第十九節 今後のこと ②
*
しばらくの間、お互いになにも話していない。
「……はーあ……」
わたしにしてはめずらしく、ため息が口をついて出た。
……思うことがあって。
――なんかさあ……ランドって……。
さりげなく横を見る。
「…………」
ランドは無言を貫いている。まだ、何かを考えているんだと思う。
――なんだろう。なんか、もやもやするんだよねえ……。
「はぁ……」
わたしは、ぼんやりと空を見上げる。
そしたら――
――あっ……。
目の前の光景に、思わず見入ってしまう。
見渡す限りどこまでも広がる青空は、穏やかさをたたえていて、優しさに満ちた世界を象徴しているかのようだった。
ただ見上げるだけで、心を落ち着かせる。
その広がりの中で、ぽつりぽつりと浮かぶ雲は、静かにそこにあって、ゆっくりと流れながら、温かな時間を紡いでいく。
わたしは視線を下ろす。
澄み渡る青空の下、陽光が静かに降り注ぎ、大地を優しく包み込んでいた。
陽の光を浴びた草原は、まるで柔らかな緑のお布団のよう。その平坦で何もないことすら、心地よく感じられる。
彼方の地平線では、草原の緑と空の青が溶け合っている。
すべてが自然のまま、広大で――。
ここでは、すべてが穏やかに存在し、静かな優しさに満ちている。
空も、光も、草原も、悠然とそこにあるだけで。
いつも、人の心に寄り添う温かな存在。
――それが、光の大地。
そう、わたしたちの世界。
なのに……。
――それなのに、この世界にはいつも争いの影がある。
この大地を、光を、思うがまま享受できないのは、魔獣がいるから。
平穏のすぐ傍にある闘争の気配。
そうだよ――。
わたしの中にとある感情が湧き上がってくる。
世界に組み込まれた仕組み? そんなものは関係なくて。
均衡? 終わりの見えない戦いに、この世界を守るために人が頑張ってきた結果でしょ。
この大地を独り占めしたい。
でも、魔獣が邪魔だ。
ただそれだけだよ。
ランドは、ここは神の世界かもって言ってた。この
――神なんか、いてもいなくても関係ないんじゃないかなあ。
またランドをちらっと見て、すぐ視線を戻す。腕を組んでいた。
――自信に満ち過ぎている。
人々を長年悩ませてきた難しい問題を、いままさに自分がそつなく解いてやったと言わんばかりに――これは勝手な想像だけど――。
賢い人って、みんなこんな感じなのかなあ。
――そして、なによりも――
危ういな。
と、わたしは思った。
……なにか、言い返せること、ないかな。
むずかしい話を立て続けに聞かされて、イライラしたわけじゃない。決して。
わたしは、言いたいことを頭のなかでそそくさとまとめる。
沈黙を破って、話を始める。
「ねえ、ランド? さっきも言ったけれど……黒い森の名残に入る前、この崖の上から草原を見下ろしていたんだよね。……最初は、それらしい場所なんて何も見えなかったから」
「ん……? ……ああ」。わたしの声で目が覚めたように、ランドはぼんやりとつぶやいた。
「でも、ヴァンから渡された地図がこれまた正確に書かれていてね。さすがにこのまま帰るのもかわいそうだから、その方向をじーっと見続けてみたの」
わたしは少し間をおいて、
「……そしたら、黒い森がぼうっと浮かび上がってきた。それで……今は、はっきりと見える」
そう言って、眼下の草原にぽつんとある黒い塊を見つめる。
緑の中に、不自然に浮かぶ黒い森。そこだけは、世界から切り離されたみたいに思えた。
「ランドは、あの森の中で目覚めたから、最初から見えていたはずだよ?」
「……そうだな。街から戻るときも、見失ったことはない」
「うん。そんなものだよ。不思議なことだらけ」
わたしは黒い森の名残から視線を逸らさずに、
「そんなもんなんだよ」
そう、繰り返した。
話を続ける。
「……黒い森の名残が見つかって、そこに入って、で、なんかランドがいて、よくわからない、いのりをし始めて……召喚獣のハーフで――冒険してるみたいで楽しかった。探求心が破裂しそうだった。
でも、それは……考えたら、目の前のことだから。ランドがさっきから気になってるのは……そう、まさに形而上――神とか、あるかどうかも分からないこと追いかけて、たとえ答えが出たところで、いったい何になるのかな……」
黒い森を見るのをやめて、わたしは、ゆっくりとランドの方に顔を向ける。
前を向いて、どこか遠くを見ていた。
「……言いたいこと、伝わる?」と、わたしは言った。
ランドは、ふっと笑うと、
「……リオナは、思ったより現実的だ」
わたしは大げさに肩をすくめる。
「いやー、戦士は現実的じゃないとね。魔獣を倒してお金稼がないと、ご飯なしだよ!」と、冗談っぽい口調で言った。
「……世界を守る理想と、生活のための戦いか。皮肉なものだな」
「…………」
……もういいや。
ひと息つく。
言いたいことはあと少し。わたしは口を開く――。
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