第十五節 リオナの問いかけ
切り替えよう。うん。
わたしは浮遊を解いて草原に降りる。どさっと、ランドのリュックを置いた。
「おつかれさまっ!」と言って、ランドに向かって手をふった。
「最初の一撃を耐えられたあと、すぐに戦術を変えたね」
わたしは、ランドが近づいて来るなりそう言った。
「冷静に……それで、圧倒した……すごく……」
ランドは立ったまま膝に手を当てて、息を整えている。
「圧倒した……? 疲れただけだ」
「放出魔力は消耗が激しいからねえ。魔力を出しただけで力が流れ続けちゃう」
「放出……? なのか……おれは」ランドは動きを止めて、何かを考えている。「……確かに、感覚としてはそうか……」
そして、体を起こして、
「消耗され続けるなら、出力を必要な分だけにすればいいんだな」と、つぶやいた。
放出って言っただけで、もう理解してるし。なんなのこのひと。
「……なら、リオナも放出なのか?」と、ランドは言った。「森を飛び回ってた」
「んー、ややこしいよね。あれは風属性の特性。それで……」
ランドに見えるように、手のひらから魔力を出した。丸く形成した魔力は、微動だにせず空中に浮いている。
「わたしは、停滞魔力。簡単に言うと、魔力を出したらそのままそこに留まり続けるの。消耗されるのは最初に出した分だけ」
なにやら、ランドはまだ納得してない。
「……あの丘に、丸くえぐれた跡があっただろ。何かを放出したんじゃないのか?」
「停滞魔力で、形成した矢を、手で掴んで投げたの」
「そうか……とんでもない手だな」
「えーやめてよお」
「は?」
わたしはふと、草原の奥へ目を向けた。
すっかり静かになっていて、さっきの激しい戦いなんて無かったみたいに思える。
いつの間にか、空には雲が広がっていた。その切れ間から降り注ぐ光が、地上にいくつもの柱を作り出している。
いま、そこにあるのは、ぽつんと佇む魔獣の死体だけ。
――空葬は、まだ始まっていない。
……いつもなら、こんなに遅いことはないのに。
「…………」
わたしは、地面に置いたランドのリュックにお尻をのせた。
「――ランド? ぜんぜん急いでないから、すこし休憩する? 魔獣の気配もないしね」
「ああ……」と、ランドは言った。
……聞きたいこともあるし。
ランドは草地に座り、あぐらをかいた。横を向いている。どうやら、わたしと向かい合う気はないらしい。
「どっちが強い?」
「……は? いきなりなんだ」
やっぱり、切り替えられるわけもなく。そういうときは聞いちゃえばいいんだよね。知ってる。
「聞きたくなった」わたしは、ランドをじっと見据える。
「森から出てすぐ休憩してるおれに、いったい何を聞いてるんだ? ……リオナだろ」ランドは両手を軽く広げて、肩をすくめる。
「っし!」
大げさに手振りをした。そんなわたしの様子を見たランドは、
「まともじゃないのか……?」と、言った。まるで、隣にいる誰かにひそひそ話をするみたいに。
「その質問を本人にして、どんな返事を求めてたんだ……?」
笑われた。そして、引かれた。
「まあ、冗談はこれくらいにしといて……」
わたしは一息おいて、
「あの……やっぱり、あれはしないんだ? ……いのりは?」と言ってわたしは、両手の手のひらを合わせた。
ランドは、きょとんとした顔でわたしを見た。
「……戦線に立つ以上、それはしてる暇ないと思うが?」
ランドの表情が真剣味を帯びる。「それとな……祈ってる。言っただろ、想い続けるって」
「ん……」
「……どうした?」
わたしがもぞもぞしてるのを見て、ランドはそう言った。
「なんか、よく考えたら……積極的だったなって思って……。でも、まだ空葬は始まってない。なのに……迷いがなかったのが、よくわからなくて」
考えながら話を続ける。
「なんていうか、それでも……魔獣を殺すことに葛藤はないんだなって」
言っちゃった……。
「そういうことか……」ランドはゆっくりと顔を草原の方に向けた。
沈黙。
「本当に、よく誘えたな……」と、ランドは言った。
「うん。誘いたいから」わたしはきっぱりとそう言った。
「リオナが、魔獣を殺すことに葛藤してるわけじゃないよな?」
「わたしが? ないよ?」
ランドはこくりとうなづいた。そのあと、腕を組んで、考える。
「……なにか……勘違いしてないか? まず、言えるのは、黒い森の魔獣は倒すべきものだろ」
――あっ。
「……はい」
「おれが命に対して感謝を、敬意を払ってるからといって、あの森でしてたことはどう思うんだ?」
わたしが何も言わないのを見て、ランドは話を続ける。
「おれがさんざん続けてきた、生きるために獣を殺すことと、リオナが言ったように、光の大地を守るために魔獣を殺す、そこになにか違いがあるのか?」
「……あー」
「もし――いままで光の大地を守る戦いを全くしてこなかったおれが、リオナに誘われた途端、守り始めたこと。突然、魔獣を殺し始めたように感じたなら……そこに違和感を覚えたなら、それは、おれのエゴだ。
でも、リオナの求める葛藤はそのことじゃないよな?」
「……求めてはいないよ? でももうわかんない。考えてはみたけれど」
「浅い所の話をしてる……」と、前を向いたままランドはつぶやいた。
そのあと、ランドは黙ってしまった。
わたしは、空を見上げた。
はーあ……やだやだ。
ランドは視線を下ろして、どこか一点を見続けている。その凝視はこわいくらいで――
……あれ? この感じ、覚えが……。
……なんか、まずい気配がする。
いきなり、ランドは顔を上げた。
「違和感……か。リオナはさっき、どっちが強いかって聞いたな?」
ランドに見られているのを感じる。見返さないわけにはいかない。
「おかしいと思ったんだ。……もし、光の大地を守る戦いをしていると言ったのがリオナの表向きの理由だとしてだな」
「いえ、本気です」
「本音ではそんなことは考えていなくて、戦線を人と人が力比べをする場所だと考えているなら……」
「心当たりがあるので否定はできません」
「それだと魔獣と戦うのはなかば形だけになってしまうよな」
「おこるよッ!」
「ああ。とことん話しあう――」
「わかったから! ごめんっ!」降参した。
「戦線に出た時から、ぜんぶ、ランドのなかでまとまってたってことねっ!」
「別にリオナのエゴを否定する気はないんだよ。もちろん」
わたしはランドのリュックからお尻をはなした。
「はい! これ、返すね」わたしはすかさず、リュックを――苦しまぎれに――すぱぁん!
って叩いて、
「じゃあ、行こっか! このまま真っ直ぐ行けば崖があるはず。歩きながら戦線について話すよ!」
「はあ」ランドはゆっくりと立ち上がった。
「あっ! トイレしたいときは遠慮せず言うことね! ひとりの時はどうしようもないけれど、仲間がいるとき、待ってる人はとんでもない距離離れて、いつもより感覚を研ぎ澄ませて魔獣を感知すること!」
「……はあ」
「なんでため息つくのっ! 大事なことでしょッ!」
きれた。
*
草原を歩いている。
「戦線のこと説明する前に、まず、見せた方がいいね。いいものがあるんだ」
そう言って、わたしは右の太もものポーチに手を突っ込んだ。
「あっ……あれ?」目当てのものが見つからず、ゴソゴソと探した。「あった」
二年前、ヴァンからもらったやつ。
「両足のポーチによくそんなパンパンに詰め込んだものだな。何を入れてるんだ?」
ランドの冗談を軽く無視して、くしゃくしゃになった紙を手渡した。
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