42歳・崖っぷちの異世界スタートアップ戦記──ミッション・ビジョン・バリューで俺は世界を救う
ハッサン
プロローグ マイルストーンなき人生
──事業失敗・自己破産・フードデリバリーで食いつなぎ、気づけば異世界でスタートアップ起業することになるとは──
勉強が嫌いだった。
いや、嫌いというより、まったく頭に入ってこない。
授業が始まって、最初の5分だけは先生の話に集中する。
けれど、気がつけば頭の中は勝手に空想モードへと切り替わっている。
そこではいつも通り、俺がテロリストに占拠された学校を奴らから救い、ヒーローになる。
もちろん、宿題もやらない。
何度となく先生に言われても、友達と遊ぶことやファミコンに心奪われ、気づけば次の日。
何度親父に「アホンダラアホンダラ」という掛け声とともに往復ビンタでどつき回されたことか。まぁそれでも宿題はしない、頑なにしない。
そんな幼少時代がたたり、中学校から高校への進路相談のときに担任から告げられた選択肢は二つ。
「定時制高校」か、片道一時間以上かかる「工業高校」。
定時制はヤンキーの巣窟だった。どう考えてもシバかれてすぐに辞める未来しか見えない。俺は消去法で工業高校を選んだ。
高校生活が始まってすぐ、パソコンオタクが食券を偽造し、みんなに配り始めた。
もちろん、俺もおこぼれにあずかった。
だが翌日には速攻でバレて、クラスの生徒の半分以上が無期停学に。
波乱の高校生活の幕開けとなった。
高校在学中、俺はバンドを組んだ。
ドラムが圧倒的に足りていなかったので、あえてそこを狙う「ブルーオーシャン戦略」。
結果として、引く手数多の充実したバンド生活が始まった。
卒業後も音楽は続けた。
幼なじみと組んだバンド『ロンドンスタイル』は地元ではそこそこ知られていて、ファンもそれなりにいた。
……が、陰では『チンドンスタイル』と揶揄されていたことも知っている。
俺たちは演奏が死ぬほど下手だった。
でもパンクロックにテクニックなんていらない。
社会への不満や怒りを、音楽で叩きつけることこそがすべて。
尖った生き様を体現する──それが俺たちだった。
だが、この世界は尖り続けた生き方を簡単には許してくれない。
世間体を気にした俺は21歳の頃、バンドを解散した。
バンド解散後、俺は営業職になった。
理由は簡単。「未経験可」の文字が求人票にあったから。
飛び込み営業。歩合制。
断られるのが仕事みたいなものだった。
「結構です!」
「いらないって言ってんだろ!」
「今、忙しいんで!」
この三連コンボを毎日浴びながら、靴底をすり減らして回った。
戦略も戦術もなく、ただただアポ➡訪問➡アポ➡訪問の毎日。
それもで真面目に続け、営業コンテストで一位を獲得。
・・・したのは良いが、得意先に過剰在庫をぶち込み、全然減らない在庫の山。俺は訪問するのが怖くなり、退職した。
その後も二十代は、職を転々とした。
それこそ両手で数えても足りないくらい。
ウォーターサーバーの営業、人材派遣会社、マッサージ店、広告代理店……。
気づけば転職回数だけはプロの域に達していた。
それでも、「これが俺の天職だ」と思えるものには出会えなかった。
いや、正確に言えばどの現場でも思っていた。
「いやいや、こいつら、ほんま何もわかってへん」と。
業務プロセスも、マネジメントも、属人的で全然効率的じゃない。
意味のない会議、活用されない資料の作成、無駄な残業、自己満足の世界はどの会社に行っても蔓延っていた・・・が、まぁまともに職が続かない負け犬が何をほざいてんだと自分でも思う。
それでも。
それでもだ、「このままではダメだ、俺はもっと上流で仕事ができる環境に身を置きたい」
