第6話 空回り
小走りで正面玄関から魔法陣へと向かっていると、遠く陣の傍に二つの人影が見えた。
ひとりは見慣れたノアールの姿。
そして背の高い青年の姿。
遠目からでも目を惹く容姿をしているのが分かる。長い紫紺色の髪は潮風に揺れ、切れ長の緑の瞳が弟であるノアールを優しく見つめ、笑みを浮かべる唇はきっと美しい声で語りかけているに違いない。
男の人なのに色気のある顔立ちと雰囲気をしている。
ノアールとは似ていない――それがリディアの歩みを遅くした。
「あ」
そのせいで間に合わなかった。
青年は軽く手を上げて挨拶してから魔法陣の向こうに消える。
素っ気無いほどの別れに感じ、動揺したリディアは縫いつけられたかのように凍りついた。
「リディア?」
学園へ戻ろうと踵を返したノアールが進行方向にたたずむリディアに気付くのは当然と言えば当然だが、咄嗟のことに隠れることも逃げることもできなかったのは失策である。
しかも野次馬根性でここまできたという疾しさもあるから余計だ。
「あのあの。えっと。セシルからお兄さんが来てるって聞いて」
「ああ、そう。ごめん。もう帰っちゃったから」
「見てた」
「だよね」
頭を掻いてノアールは俯くとゆっくりと歩いて来てリディアの前で立ち止まる。華奢な肩を落として「まいったな」と呟くとそれっきり黙ってしまう。
「もしかして、仲悪いの?お兄さんと」
しまった。
単刀直入すぎたかもしれない。
「ご、ごめん!」
口にしてしまってから後悔して、慌てて謝るが今更その事実を消し去ることはできない。本当に軽率な行動に我がことながら怒りを覚える。話す事への恐怖と戸惑いが喉の奥を締め付けて言葉を出せない。
喋らなければ仲直りすることも、ノアールを元気づけることもできないのに。
「行こう」
促され頷いて歩き出す。少し前を行く彼の表情は見えない。左前髪の一房だけ銀色の髪が太陽の光に淡く輝く。ノアールの髪は全体的には紫だから、先程見た兄の髪が紫紺色でも違和感はない。
だけど。
美しい造形は全く異なり、二人の共通点はただひとつ。
顔の作りが整っているということのみだった。
二人が並んでいて兄弟だと分かる者はいないと思う。
貴族が正妻の他に女性を囲うことがあることは世間的にも知られている。
それは経済的に裕福で養うことができるという力を外に知らしめる意味と、子孫を多く残すためや、貴族間で娘を差し出し繋がりを得るための道具。
盤石な地盤を築くためによく用いられる手法でもあった。
ノアールの所もそうなのかもしれない。
だったらなおさら聞けない。
「じゃあ僕は寮に戻るから」
グラウンドの方へと足を向けてノアールは口元だけで微笑んだ。どこか憔悴した瞳がリディアを弱々しく眺めてから逸らされる。
だめだ。
このまま別れたらいけないのは分かっているのに、なにをいったらいいのか分からない。正解が分からない。
そもそも正しい答えなど人付き合いの中にあるのか。
分からないことばかりで頭の中がごちゃごちゃしている。まごまごしているとノアールは首を傾げたけれど、やはりなにもいわずに「じゃあ」と背を向けた。
「ノアール!」
気が付いたら手を伸ばして肘を掴んでいた。
ようやく出た声は不自然に大きくて自分でも驚いたので、振り返ったノアールがぎょっとしているのも仕方が無いことだ。
「わたしはノアールの味方だから!だからいつだって力になるし、話だって聞くし、泣かされたら仕返しにも行ってあげるし、ってなんだかよく分からない感じだけど、えっと、えっと」
やばい。
空回りしてる。
「感謝してるし、お礼もしたいし、尊敬してるし、あと、それから、好きだから。ちゃんと」
「もういいよ。リディア」
苦笑してノアールが遮る。その顔に憐れむような、甘やかすような色が浮かんでいるのに気付き、リディアの気持ちが正確に伝わっていないのが分かる。
それもそうだろう。
リディアの言葉は拙さ過ぎて、重ねれば重ねるほど嘘っぽく聞こえる。
伝えようと努力すればするほど相手を不快にさせるのだ。どうしたらいいのか。悔しくて鼻の奥が痛む。
震える喉を押えて涙を堪えた。掴んでいた肘を離して一歩下がると、身を翻して本校舎の中へと逃げ込んだ。
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