第十七節 ランドは瞬く間に世界の謎に迫る
大体は説明できたはず。なのに、ランドは何を考え込んでいるんだろう。
そんな大きなリュック背負ってそんなポーズして、自分が面白いことに気づいてないのかな。
「……ざっくり言うと、強いやつが前に出て、強い魔獣を食い止めるんだな?」と、ランドは言った。
「うん。ざっくり、その通り! 黒い森から侵攻してくる魔獣を、その強さにあった戦士が殺す。合理的な仕組みだよね!」
それが、人と魔獣の戦いが始まった時からずっと続いている戦闘体制。
でも、ランドはどこか腑に落ちてない様子。
「……そうか?」呆れたように肩をすくめると、ランドは続けた。
「なら、その強い前のやつらは、弱い魔獣を見逃してるわけか。最前線から十一番線までの戦士が、弱いと思った魔獣を放置してる。だから後ろの戦線にも魔獣が流れてくる」
……すごく、細かいところまで気になってるねえ。
「えぇ……もやもやする?」
「なんかな……」
「じゃあ、放置ではなくて、託されてるって考えたら」
言葉を選びながら、わたしは話を続ける。
「ランドがどれだけ強くなったとしても、寝たり、ご飯食べたり、休憩だって必要だよね。最前線には最強の戦士が何人もいるけど、それでも全部の魔獣を倒せるわけじゃない。自分の実力に合った戦線を守るのが最善だよ」
「……その何人もいる
「勝てるよ。それぞれの真髄に到達した最高の魔力使いってこと。例えばねえ……」
わたしは記憶を探る。
「……えーと。たとえばランドと同じ放出魔力系の最強で言うと……そうだ、流星を降らせる戦士だね……
あれ? 通り名はなんて言ったっけ……?」
わたしは……思い出す……。
「最前線は、北から南、五つに別れて……それぞれ……えーと。
……そのひとつは、
――やっぱり、駄目だ。
わたしは首を振る。
「思い出せない……」と言って、肩をすくめてみせた。
ランドは、そんな様子のわたしをじっと見つめている。
「急にどうしたんだ……。わざとか?」
違うし……。
わたしは、ふって静かに笑って、
「わたしもまだまだってこと。
「は……?」
ランドは目を丸くした。
「もちろん、世界が黒い森に囲まれていることは、誰もが知っている大前提。最前線に超巨大な魔獣がいることも知識としてある。その紙に書かれているようにね。そして、そこで最強の戦士たちが戦っていることも……って! そんなおばかを見る目でみないでっ!」
わたしだって訳が分からないんだから!
「いや、違うんだ」ランドは少し間を置いてから、
「……リオナは、最前線に行ったことはないんだな?」
わたしは、こくりとうなづいた。「いまの実力じゃ、まだ行けないよ。街道を東に行けばたどり着くこと自体はできる。でも……まだね」と言って、話を続ける。
「……なんだろう……さっきも言った言葉だけど、同じ空の下……いまこの時も、その場所で山みたいな魔獣と人が壮絶な戦いをしてる。でも、その場面を……詳しく考えようとすると、ぜんぜん想像がつかないんだよね。実感が無いというか……」
ランドが真剣な顔をして聞いているので、わたしはまだ話を――言い訳みたいなことを並べ立ててしまう。
「わたしだって一番戦線までは行ってるんだよ? それでも……考えようとすると思考にもやがかかる? 凄すぎて理解がおよばないのかな?」
そう話している間に、とある考えが浮かんできた。
「そうだよ! 考えてみて。ランドのいたあんなちっぽけな……あ、ごめん、あのぐらいの黒い森の
そう言ったあと、わたしはふと思いついたことを口にしてみる。
「……黒い森は、隠れたいのかなあ?」
「……隠れる……」ランドは顔を伏せて、そうつぶやいた。
ランドは、しばらく無言で歩いたあと、
「そんな山みたいな魔獣が通ったら、黒い森なんてとっくに無くなってるんじゃないか」と、言った。
「たしか……修復されるよ。
ランドがまた目を見開いてこっちを見るので、わたしは吹き出してしまった。
「ねえ、さっきから、いったいどうしたの?」
「……人が、光の大地を広げてきたって言ってなかったか」
「うん。人の、魔力でね。たぶん、木ごと叩き潰すんじゃないかな」
ランドは意味ありげに笑った。
「なあ? おかしいとは思わないのか?」
「へ?」