俺は間違っていない、俺を受け入れないこの社会がおかしいんだと、そう本気で思っていた。
そうして俺は、人生の縮図となる履歴書を改変することにしたのだ。
職歴は最初の会社を継続したことにして、転職回数はなかったことに。
「プロジェクトリーダー経験あり」という一文も加えた。
盛った。そう、それは盛大に。
曇りのない履歴書は、こうも美しいものなのか。まるで犯罪が帳消しされたかのような気分。
バレても失うものはない。
そう開き直った俺は、誰もが知っているメガベンチャーの選考に応募した。
奇跡が起きた。
書類は通った。面接も難なくクリアした。
伊達に場数だけは踏んでいる。口だけは自信があった。
まさか、うまくいくとは思っていなかった。
俺はとうとう憧れの企業に潜り込んだのだ。
当然だが周りは優秀な人間が多く、本当に仕事ができるやつらが多い。
その中で、必死に食らいついた。
「俺みたいな人間が、ここにいていいんだろうか」と思いながら、
誰よりも働いた。
夜中まで企画書を作った。
会議のたびに胃が痛くなった。
寝不足で口内炎ができた。
それでも、楽しかった。
やればやるほど成果になった。
このやり方は間違っていない。そう思えた。
気がつけば、事業部長になっていた。
まさに立身出世だった。
さらにチャンスは続く。
新規事業の話が舞い込んできた。
「おまえに任せたい」と言われた。
「はい、ぜひやらせてください!」
やれると思った。
自信があった。
──結果、失敗した。
まったく数字が伸びない。
施策はことごとく裏目に出た。
2年もたたず事業は撤退が決まり、事業は二束三文で売却された。
そして、空気が変わった。
上司は、少しずつ距離を取りはじめ、
飲みの誘いは減り、会議でも目が合わなくなった。
誰も責めはしない。
だが、もう「過去の人」という空気が、痛いほど伝わった。
俺は、孤立していった。
このままじゃいられない、終われない。
たかが一度の挫折くらい、なんぼのもんだ。
もともと何も持たなかった人生だ。
でも、この会社で得た経験や知識は嘘じゃない。
だったら、ここからは自分自身で会社を作り、勝負してやる──。
そう思って、独立した。
……だが、それが転落の始まりだった。
起こした事業は、半年たっても軌道に乗らなかった。
みるみるうちに貯金は減っていく。
気がつけば借金を重ね、返しきれないほど毎月の返済額が膨れ上がっていた。
やがてマイホームも失った。
そして・・・待ち受けていたのは破産。
それでも、家族は食わせなければならない。
そこで始めたのが、フードデリバリーだった。
プライドは捨てて、とにかく働かねばならない。
毎日12時間以上、バイクを走らせた。
配達報酬はどんどん改悪され、また働く時間が増えていった。
それでも、自分なりに効率の良いルートや待機エリアを研究し、
なんとかギリギリ食える状況にはなった。
だが、未来が見えなかった。
ここから抜け出したい。
もう嫌だ。
死にたい。
そんな思いが、頭の隅にこびりついて離れなかった。
──そのときだった。
右から飛び出してきたヘッドライト。
クラクション。
スリップ。
視界が傾ぐ。
(あ……)
倒れるバイク。
濡れたアスファルト。
冷たい雨。
「そうか……これでようやく解放されるんだな」
静かにそうつぶやいて、目を閉じた。
目を開けると、そこは真っ白な部屋だった。
壁も床も天井も、すべてが白い。
何もない。
まるでコピー用紙の世界に放り込まれたような空間だった。
目の前に、一つだけ机があった。
そこに、中年の男が座っている。
男はこちらを見て、にこやかに言った。
「ようこそ、転生面接へ」
……は?
