第34話
俺は江戸時代の生まれ。
もう最後も最後、終わって次の世へって頃だけどね。
明治維新を含む時代の流れの中で俺は親友を失った。
兄弟同然で育った幼なじみでね。
少し年上の彼を兄のように思っていた。
戊辰戦争が起こると環境が著しく変わって、俺の居た藩は新政府軍に付くと藩主が決めた。周りの藩は悉く旧政府に組したにもかかわらず、ね。
よく言えば先見の明があったんだろうけど、悪く言えばするべくして孤立した。まぁ藩の中でも端の方の若造の俺が政治的なことなんか知るはずもなかったから、いきなり戦争が始まって、これはいつ終わるんだろうかくらいの感覚だった。
それに元々が凶作が起きれば直ぐに飢饉に陥る環境で、長いこと周りの集落と協力してなんとか凌いできていたのに戦争で遺恨を残してしまえば戦に勝っても負けても藩全体が立ち行かなくなるのは目に見えていた。
それでも新政府に組した以上、旧政府側の藩と争うしかなかった。
戦況は苦しくて、俺達も戦に加わる運びになった。
お偉いさん達は銃だのなんだの近代的な武器で戦っていたようだけど、こちらはそうもいかない。昨日まで笑い合っていた隣村の住人に刀を向ける。刀があればいい方で、鍬や鋤、鎌からただの棒に至るまで。
殺し殺されて憎しみばかりが伝播していくただの殺し合いだった。
今ならば、あれこそが“神の悪意”そのものだったとわかるけどね。
俺はただ守りたかった。
戦わなければ一族郎党皆殺しにされてしまう。
最後まで必死で戦った。
力があれば守れる。
俺にもっと力があれば。
そう心から信じていた。
俺は結局、彼の人に救われた。
気が付いた時には俺の時は止まって、Braverとしての能力を発現していた。
本来なら俺がああなるはずだった。
体中に夥しいほどの槍や刀、果ては竹槍に至るまで。
貫かれた体は案山子のように高く掲げられて、見せしめのようにその体が大きく揺れる度に鮮血が飛び散った。
こんなにも残酷になれるのか。
そう思ったらもう躊躇はなかった。
本来向けるべき対象は"神の悪意"のはずなのに、俺はその能力を、その凶暴性を、暴力を、ただの殺戮衝動を、周囲の人間に撒き散らした。
これが俺が初めて能力を使った瞬間だった。
俺の居た村とその近辺の村々の人間、その須らくが刃の雨でも降ったかのように穴だらけになって死亡した事件の異常性は新政府の知るところとなって、捕縛された俺を持て余した新政府は秘密裏に米国に俺を送った。
断食しても死なず、拷問にかけてもわけのわからないことを宣い。殺そうとすれば無数の刃が牙を剥く。
そんな人間を当時の日本は持て余して、来日していた米国の人間がWODSへと話を持って行ったそうだ。一定以上の権力のある人間に認知されているあたりWODSは当時からそれなりに権力のある組織だったってことなんだろうね。
新政府がきちんと機能するようになって、日本でも“神の悪意”は発生すると学んだWODSは俺をWODSの日本支部長に任命して国へ戻し、暫くは日本で一人で活動することになった。
最初は米国支部の人間が貸し出されていたんだけど、大戦が始まるきな臭い時代になった時に身の安全を担保できないからと帰ってもらったんだよね。
一人で何が出来るかってなんにも出来ないから、取り敢えず飢えも死にもしないことをいいことに戦争の記録を収集しつつ“神の悪意”案件の対応をして回った。
その内に戦争自体がかなり広範囲に亘る“神の悪意”だってわかったけど、これ運の悪いことに発端が日本じゃないんだよね。
日本が発端なら俺が感染者を始末して終わりに出来たのに。
仕方なく報告だけはWODSへ送って、俺はそのまま日本で活動を続けた。
いつになるかはわからないけど“神の悪意”の感染源さえWODSが斃してくれれば直ぐに収束するかなぁって。
結果はまぁ、お察しだけど。
国レベルの殺し合いに発展しちゃったらもう直ぐにどうこうとは出来ないよね。
そんなの身をもって知ってる。
戦後は酷い有様だったけど、そこからの復興は目を見張るものがあった。
その頃にはWODSも各支部から何人か日本へ送ってくれて、東北と関西、九州に窓口を作って東京本部に俺を置いた。
東北出身だから東北支部を希望したけど却下されちゃったよね。
こんな超攻撃的なBraverは監視も兼ねて帝都に置いておきたいもんね。
わかる。
それから暫くして英国支部から貸し出された西尾とかっちゃんとそれなりに巧くやってきた。
西尾は見た目が成人したかしないかの割に精神的にかなり大人びているからとてもやりやすかったし、かっちゃんはびっくりするくらいに現代的というか、海外風の性格で俺は随分と面食らったっけ。
かっちゃんは一回壊れて英国支部のみんなにたっぷり甘やかされてこうなったって笑って教えてくれたけど、それってとんでもない苦労だったろうって思う。
虎徹は。
虎徹は初めて出来た仲間だった。
二人みたいに最初からBraverだったわけじゃない。
目の前でBraverになった虎徹。
人間らしい脆さを見せる虎徹。
俺は虎徹を守りたかった。
こんなに大事に思えるなんて、出会ったあの日は思ってなかった。
──虎徹は真直ぐで潔い。
俺は虎徹の信念を護ってあげたい。
もう二度と仲間を失いたくないって呟いた虎徹を。
虎徹の願いを。
初めて見つけた仲間を。
明石みたいに自我を保っていたならここまで惹かれなかったのかもね。
その人間らしい脆さも好きだと思った。
「おい、角田」
呼ばれるだけで嬉しいんだ。
声に僅かな怯えが滲む。
その真っ直ぐな言葉と仕草が愛しい。
「なぁに?」
「……大丈夫なんだよな?」
不安気に揺れる瞳。
自分は攻撃的だから防御とは相性が悪いとか、自分も攻撃系の能力が良かったからとか、そう口にしていたって虎徹の本質はいつだって争う事を嫌ってる。
でも、何かを護る戦いに背を向けるような奴じゃない。
性根が真っ直ぐで優しいから誰かを、たとえそれが“神の悪意”であっても傷つけるような能力は顕現しなかった。
だから、俺が居る。
「うん。なんとかする」
両足を投げ出すみたいに力なく待合室の長椅子に座った虎徹の隣に座って、キュッて手を握った。
安心させたくて。
本当はかっちゃんを救えるかどうかは賭けになる。
能力的にまだ安定していない荷が重い事をクオンちゃんにしてもらわなきゃならない。
何かを出来るなら。
俺に何かが出来るなら。
何だってする。
───俺の命じゃ時代の対価にならないよ。
彼の人はそう言った。
確かに俺達の藩は戦に勝って勝負に負けてしまった。
戦後の苦労ときたらとんでもないものだった。
でもね。
俺の命が時代の対価にならなくても、誰かを護る為の対価になるならそれで良いと思うんだ。
だから俺は刀を手に取ったんだ。
時代なんか変えられなくても、彼の人は親類を、友を、守ると決めたものを守って散った。
俺もそうでありたい。
果てる時は大切な者を守って散りたい。
今はまだ散る時じゃない。
「大丈夫。今度は守り抜く」
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