第八節 ―リオナとランド― ヤジェ街の夜

 夜だ。まごうことなき。


 わたし――


 リオナ・ハートルルはいま、十二番戦線のヤジェ街にいる。中央街道の始まりの街。


 目的は、カルラの幼なじみであるソウってひとのスカウト。


 すこし前に着いたばかり。人が多いね、がやがやしている。でもわたしの地元の方がもっと騒がしかったんじゃないかな。


 通りに面したご飯屋の、張り出したほろの下、明かりがてらてらと灯っている。対面にはランド。ひとつ隣の席に座って、黙ってご飯を食べている。そんな量で足りるのかなあ。


 ランドはさっきから無言で、わたしばかり話してる。


 ……なんか、むすっとしてる? こんな感じだったっけ? まだ会って二日だし、分からない。


 ここに来るまで、急ぎすぎた?


 六番リガから十二番ヤジェまで、三〇〇マイルを休憩なしで四時間。


 道中、ランドは走りながら魔力坐を形成して飛び乗るっていうのを、ひとりで編み出してた。すごいね。


 わたしは当然できるけど、いつも通り風の魔力の浮遊で。


 ランドをかして、煽ってたら、最後の方は競争みたいになった。お互いやけになってたんだと思う。わたしが勝った。ちょっと本気を出したってことは、言ってない。


 あと、ランドが怒ってるかも知れない理由……。

 

 ……起きるの遅かったからかなあ。


 そのせいで、四時間の旅になったのも事実――競争したのもあるけれど。


 昼もだいぶ過ぎたころ、ランドに部屋のドアをノックされて、叩かれて、叩き起こされた。


 でも、ランドだって、起こしにくるのが遅かったんだよね。うん。


 リガ街には珍しく本屋の露店が来ていたみたいで、そこで買った何冊かの本を読み込んでいたらしい。


 その本は、今はランドの小さなリュックに詰め込まれている。あのデカいリュックはもうない。拠点に送ったから。手紙のほうが先に着いたはず。


 わたしはふと、夜の街に目をやった。


 紺青こんじょうの帳が広がる夜空に、星が瞬いている。


 その下で賑わう、人の声。


 ここが戦線であることを、思わず忘れてしまうくらいに。


 けれど、この声のほとんどは、今日の戦いを終えた戦士たちのもの。


 十二番戦線は、始まりのライン


 ここより前の生まれでも、十二番戦線に戻って、果てへの道を歩み始める戦士は多い。


 はじまりの戦士は、まだ知らない。


 戦線の果てに潜む深淵を。


 黒い山々と闘う者がいる、その確かな現実を。


 わたしも、いまだ知らずにいる。


 それでもみんな、夜に揺れる灯りのような小さな希望を抱いている。


 そして、前を望む意志を。


 いつか魔獣のいない、本物の楽園が訪れることを夢見て。


 ……。


 ふぅ。



 わたしはランドに向き直って、また話し始める。


「――ミナコって、すごいと思わない? ミナコがちゃんと見てくれてるから、みんなでふざけ倒してるときあるんだよねえ。もっとも、最初にふざけるのがミナコなんだけど」


「……」


 聞こえてないわけないのに、ランドは黙々と食べ続けた。一口終えても、黙って、視線を落としてお皿を見ている。


「……問題があるな」と、ランドは言った。


「メンバーのことを話すけどな、おれはリーダーにしか会ったことがない。


 人物像が想像できない。おれが、あまり人と関わってこなかったからってのもあるけどな……」


「……え」どうしたの?


「さっさと食べたらどうだ」と言って、ランドは料理を口に運んだ。


 ……はァ? なにその反応。


「ねえ、なんか怒ってる? わたしなんかした?」


 ランドは、ばっと顔を上げて、がく然とした顔をした。


「まさか……何もしてないと思ってるのか?」


「はあああああ?」さけんだ。


 ランドは手を振った。「いや、冗談だ……つい」


 なんだか焦りながらそう言って、「その調子をやめてくれ、本当に……」


「なんで」わたしはランドをにらむ。


「……リオナは、この街に来たことがあるのか?」


「わたし? ないけど」


 ランドは体をこっちに寄せて、ささやくように、


「……さっきから、人が行くたび見られてるぞ……


 何かしたんじゃないのか……?


 で、そいつらは、そのあと必ずおれを見るんだ。居心地が悪くてしょうがない」


 ……あ、そういうこと……。


 わたしは前髪をいじくる。


 なんて答える?