「今から転生面接を始めます。
担当のウエノと申します」
男は名刺を差し出してきた。
そこには、こう書かれていた。
〈転生面接官 ウエノ〉
なんだこれは。
どこまでふざけているのか。
「簡単に説明しますとですね、あなたは今、いわゆる生死の狭間におります」
生死の狭間。
またずいぶんと陳腐な言葉を選ぶ。
「現在、あなたは病院のベッドの上で意識不明の状態です。
頭を打って昏睡しています。
このまま意識が戻らなければ……そのまま終了、ですね」
あまりに雑すぎる説明だった。
「もちろん、ご希望があればそのまま“終了コース”を選んでいただいても結構です」
終了コース?俺はこのまま死ぬのか??
「こちら、大変おすすめのプランになっております。
寝たまま、苦しまずに、穏やかに終われます。
しかも、今なら追加料金なし!」
この男、ふざけているのか。
「ただ、もうひとつ選択肢があります」
男は人差し指を一本立てた。
「転生です」
……は?
「異世界に行っていただきます。
いわゆる“異世界転生”というやつですね」
意味がわからない。
「ただし──よくあるチートスキルとかはありません。
そういうものは基本的に支給されない仕組みになっております」
「は、はぁ……」
「ただし、今のあなたの記憶や知識はそのまま持ち込めます。
赤ん坊からやり直しでもありません。
体もこのまま。42歳、自己破産済み、フードデリバリー従事。
現状そのままです」
わざわざ言わなくても良いことをこの野郎。
「で、俺が転生して、何の得が?」
「それなんですよ」
ウエノは机の上の書類をぺらぺらとめくりながら言った。
「異世界に転生して、ある条件をクリアすれば──あなたは現世に戻れます」
現世に、戻れる。
「条件は、異世界で魔王を倒すこと」
うん、まぁなんとなく予想はついた。
「戦う能力は?」
「ありません」
「剣も魔法もない?」
「ありません」
「俺、戦闘できないんですが」
「スライムくらいなら倒せるんじゃないですかね?」
おいおい、こういう場合はチートがデフォやろ。
何を言っているんだ、こいつは。
「もちろん、直接倒せとは言っていません。
間接でも大丈夫です。
魔王討伐に“貢献した”と判断できれば、それで構いません」
「武器を作る、戦士を育てる、勇者をサポートする。
やり方はお任せします」
「ただし、異世界でも死んだら即終了。次はありません。
そのときは、きっちりあの世へ送ります」
冷たく、きっぱりと言い切った。
俺には何の能力もない。
それでも、この話は本当なのか。
本当に戻れるのか。
「いやいや、あなたはゼロじゃないんですよ」
「曲がりなりにも、ここまで生きてきた経験があるでしょう」
「その経験が武器になります、考え方によってはそれがチートスキル。ビジネスだって、戦いの一つですよ」
男はにこにこと笑っている。
こいつは本気で言っているのか。
「さて、そろそろお時間です。どうされますか?」
男は腕時計をちらりと見た。
秒針は動いていない。
それでも、時間は迫っているらしい。
「転生する場合は、ここにサインを」
差し出されたボードには、すでに「サイン欄」が用意されていた。
バカバカしい話だ。
でも──もし本当に戻れるなら。
俺にはまだ、守りたい家族がいる。
このまま終わるわけにはいかない。
何より、自分の人生がこのまま終わるのが許せなかった。
もし、本当に自分の経験が武器になるなら。
もし、それが通用するなら。
もう一度、勝負がしたい。
「……わかった。行く」
「かしこまりました!」
男は急に明るい声で返事をした。
「では、行ってらっしゃいませ!」
次の瞬間、視界が真っ白になった。
目を開けると、青い空が広がっていた。
背中には、なぜかあのデリバリーバッグがそのまま。
(なんでこれ、持ってきたんだ……)
遠くで馬車が通り過ぎる。
剣を持った男が歩いている。
──異世界。
本当に来てしまったらしい。
そして、ここから俺の「異世界スタートアップ」が始まったのだ。
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