが翔に水晶を見せた。
「これ、あなたに預けるわ」
「え?」翔は驚いた。「俺に?でも、エレアが研究してるんじゃ...」
「研究は続けるけど」エレアは微笑んだ。「この水晶、あなたに反応するみたい。私が使うより、ずっと強く光るの」
翔は恐る恐る水晶を受け取った。確かに、彼の手に触れた瞬間、水晶は明るく輝いた。
「これって...」
「あなたには特別な才能があるのかもしれないわ」エレアは真剣な表情で言った。「二つの世界を行き来できるのも、偶然じゃないのかも」
翔は水晶を見つめた。小さいながらも、確かな力を感じる。
「ありがとう、大事にするよ」
エレアは満足そうに頷き、「おやすみ」と言って自分の部屋へと消えていった。セリアも「また明日」と言って去り、翔は一人残された。
部屋に戻った翔は、ベッドに横たわりながら水晶を眺めていた。この小さな宝物が、二つの世界の行き来をさらに自由にするかもしれない。それは素晴らしいことなのに、どこか不安も感じる。
二つの世界。二つの人生。そして...複数の心の絆。
翔は水晶を胸に抱きながら、目を閉じた。
翌朝、翔が宿の食堂で朝食を取っていると、ニーナが元気よく近づいてきた。
「おはよう!よく眠れた?」
「まあまあかな」翔は微笑んだ。「昨夜は色々考えてたから」
「それって...」ニーナは少し声を落とした。「私たちのこと?」
翔は正直に答えた。「うん、一部はそう」
ニーナは翔の向かいに座った。彼女の茶色の瞳には好奇心が宿っていた。
「で、何か結論は出たの?」
翔は首を振った。「まだ...複雑だ」
「複雑ね」ニーナは少し考え込むような表情をした。「翔って、本当に不思議な人ね」
「どういう意味で?」
「二つの世界を行き来して、それぞれの生活を持って」ニーナは真剣な眼差しで言った。「私にはできないわ」
「俺だって最初は信じられなかった」翔は懐かしむように言った。「祖父の屋敷を相続したとき、あの部屋を見つけるまでは」
「翔のおじいさんも同じことをしてたのかしら?」
「たぶん...」翔は考え込んだ。「日記の断片からすると、そうみたいだ」
食堂には他の宿泊客もいたが、彼らの会話に気を払う者はいなかった。この世界では、冒険者たちの奇妙な話はありふれていた。
「翔」ニーナが突然真剣な表情になった。「あなたが現実世界で何をしているのか知りたい」
翔は少し驚いた。ニーナがこんなに直接的に聞いてくるとは思わなかった。
「そうだな...」翔は言葉を選びながら答えた。「俺は普通の高校生だよ。勉強して、友達と遊んで...」
「女の子の友達もいるの?」ニーナの質問は鋭かった。
翔は思わず赤面した。「まあ...いないこともない」
「そう」ニーナの表情は読みづらかった。「その子たちは翔のこの姿を知らないのよね」
「知らない」翔は正直に答えた。「この世界のことは誰にも話してない」
「秘密にしてるのね」
「そうせざるを得ないんだ」翔は少し弁解するように言った。「信じてもらえないだろうし...危険かもしれない」
ニーナはしばらく黙っていた。彼女の指先がテーブルをトントンと叩いている。何か考え事をしているようだ。
「ねえ、翔」彼女がようやく口を開いた。「今度、あなたの世界に連れて行ってよ」
「え?」翔は驚いて声が上ずった。
「エレアが言ってたわ。その水晶を使えば、理論上は可能だって」ニーナの目は決意に満ちていた。「私、翔の世界が見たい」
翔は困惑した。確かにエレアは理論上可能と言っていた。しかし、実際に試したわけではない。リスクがあるのは明らかだ。
「ニーナ...それは...」
「怖いの?」ニーナが挑むように言った。
「怖いというか...」翔は慎重に言葉を選んだ。「危険かもしれないし、もし上手くいかなかったら...」
「私は怖くないわ」ニーナはきっぱりと言った。「翔を信じてる。それに...」
彼女は少し恥ずかしそうに視線を落とした。
「それに?」
「翔がどんな生活をしているのか、どんな人たちと過ごしているのか...知りたいの」
翔は胸が締め付けられる感覚を覚えた。ニーナの言葉には、単なる好奇心以上のものがあった。それは...
