タンデム!

@nakamayu7

前編

第1話 俺のバイク

 本日の講義が全部終了し俺は丸神大学の構内を駐輪場に向かって歩いていた。駐輪場に停めてあるのはカワサキのGPZ400。名前の通り排気量400ccの中型バイクだ。

 古いモデルだが、空冷4気筒、当時としては流麗なフロントカウルが特徴で人気を博したオンロードのスポーツバイクだ。現在主流の水冷エンジンでハイパフォーマンスなスポーツバイクに比べるとやや大人しい印象を受けるが俺はコーナーを攻めたい訳ではないしスピードを競いたい訳でもない。

 今となってはちょっと古めかしいこのスポーツバイクを高校の時俺は地元のバイクショップで一目見て惚れこんでしまった。当時にはもう新車は販売はされていなかったし、まあ新車で買うお金もなかったのだが、中古で購入した。以来ずっと乗っているし故障して部品交換が出来なくならない限りは買い替えるつもりはない。

 今は大学への通学手段として、また日常生活の足として使っている。そして天気のいい休日にはちょっと遠出したり、たまに平日の深夜でも気が向いたら辺りを流したりすることもある。つまりは俺の生活には欠かせない相棒という訳だ。

 駐輪場にはたくさんのバイクが停めてあるが大半は原付だ。50cc以上の小型バイクも少数台あるが250cc以上の中型バイク、特に400ccのバイクはエンジンも大きくて存在感があるから目立つ。


 自分のバイクが見えるところまで歩いて来たところで俺のバイクの周りをうろついているらしき奴を発見した。女だ。通りかかっただけってことはなさそうだ。バイクの周りをぐるぐる回ってエンジン部分をしゃがんで覗き込んだりしてる。まさかバイク泥棒じゃないよな。盗難防止のためにハンドルロック以外に後輪にチェーンロックも巻いている。それにこんな目立つところでロックを壊したりはしないだろう。


「何か用?」

 俺はその女の背後から声を掛けた。その女の肩がびくっと震えたのが分かった。そろりと言う感じで振り向く。

「あ、これあなたのバイク?」

「そうだけど」

「かっこいいなって思ってみてただけなんだ。ごめん、怪しい者じゃないよ。あたし、この大学の教育学部1年の『こうだかおり』っていいます」

「こうだかおり?」

「『こうだ』の『こう』は『香(かおり)』の『香』。『こうだ』の『だ』は田んぼの『田』。かおりは、まあそのまま『香(かおり)』だね」

香田香こうだかおり

「今、上から読んでも下から読んでも香田香こうだかおりって思ったでしょ!」

「いや思ってないけど」 嘘だ。ちょっと思った。

「この名前、小さい頃は嫌でたまらなかったけど、大きくなってみるとすぐ覚えてもらえるから特だなって思うようになった」

「ふーん」 俺は気のない返事をした。正直どうでもいい。

「ねえ、このバイク、ちょっとだけ乗せてくれないかな?」

「メット持ってるのか?」

「持ってないけど、校内なら大丈夫でしょ?」

 ずうずうしい女だと思った。メット被ってないのは違法だ。法を犯してまでなんで俺が見ず知らずのお前をバイクに乗せてやらないといけないんだ? って口から出そうになったところで声を掛けられた。


「ソウちゃん、お待たせ、って、あれ知り合い?」

 俺の名前は広田宗男ひろたむねお。幼馴染のケンジこと中山健児なかやまけんじは俺のことをソウちゃんって呼ぶ。

 

「ケンジ」

「おじゃま、だったかな?」

 ケンジは後ずさりして離れようとした。

「いや、全然大丈夫だ。おい、あんた。俺たちは用事があるからもう行くぞ」

 そう言いながらフルフェースのヘルメットを被ってバックルを締める。

「え? いいの?」 ケンジが怪訝そうな顔をしながらも持っていたヘルメットを被る。

 俺はキーを差し込んで電源系統をオンにしセルモーターを押してエンジンを始動した。マフラーから大きな排気音が飛び出した。



 ソウちゃん、わざとアクセルを開けてかせたんだろうな。機嫌が悪いときによくそうする。傍に立っていた女の子がびっくりしたように肩をすくめた。ソウちゃんは両足を着いてバイクを後退させる。俺はバイクの後部座席に座って振り落とされないようにソウちゃんにしがみついた。それを確認したソウちゃんはクラッチを握ってギヤをローに叩き込むとグン!っとアクセルを繋いで勢いよく発進した。こちらを見ている女の子がみるみる小さくなって行った。





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