第八節 ―リオナとランド― ヤジェ街の夜
夜だ。まごうことなき。
わたし――
リオナ・ハートルルはいま、十二番戦線のヤジェ街にいる。中央街道の始まりの街。
目的は、カルラの幼なじみであるソウってひとのスカウト。
すこし前に着いたばかり。人が多いね、がやがやしている。でもわたしの地元の方がもっと騒がしかったんじゃないかな。
通りに面したご飯屋の、張り出した
ランドはさっきから無言で、わたしばかり話してる。
……なんか、むすっとしてる? こんな感じだったっけ? まだ会って二日だし、分からない。
ここに来るまで、急ぎすぎた?
道中、ランドは走りながら魔力坐を形成して飛び乗るっていうのを、ひとりで編み出してた。すごいね。
わたしは当然できるけど、いつも通り風の魔力の浮遊で。
ランドを
あと、ランドが怒ってるかも知れない理由……。
……起きるの遅かったからかなあ。
そのせいで、四時間の旅になったのも事実――競争したのもあるけれど。
昼もだいぶ過ぎたころ、ランドに部屋のドアをノックされて、叩かれて、叩き起こされた。
でも、ランドだって、起こしにくるのが遅かったんだよね。うん。
リガ街には珍しく本屋の露店が来ていたみたいで、そこで買った何冊かの本を読み込んでいたらしい。
その本は、今はランドの小さなリュックに詰め込まれている。あのデカいリュックはもうない。拠点に送ったから。手紙のほうが先に着いたはず。
わたしはふと、夜の街に目をやった。
その下で賑わう、人の声。
ここが戦線であることを、思わず忘れてしまうくらいに。
けれど、この声のほとんどは、今日の戦いを終えた戦士たちのもの。
十二番戦線は、始まりの
ここより前の生まれでも、十二番戦線に戻って、果てへの道を歩み始める戦士は多い。
はじまりの戦士は、まだ知らない。
戦線の果てに潜む深淵を。
黒い山々と闘う者がいる、その確かな現実を。
わたしも、いまだ知らずにいる。
それでもみんな、夜に揺れる灯りのような小さな希望を抱いている。
そして、前を望む意志を。
いつか魔獣のいない、本物の楽園が訪れることを夢見て。
……。
ふぅ。
わたしはランドに向き直って、また話し始める。
「――ミナコって、すごいと思わない? ミナコがちゃんと見てくれてるから、みんなでふざけ倒してるときあるんだよねえ。もっとも、最初にふざけるのがミナコなんだけど」
「……」
聞こえてないわけないのに、ランドは黙々と食べ続けた。一口終えても、黙って、視線を落としてお皿を見ている。
「……問題があるな」と、ランドは言った。
「メンバーのことを話すけどな、おれはリーダーにしか会ったことがない。
人物像が想像できない。おれが、あまり人と関わってこなかったからってのもあるけどな……」
「……え」どうしたの?
「さっさと食べたらどうだ」と言って、ランドは料理を口に運んだ。
……はァ? なにその反応。
「ねえ、なんか怒ってる? わたしなんかした?」
ランドは、ばっと顔を上げて、がく然とした顔をした。
「まさか……何もしてないと思ってるのか?」
「はあああああ?」さけんだ。
ランドは手を振った。「いや、冗談だ……つい」
なんだか焦りながらそう言って、「その調子をやめてくれ、本当に……」
「なんで」わたしはランドをにらむ。
「……リオナは、この街に来たことがあるのか?」
「わたし? ないけど」
ランドは体をこっちに寄せて、ささやくように、
「……さっきから、人が行くたび見られてるぞ……
何かしたんじゃないのか……?
で、そいつらは、そのあと必ずおれを見るんだ。居心地が悪くてしょうがない」
……あ、そういうこと……。
わたしは前髪をいじくる。
なんて答える?