「分かった」翔は決断した。「でも、まずはエレアと安全性を確認してからだ」
ニーナの顔が明るくなった。「約束ね?」
「ああ、約束する」
朝食を終えると、二人は他のメンバーを探しに宿を出た。街は朝の活気に満ちており、商人たちが店を開き、冒険者たちが新たな依頼を求めて動き回っていた。
セリアは神殿で朝の祈りを捧げており、エレアは魔法素材店で新しい本を探していた。エリスは訓練場で剣の稽古をしていた。
四人がそれぞれの用事を済ませ、集合したのは正午過ぎだった。
「今日はどうする?」エリスが尋ねた。
「まず、昨日の成果を確認しましょう」エレアが提案した。「水晶の使い方をもっと調べる必要があるわ」
一行は街外れの小さな丘に向かった。人目につかない場所で魔法の実験をするためだ。
丘の上で、翔は水晶を取り出した。日光に照らされ、水晶は虹色に輝いていた。
「まずは近距離の移動から試してみましょう」エレアが指示した。「あの大きな岩まで」
翔は約50メートル離れた岩を見つめ、水晶に集中した。エレアの説明通り、行きたい場所をはっきりとイメージする。
水晶が明るく光り、翔の周りに光の粒子が渦巻いた。一瞬の眩さの後、彼は岩の前に立っていた。
「成功したわ!」エレアが喜びの声を上げた。
翔は水晶を見つめた。不思議な感覚だった。体がばらばらになって、再構成されるような...でも痛みはない。
「どんな感じ?」ニーナが興味深そうに尋ねた。
「説明しづらいけど...」翔は言葉を探した。「風に乗っているような感じかな」
次に、より遠くへの移動を試みた。街が見渡せる丘の反対側だ。これも成功した。
「驚くほど安定してるわ」エレアは感心した様子だった。「翔の魔力と相性がいいのかも」
実験を重ねるうちに、翔は水晶の使い方に慣れてきた。行きたい場所をイメージし、魔力を注ぎ込む。単純だが、集中力と明確なイメージが必要だった。
「じゃあ...次は」ニーナが意味深な表情で翔を見た。
翔は彼女の意図を理解した。「まだ早いよ。もっと練習が必要だ」
「何の話?」エリスが不審そうに尋ねた。
「ニーナが...俺の世界に行きたいって」
セリアとエリスは驚いた表情を見せた。
「それは...」セリアが心配そうに言った。「危険じゃないの?」
「理論上は可能」エレアは冷静に答えた。「でも、世界を越える移動はかなりのエネルギーが必要よ。それに...」
「それに?」エリスが促した。
「帰ってこられるかどうか保証できない」エレアが真剣な表情で言った。「一方通行になる可能性もあるわ」
沈黙が流れた。
「でも」ニーナが決意を固めたように言った。「試してみる価値はあるわ。翔があっちとこっちを行き来できるなら、私たちにもできるはず」
エリスが腕を組んだ。「無謀だな」
「いいえ、可能性はあるわ」エレアが考え込むように言った。「翔の能力と水晶の力を合わせれば...」
セリアは黙って考え込んでいた。彼女の表情からは、複雑な感情が読み取れた。
「みんな...」翔は慎重に言った。「こんなリスクを冒す必要はないよ。俺が二つの世界を行き来して、情報を伝えることはできる」
「それだけじゃ足りない」ニーナがきっぱりと言った。
「どういう意味だ?」エリスが尋ねた。
ニーナはためらいがちに言った。「私たち...もっと翔のことを知りたいの。彼がどんな生活をしているのか、どんな人たちと過ごしているのか...」
「私も...」セリアが小さな声で言った。「翔の世界、見てみたい」
「危険を承知で?」エリスの声は厳しかったが、目には好奇心の光があった。
「そうね」セリアは決意を固めたようだった。
翔は四人の少女たちを見回した。彼女たちの目には決意と期待が混ざっていた。彼の心は複雑だった。嬉しさと不安が入り混じっている。
「エレア」翔が尋ねた。「技術的には本当に可能なのか?俺以外の人間を連れて、世界を越えることは」
エレアは水晶を見つめながら考え込んだ。「翔の能力と水晶の力を使えば...理論上は可能よ。でも...」
「でも?」
「試したことがないから、成功率は分からない」エレアが正直に言った。「それに、翔の世界と異世界の法則の違いも問題になるかも」
翔は深く考え込んだ。彼女たちを危険にさらすべきではない。しかし、その決意に満ちた眼差しを前に、断ることもできない。
「わかった」翔はついに決断した。「試してみよう。でも、まずは一人だけだ。安全を確認してから」
四人の視線が一斉にニーナに向けられた。彼女が最初に提案したからだ。
「私が行くわ」ニーナは迷いなく言った。
「待って」セリアが声を上げた。「その...私も...」
「私も興味がある」エレアが加わった。
エリスは黙っていたが、その表情からは明らかな関心が読み取れた。
四人の少女たちの間に、微妙な緊張が流れた。翔は困惑した。こんな状況になるとは思っていなかった。
「えっと...」翔は言葉に詰まった。「一人ずつ行くなら...順番を決めないと」
「じゃあ...くじ引きで決めましょう」セリアが提案した。「それが一番公平よ」
みんなが同意し、即興のくじ引きが行われた。結果は...