 

 調子にのる? もう慣れちゃった。宿屋で働いていたときは、そんなことをしにわざわざくる人もいたんだよ。


 わたしは、


「……わかんない。この髪の色が珍しいからかもね」


 と、無難なことを言ってみた。まあ、それも理由のひとつではあるわけだし。


「でも、前に行くにつれてそんなことする人はいなくなるよ」


 話を逸らすと同時に、戦線のこわさをにおわせてみた。


「あまりいないのか? その色は」


「この中央街道にはいないかもね。北二番の方まで行けば結構いるんじゃないかな」


「そうか……


 それで、ソウの話だけどな」


 わたしは笑って、スプーンをいじる。


「それはさっきお店の人に聞いたよね。だいたいの住んでる場所は分かったから……あ、追加で注文する? ご飯足りたの? わたしは頼もうかな」


「好きにしたらいい。おれはいらない。それで、ソウのことだけどな」


 わたしは肩をすくめて、


「はいはい、はい。ソウね。いやですね。会話を楽しむってことを知らないんですから」


「なあ」


「場所は分かったけど、夜だよ? いま行く? 行かないよね、普通。


 とりあえず、明日の朝、近くを張ってみようよ」


「はあ」


 わたしは、少し間を置いてから言った。


「……それにさ、慎重に進めたほうがいい気がするんだよね」


「……へぇ?」ランドは興味を持ったみたい。


「少し話したでしょ。噂になったっていう、十二番戦線の巨大な魔力の激突のこと。あれ、カルラとリーダーがケンカしたって勝手に考えてたけど、ソウが関係してるんじゃないかな」


 カルラの依頼で急に名前が出てきた、幼なじみで、ライバルという存在――。


「だとして、カルラが誘おうとしてるんだよな」と、ランドは言った。


「……まあ、そうなんだけど」


 ――でも、無視してることがある。


 そう、ソウの意思だ。


「全部、かもしれない、の話なんだけどさ」と、わたしは言った。


 ランドは、こくりと頷いた。食べる手を止めている。


「もし、ライバル同士が本当にケンカしてたとして――


 そのあと、片方は前に行って、もう片方はそのまま十二番戦線に残ってる。どっちにがあるのかは、すぐに分かるよね?


 それで……その勢いのあるほう――つまり前に行ったカルラが、ソウを誘ってるんだとしたら、


 上の立場にいるのはカルラ、ってことになるんじゃないかな。


 ランドはどう思う? 自分を倒したそんな相手が、いきなり前に来いなんて言ってきたら。


 ……しかも、人づてに……」


 ランドは、考えている。


「……たしかに、そうだな。そうなるのか。


 だけどな……」


 ランドは、ゆっくりと言葉を継いだ。


「……知らないから言うが、それだとカルラのやり方に問題があるんじゃないか?


 いや、だとしても、こっちに出来ることはカルラに誘われてるぞ、ってソウに言うだけだと思うけどな」


 ……問題、ね……。


 カルラとはあまり話せていないけど、わたしだってちょっと強引なとこに気づいてたり、気づかなかったり……してるんだから。


「うん。でもねえ、問題があったとしても、カルラが誘いたいって思ってるのは本心だろうし。


 仲間になるかもしれないソウの気持ちも、ちゃんと考えてあげないと」


 そう言って、ランドに笑いかけた。「ね?」


 ランドはすぐに目をそらして、「分かった」とだけ言った。


 ふっと笑って、また食べ始めた。


 伝わったようで――満足したわたしは、椅子に体を預け、両手を頭の後ろで組んだ。


 とはいえ――


「はーあ……ソウはどこにいるのかしらねん」

「は?」


 見ると、ランドは眉をひそめていた。


「えっ? カルラの真似。カルラは凛としてるんだよ。お上品で」

「……そうか……」

「……なに?」

「いや……まあ、いいんだ」


 その瞬間、わたしは椅子を蹴るように立ち上がり、視線を通りの人波の向こうへ飛ばした。


「どうした」ランドは声を落とし、身を低くする。


「いま、遠くから圧を飛ばされた」と、わたしは言った。


「ランドは分かった?」

「いや」

「じゃあ、わたしに向けられたんだ。


 ……さっきの話、聞かれてたのかも」


「かしらねん?」

「もっと前」


「……ソウ、か……?」

「だと思う」


「……追えるのか」


 わたしは通りを見据える。「もう途切れちゃった。さすがに無理だと思う」


 ――迂闊だった。


 すぐ近くにいたなんて。


「なんでだ……」と、ランドはつぶやいた。


 首をふる。


 ほら、やっぱり――


 簡単じゃない……。

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