「黒い森は人から隠れて、魔獣が通っても元に戻る。まるで自分を守ってるようじゃないか」
「なんで? 修復は光の大地でもおこなわれてるよ……」
ランドは、あごに手を当てて考えだした。
「それが当然のこと……だからか」
「おや? なにか気づいたの? おそれいる……」
「なあ。おれは、真面目に……」
「すごい知識欲だよねえ」わたしは感心する。
――あと、ランドって自分の興味あることに関しては、結構しゃべるんだよね。知ってる。
「はあ……」ランドは、ため息をついて、
「そういう訳のわからないことを調べて、本にまとめたやつはいるのか」
「本はないと思うよ? 調べた人はいたかもしれないね。でも、調べたけど何も分かりませんでしたってなるんじゃないかな」
もっとも、リーダーとヴァンがコソコソなにかやってるかもしれない。けれど、あまりよく知らない。
「もう……わからないことだらけだよ? 空葬だってさ」と言って、わたしは苦笑する。
「あと、わたしからしたら、ランドだってその中のひとつだからね? いのりとかさ……それは知ってた?」
なに? 召喚獣とのハーフって? この世界と召喚界、どこを探してもいない、おそらく唯一の存在。
「……」。ランドはもうわたしの話を聞いていない。
少し経ったあと、ランドがぽつりと話し始める。
「……人が魔力で黒い森を拓いて、光の大地を広げる。しかし、黒い森は多数の人から隠れ続ける。その森から現れる魔獣は、光を求めて侵攻する。
だが、魔獣の動きは、黒い森を壊さない。人と魔獣……いや、黒い森か? まるで、互いに押し引きしているような……」
ランドは、独りごとのようにぶつぶつ言っている。
それを見て、わたしは微笑ましい気持ちになっている。黒い森から出た途端、生き生きしてるんだよね。
うん……。なんかランドは――森から出たばかりなのに――いま途方もないこと考えているのかもしれない。これまでだれも気づかなかったような。
でも、わたしの探求欲があまり動かず、いまいち乗り気になれないのは、それが分かったとして、じゃあ、どうするの? だからだ。
こんな広大な草原を歩くちっぽけなわたしたちが。世界の真相に気づいたとしていったい何ができるんだろう。
無限に湧き続ける黒い森の魔獣との戦いを、一向に終わらせることのできないわたしたちが。
長い歴史の中では、世界の謎を解き明かすって、そんな夢を持った人もいたんだとは思う。だけど、今の時代には、なにも
みんな、目の前のことで、いっぱいいっぱいなんじゃないかなあ。
「相反する二つの力が拮抗している。……それだけか? じゃあ、修復って何だ? それが、決まった仕組みのように組み込まれている。まるで、世界そのものがこの均衡を維持しようとしているように。
なにか、助長してないか……争いを、煽っている?」
ランドは突然、顔を上げた。その視線は遠くを見ているけれど、おそらく何も見ていない。
「争いを望むように、世界が、その
そして、その維持は、何によって支えられている……?」
「ランド……どこまでひとりごと……?」と、わたしは口に手を当ててひそひそ声で話しかけた。
その瞬間、ランドの顔から、すべての力が抜けたような――気がした。
「……はあー」。いままで聞いた中で一番大きなため息だった。
――ふざけたこと言ってごめんなさい……!
*
って言ったのはアーリアだったっけ。いくら気の知れた仲間でも、ずっと一緒にいればこんな時間がくる。それぞれ、ぼーっと、なにか考えている。
でも、魔力を使ってペースを上げようなんて思わない。そんなことするのはよっぽど急いでいるときだけ。魔獣と戦う力の温存? それもある。でも、歩きたくなるのは、わたしたちの本能なんじゃないかなあ。
雲はいつの間にか消え去っていた。澄み渡る青空だねえ。
空を想う……。
ランドは、あの広場からも見えるこの空に、なにを考えていたんだろう。
――あっ、そういえば。すっかり忘れてた。
わたしは口を開く。
「……ランドのルーツ、どう――」
「……神について聞い――」
わたしたちの、それぞれの質問の声は重なった。まったく同じタイミングだった。
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