「私が一番ね」エレアが短い草を手に持ちながら言った。彼女は少し驚いた様子だった。
「二番」ニーナが少し残念そうに言った。
「三番...」セリアがため息をついた。
「四番か」エリスはいつもの冷静さを装っていたが、わずかに失望が見えた。
「じゃあ...」翔はエレアを見た。「最初はエレアが俺の世界に行くことになる」
エレアの表情は複雑だった。期待と緊張が入り混じっている。
「本当に...行けるのかしら」
「やってみよう」翔は決意を固めた。「でも、事前準備が必要だ。俺の世界のことを説明しないと」
翔は異世界の少女たちに、現代日本の基本的な情報を説明し始めた。電気、車、スマートフォン、学校制度...彼女たちは驚きと好奇心で翔の話を聞いていた。
「明日、準備が整ったら試してみよう」翔は提案した。「今日は魔力を温存しておく」
みんなが同意し、街に戻ることにした。
宿に戻る道中、エレアは翔の隣を歩きながら小声で言った。「ありがとう、この機会をくれて」
「いや...」翔は少し照れた。「俺こそ、こんなリスクを冒してくれて感謝してる」
「冒険者でしょ?」エレアは微笑んだ。「冒険なくして何が楽しいのよ」
翔はエレアの銀色の髪と、知的な青い瞳を見つめた。彼女は魔法学院を追われるほどの好奇心の持ち主だ。その知識欲が、彼女をこの冒険に駆り立てているのだろう。
「でもね」エレアの声はさらに小さくなった。「好奇心だけじゃないわ...」
「え?」
「あなたのことをもっと知りたいの」エレアは顔を赤らめた。「あなたが二つの世界でどう生きているのか...その全部を」
翔の胸がドキリとした。エレアのこんな素直な告白は初めてだった。いつも冷静で理性的な彼女が、こんな風に感情を見せるのは珍しい。
「エレア...」
彼女は急いで話題を変えた。「それで、最初に行くべき場所はどこ?あなたの家?」
「ああ...」翔は我に返った。「そうだね。俺の家が一番安全だ。人目につかないし」
宿に戻ると、一行は翌日の計画について話し合った。エレアは現実世界での振る舞い方や注意点を熱心にメモしていた。ニーナは少し不満そうだったが、次は自分の番だと自分に言い聞かせているようだった。セリアは心配そうにエレアに助言し、エリスは全体を静かに見守っていた。
その夜、翔は再び宿の屋上で星を眺めていた。現実世界と異世界の星空は違う。でも、どちらも美しい。
「緊張してる?」
振り向くと、今度はエリスが立っていた。彼女は翔の隣に立ち、空の星々を見上げた。
「少しね」翔は正直に答えた。
「無理をするな」エリスの声は珍しく優しかった。「危険を感じたら中止しろ」
「うん...」
「私たちは...」エリスは言葉を選びながら続けた。「あなたを失いたくない」
翔は驚いて彼女を見た。エリスからこんな言葉を聞くとは思わなかった。
「エリス...」
「変なことを言ったか?」彼女は少し恥ずかしそうに顔をそらした。
「いや、嬉しい」翔は微笑んだ。「ありがとう」
「気にするな」エリスは冷静さを取り戻したようだった。「ただ...」
「ただ?」
「みんなが心配しているんだ」エリスは静かに言った。「ニーナもセリアもエレアも...あなたのことを」
翔は黙ってうなずいた。自分の行動が、四人の少女たちに影響を与えているのは明らかだった。最初は単なる冒険仲間だった関係が、今では複雑に、そして深く変わっていた。
「俺も...みんなのことが大切だ」翔は素直に言った。
「知っている」エリスはシンプルに答えた。「だからこそ、無理はするな」
彼女の言葉には、普段の厳しさとは違う、温かみがあった。
「ありがとう、エリス」
星空の下、二人は静かに立っていた。言葉以上のものが、そこには存在していた。
翌日、予定通り翔とエレアは実験を行うことになった。場所は翔の家の庭だった。祖父から相続した大きな屋敷には十分なスペースがあり、人目につく心配も少ない。
「準備はいい?」翔はエレアに尋ねた。
彼女は現実世界に合わせて、シンプルな服装に着替えていた。異世界の華やかな魔法使いの衣装ではなく、エレアの髪型と言い、まるで現実世界の女子高生のようだった。