調子にのる? もう慣れちゃった。宿屋で働いていたときは、そんなことをしにわざわざくる人もいたんだよ。
わたしは、
「……わかんない。この髪の色が珍しいからかもね」
と、無難なことを言ってみた。まあ、それも理由のひとつではあるわけだし。
「でも、前に行くにつれてそんなことする人はいなくなるよ」
話を逸らすと同時に、戦線のこわさをにおわせてみた。
「あまりいないのか? その色は」
「この中央街道にはいないかもね。北二番の方まで行けば結構いるんじゃないかな」
「そうか……
それで、ソウの話だけどな」
わたしは笑って、スプーンをいじる。
「それはさっきお店の人に聞いたよね。だいたいの住んでる場所は分かったから……あ、追加で注文する? ご飯足りたの? わたしは頼もうかな」
「好きにしたらいい。おれはいらない。それで、ソウのことだけどな」
わたしは肩をすくめて、
「はいはい、はい。ソウね。いやですね。会話を楽しむってことを知らないんですから」
「なあ」
「場所は分かったけど、夜だよ? いま行く? 行かないよね、普通。
とりあえず、明日の朝、近くを張ってみようよ」
「はあ」
わたしは、少し間を置いてから言った。
「……それにさ、慎重に進めたほうがいい気がするんだよね」
「……へぇ?」ランドは興味を持ったみたい。
「少し話したでしょ。噂になったっていう、十二番戦線の巨大な魔力の激突のこと。あれ、カルラとリーダーがケンカしたって勝手に考えてたけど、ソウが関係してるんじゃないかな」
カルラの依頼で急に名前が出てきた、幼なじみで、ライバルという存在――。
「だとして、カルラが誘おうとしてるんだよな」と、ランドは言った。
「……まあ、そうなんだけど」
――でも、無視してることがある。
そう、ソウの意思だ。
「全部、かもしれない、の話なんだけどさ」と、わたしは言った。
ランドは、こくりと頷いた。食べる手を止めている。
「もし、ライバル同士が本当にケンカしてたとして――
そのあと、片方は前に行って、もう片方はそのまま十二番戦線に残ってる。どっちに
それで……その勢いのあるほう――つまり前に行ったカルラが、ソウを誘ってるんだとしたら、
上の立場にいるのはカルラ、ってことになるんじゃないかな。
ランドはどう思う? 自分を倒したそんな相手が、いきなり前に来いなんて言ってきたら。
……しかも、人づてに……」
ランドは、考えている。
「……たしかに、そうだな。そうなるのか。
だけどな……」
ランドは、ゆっくりと言葉を継いだ。
「……知らないから言うが、それだとカルラのやり方に問題があるんじゃないか?
いや、だとしても、こっちに出来ることはカルラに誘われてるぞ、ってソウに言うだけだと思うけどな」
……問題、ね……。
カルラとはあまり話せていないけど、わたしだってちょっと強引なとこに気づいてたり、気づかなかったり……してるんだから。
「うん。でもねえ、問題があったとしても、カルラが誘いたいって思ってるのは本心だろうし。
仲間になるかもしれないソウの気持ちも、ちゃんと考えてあげないと」
そう言って、ランドに笑いかけた。「ね?」
ランドはすぐに目をそらして、「分かった」とだけ言った。
ふっと笑って、また食べ始めた。
伝わったようで――満足したわたしは、椅子に体を預け、両手を頭の後ろで組んだ。
とはいえ――
「はーあ……ソウはどこにいるのかしらねん」
「は?」
見ると、ランドは眉をひそめていた。
「えっ? カルラの真似。カルラは凛としてるんだよ。お上品で」
「……そうか……」
「……なに?」
「いや……まあ、いいんだ」
その瞬間、わたしは椅子を蹴るように立ち上がり、視線を通りの人波の向こうへ飛ばした。
「どうした」ランドは声を落とし、身を低くする。
「いま、遠くから圧を飛ばされた」と、わたしは言った。
「ランドは分かった?」
「いや」
「じゃあ、わたしに向けられたんだ。
……さっきの話、聞かれてたのかも」
「かしらねん?」
「もっと前」
「……ソウ、か……?」
「だと思う」
「……追えるのか」
わたしは通りを見据える。「もう途切れちゃった。さすがに無理だと思う」
――迂闊だった。
すぐ近くにいたなんて。
「なんでだ……」と、ランドはつぶやいた。
首をふる。
ほら、やっぱり――
簡単じゃない……。
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