第十六章 友情と誠実の奪還戦
翌朝、ルハルバ温泉街には異様な緊張感が漂っていた。
公会堂の前に、王府の使者と地元役人たちがずらりと並び、真ん中にはあの監察官ロゼルが立っていた。
その手には、重々しい金色の封筒。
「錬金術師一真に告ぐ——王府により身柄拘束を命ずる!」
凛とした声が、温泉街中に響いた。
それはまるで、空気を一気に凍らせるような威力を持っていた。
「身柄拘束……?」
結望が俺の袖を掴んだ。
その手が、かすかに震えているのを感じた。
「やっぱり……噂を利用するつもりだったんだな」
昨日の夜、みんなで誓ったばかりだった。
絶対に、負けないと。
だからこそ——俺たちは動いた。
「誠史郎たち、自警団は?」
「ばっちりだ! 作戦通り!」
吏見が魔導端末を手に、にやりと笑った。
作戦——それは、温泉街の秘密兵器を使った脱出劇だった。
「合図は、銭湯の釜爆発ね!」
「物騒な!」
「違う違う、“煙幕代わり”って意味だから!」
佐友季が派手な衣装で周囲に紛れながら、やけに楽しそうにしている。
そしてそのとき——ドォォォン!!
銭湯の方角から、ものすごい湯気と蒸気が上がった。
音と同時に、工房の裏手に隠しておいた“秘密地下通路”の入り口が開く。
「今だ!」
結望の手を引いて、俺たちは駆け出した。
湯気に紛れ、地下へと飛び込む。
背後ではロゼルが怒声を上げ、役人たちが混乱していた。
地下通路は、もともと温泉設備のメンテナンス用に掘られたものだ。
普段は使われていないが、町の古老たちから情報をもらい、急ごしらえで修復しておいた。
「お兄ちゃん、すごい、映画みたい!」
「楽しんでる場合か!」
湿ったトンネルを駆け抜けながら、心臓がバクバクと跳ねる。
けれど、怖さよりも、妙な高揚感が勝っていた。
途中、ポンジュがトンネル天井に頭をぶつけ、プルプル震えている。
結望が慌てて「ごめんね!」と撫でるが、ポンジュは「使命に燃えております」とプルプルしながら応えた。
その横で、昭弘が小声で冷静に解説を始める。
「このトンネルは、街の蒸気設備と繋がっていて、途中に数か所、隠し扉がある。出口は、湖のほとりだ」
「冷静すぎるだろ!」
「知識は力です」
さすが司書、妙に頼りになる。
しばらく走ると、目の前に巨大な本棚が立ちはだかった。
なぜこんなところに?
「本棚、動かす!」
暁紀が一声かけ、ハンマーで叩きつける。
ガコン!!
本棚が倒れた先には、ちょうどいい脱出口が開いていた。
即席で作った“バリケード兼脱出口”だったらしい。
誠史郎たち自警団が、真夜中に設置してくれていたのだ。
「友情と誠実に勝る盾はない、ってやつだな」
俺は思わず呟いた。
外に出ると、湖からの風が顔を撫でた。
太陽が霧の中にぼんやりと浮かび上がり、世界を黄金色に染めている。
「……きれいだね」
結望が、ぽつりと言った。
その横で、誠史郎たち自警団が手を振っている。
みんな、笑っていた。
「よう、無事か!」
「最高の脱出劇だったぞ!」
「……お前ら、最高だよ!」
俺は、心からそう思った。
友情と誠実。
それが、俺たちの最大の武器だった。
これで終わりじゃない。
むしろ、ここからが始まりだ。
才能を返し、街を守り、そして、家族を、仲間を、未来を——全部守り抜く。
俺たちは、もう、逃げない。
湖畔の朝靄のなか、俺たちは走った。
工房の裏手から続くトンネルを抜け、蒸気機関の小屋を越え、町外れに用意された隠れ家へと向かう。
ここは、誠史郎たち自警団が秘密裏に整備した“温泉地下トンネル網”のひとつで、もしものときのために作られた避難ルートだった。