「うん...」エレアは緊張した表情で頷いた。「でも...ちょっと怖いわ」
「大丈夫」翔は彼女の手を握った。「俺がついてる」
ニーナ、セリア、エリスも自信に満ちた姿に微笑んだ。彼女はいつも頼もしい。出会った当初は厳しく突き放すような態度だったが、共に戦い、困難を乗り越えるうちに、少しずつ心を開いてくれるようになった。
最初に水晶の力を使ったのはエレアだった。彼女は銀髪を揺らし、魔法陣の中に立つと、一筋の青い光に包まれて消えた。
翔は現実世界に戻り、自分の部屋で目を覚ました。ベッドの横に立っていたのは、困惑した表情のエレア。彼女は学校の制服に似た服装に変わっていた。
「これは…あなたの世界?」エレアは窓から見える街の風景に目を丸くした。「不思議な光の塔が並んでいる…」
「あれはビルだよ。光じゃなくて窓ガラスが反射しているんだ」翔は笑いながら説明した。
エレアは翔の家の電気、テレビ、スマートフォンに驚き、すべてが魔法のように思えた。しかし何より彼女を魅了したのは図書館だった。
「こんなにも多くの知識が…」彼女は本棚に並ぶ書籍を前に息をのんだ。「私の世界なら、これほどの蔵書は王宮にしかない」
エレアは学校に通う翔の姿も見た。彼が現実世界で積み重ねてきた知識と経験が、異世界での彼の知性を高めてきた理由を理解したのだ。
夜、二人は屋上で星を見上げた。
「あなたの世界の星座は私の世界と似ているわ。でも星の輝きが弱い…」
「光害というんだ。都会の明かりで星が見えにくくなっている」
エレアは沈黙の後、静かに言った。「あなたの二つの世界を行き来する力…それは祝福であり、呪いでもあるのね」
三日後、エレアは水晶の力で異世界に戻った。彼女の目には新たな知識と理解の光が宿っていた。
次に現実世界を訪れたのはニーナだった。茶髪のショートカットが特徴の彼女は、エレアと違い、新しい環境にすぐに適応した。
「すごい!これって『電車』っていうの?こんなに速く移動できるなんて!」
翔は彼女を東京の街に連れ出した。ニーナはショッピングモールの華やかさ、ゲームセンターの騒がしさ、そして何より人々があふれる渋谷のスクランブル交差点に目を輝かせた。
「私の世界の市場の十倍は人がいるわね!でも誰も武器を持っていないのが不思議…」
ニーナは現実世界の「スカウト」として、翔と共に街を探検した。彼女の観察眼は鋭く、人々の服装や行動パターンをすぐに真似始めた。数日で彼女は完璧な「現代の女子高生」を演じるようになった。
「あなたの学校に行きたい!」彼女は翔にせがんだ。
「無理だよ。君は生徒名簿にないんだから」
それでもニーナは諦めず、翌日、翔が学校から帰ると、彼女は制服姿で待っていた。
「忍び込んだの。あなたの学校、警備が甘いわね」彼女はにやりと笑った。「それに、美咲さんっていう子に会ったわ。あなたのこと、結構気にしてるみたいよ?」
翔は赤面した。「何を…美咲に何を言ったんだ?」
「秘密♪」ニーナはウインクした。
現実世界での一週間が終わり、ニーナは異世界に戻る前に言った。「私、決めたわ。あなたの世界みたいな『平和』を、私たちの世界にも作りたい。それには力じゃなくて、知恵が必要なのね」
三番目に現実世界を訪れたのはセリア。金髪の優しい少女は、現実世界の喧騒に少し圧倒されていた。
「みんな急いでいるわね…誰も空を見上げたり、花の香りを楽しんだりしていない」彼女は公園のベンチに座って言った。
翔はセリアを病院に連れていった。彼女は現代医学の技術に驚き、同時に心を痛めた。
「私の癒しの魔法があれば、あの人たちをもっと早く治せるのに…」
しかし彼女は医師や看護師たちの献身的な姿に感銘を受けた。彼らの「魔法なき世界での癒し」に敬意を表し、多くを学んだ。
セリアは翔の学校の保健室を訪れた時、森川先生と出会った。二人は患者への接し方や心の癒し方について語り合い、意気投合した。
「彼女はあなたのことを気にかけているわ」セリアは翔に言った。「あなたの変化に気づいている。鋭い人ね」