「はあ、はあっ……お兄ちゃん、あとどれくらい……?」
結望が小さく息を切らしながら聞く。
「もうすぐだ。がんばれ、結望!」
「うんっ!」
結望は小さな手でスカートの裾を押さえ、必死に俺についてきた。
彼女の頑張る姿を見るたび、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
こんな小さな肩に、こんな重いものを背負わせているのか。
それでも、彼女は泣き言ひとつ言わない。
「——負けるもんか」
俺は改めて、心に誓った。
広場から湖へ向かう途中、ポンジュがぴょんぴょんと先導する。
彼の体表には小さな魔導ランプが仕込まれていて、暗い道をふんわりと照らしていた。
「進行方向、異常なし! なお、後方より追手の気配もありません!」
「お前、優秀すぎるな……!」
「へへっ、当然です、主よ!」
ポンジュが自慢げに胸を張る(丸いけど)。
そんな様子に、結望もふっと笑みを浮かべた。
小道を抜け、最後の上り坂へ差しかかったときだった。
「見つけたぞっ!!」
後ろから怒声が飛んだ。
ロゼル配下の追跡隊が、数人、馬に乗ってこちらへ迫ってくる。
「やばいっ!」
「先に行け、結望!」
「でも!」
「俺が引きつける!」
言い終わるより早く、俺は地面に転がっていた石を拾い、追手に向かって投げつけた。
カン、と馬具に当たる軽い音。
しかしそれで十分だった。
「そっちだ! そっちに逃げたぞ!」
追跡隊は俺に向かって一直線に突っ込んできた。
その隙に、結望とポンジュは脇道へ飛び込む。
「お兄ちゃん!」
結望が叫ぶ声が聞こえたが、振り返る余裕はない。
追い詰められる。
もう、時間の問題だった。
だが、そのとき。
「道をあけな!!」
轟音とともに、目の前に何かが落ちてきた。
巨大な金属製の鍋——鍛冶屋暁紀特製、“超重量業務用寸胴鍋”だった。
鍋は派手に地面を弾き、追手の馬たちは慌てて跳ね上がる。
その隙に、暁紀が現れ、ハンマーをぶん回して仁王立ちになった。
「仲間を、家族を、通さねえ!!」
湯気を背負ったその姿は、まるで巨大な温泉守護神のようだった。
「暁紀……!」
「さっさと行け! 背中は俺たちが守る!!」
叫びながら、暁紀は鍋のフタを盾代わりに掲げ、追手たちの突進を正面から受け止めた。
その隣では、佐友季が派手な衣装でダンスしながら爆竹を投げ、藍翔が哲学トラップ(床に意味不明な質問を書いた札をばら撒く)で足止めしている。
「人生とは、ソースかけ過ぎか否かだ!!」
「なにそれ!!?」
追手たちが混乱する中、俺は結望とポンジュのもとへ戻った。
「——行くぞ!」
「うん!」
再び走り出す。
胸の中には、仲間たちの叫び声と笑い声と、温かい誓いが渦巻いていた。
俺たちは、誰かを犠牲にするために生きているんじゃない。
誰かと、肩を並べて笑うために、生きているんだ。
やがて、最後の隠れ家が見えてきた。
古びた小屋の中、温泉蒸気を利用した隠し通路。
そこから先は、町外れの森へと続く。
「着いた……!」
結望が小さく息を吐き、俺に笑いかけた。
その笑顔を見た瞬間、すべての疲れが吹き飛ぶ気がした。
「……ありがとうな、結望」
「えへへ、わたしこそ、お兄ちゃんにありがとう!」
ふたりで手を取り合い、最後の扉を開ける。
温かな光が、そこにあった。
友情と誠実に支えられて、俺たちは前に進む。
誰にも、もう、止められない。
この街を守るために。
この“おかえり”を守るために。
【第十六章 完】
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