森川先生との会話から、セリアは現実世界の「心の病」についても学んだ。目に見えない傷を癒す難しさを知り、自分の世界に持ち帰りたい知識として心に留めた。
「私たちの世界には、体の傷は癒せても心の傷を癒す術が少ないわ」
セリアが異世界に戻る前夜、彼女は翔に静かに告白した。「あなたが二つの世界を行き来するのは、きっと意味があること。私はそれを信じているわ」
最後に現実世界を訪れたのはエリス。赤髪の誇り高い剣士は、武器を持たない世界に最初は不安を感じていた。
「こんな世界で、どうやって身を守るというの?」彼女は警戒心を解かなかった。
翔はエリスを武道場に連れていき、現実世界の「戦い」を見せた。剣道、柔道、空手…彼女は真剣に見入り、時に参加して技を交えた。
「形は違えど、心は同じね」エリスは道場を後にする時に言った。
エリスは翔の学校生活にも興味を持った。特に彼が体育の授業で見せる動きに注目した。
「異世界での戦いが、ここでの動きを良くしている」彼女は鋭く指摘した。「二つの世界が、あなたを強くしているのね」
ある日、翔とエリスが公園を歩いていると、不良グループに絡まれた。エリスは反射的に身構えたが、翔は冷静に対応し、言葉だけで彼らを遠ざけた。
「あなた…強くなったわね」エリスは感心した。「剣を抜かずして勝つ。それが真の強さかもしれない」
エリスが異世界に戻る前、彼女は翔にこう言った。「私はずっと力で道を切り開いてきた。でも、時には力を抑えることの方が難しいと知った。あなたの世界から学んだ大切なことよ」
四人が順番に現実世界を訪れ、異世界に戻った後、翔の水晶は以前より明るく輝くようになった。まるで二つの世界の距離が縮まったかのようだった。
異世界に戻った翔は、仲間たちの微妙な変化に気づいた。
エレアは現実世界の科学知識を魔法理論に取り入れ、新たな魔法を生み出し始めていた。
ニーナは単なる「盗み」や「探知」だけでなく、人々の暮らしを良くする「情報」の価値に目覚め、街の子供たちに読み書きを教え始めていた。
セリアは体だけでなく心も癒す祈りを編み出し、戦争で心に傷を負った兵士たちのケアに取り組んでいた。
そしてエリスは剣の腕を磨くだけでなく、弱者を守るための組織作りに着手していた。
「みんな変わった…」翔は彼女たちの成長を見て思った。
夜、キャンプファイアーを囲んで五人が集まった時、エレアが言った。
「あなたの世界を見て、私たちは変わったわ。でも、あなたも変わった」
翔は首をかしげた。「僕が?」
「ええ」セリアが優しく笑った。「最初は『美少女にモテたい』とだけ言っていたけど、今のあなたはもっと大きな夢を見ている」
「私たちの世界と、あなたの世界をもっと良くしたいって」ニーナが加えた。
エリスはまっすぐに翔を見た。「二つの世界を知るあなただからこそ、できることがある。それに気づいているでしょう?」
翔は静かにうなずいた。確かに彼の中で何かが変わっていた。単なる個人的な願望を超えた、大きな使命感のようなもの。
「そうだな…」彼は星空を見上げた。「二つの世界が、お互いから学び合える未来を作りたい。それが僕の本当の望みなのかもしれない」
水晶は翔のポケットの中で、かつてないほど明るく輝いていた。二つの世界の狭間で、新たな物語が始まろうとしていた。
翌日、異世界の町の広場で、バルト男爵の部下たちが何かの調査をしているという噂を耳にした翔たち。彼らは「二つの世界を行き来する者」を探しているという。
「やはり、私たちの行動は気づかれ始めているわ」エレアは神妙な面持ちで言った。
「次はどうする?」ニーナが翔に尋ねた。
翔は決意を固めた表情で答えた。「二つの世界の秘密に迫る時が来たみたいだ。祖父が残した最後の手がかりを探しに、ダンジョンの最深部へ行こう」
五人は互いを見つめ、静かにうなずいた。彼らの冒険は、新たな局面を迎えようとしていた。
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