ダルマ

ダルマ

 同居人のクロは、変な趣味を持っている。何故か分からないけれど、縁起ダルマを買う趣味があるのだ。

 同居して数年。一年ごとにダルマを一体買って自分の部屋に飾っている。


 クロはダルマを買ったあと、ダルマの左目に墨で黒く塗りつぶす。


 それに何の意味があるんだろうと聞いてみると、なんでもクロには叶えたい夢があるらしく、「今年こそ叶えたいなぁ」と呟いていたからだ。


 ダルマの目入れ儀式(?)は、ダルマに魂を入れるようなこと同じらしい。叶えたい夢を「実現させる」と思いながら左目を塗りつぶす。

 そして、夢が叶ったら、又は一年間無事に過ごすことができたら、ダルマの右目を塗りつぶしてお焚き上げするんだという。


 去年の年末、ダルマの右目を塗りつぶすクロを見て「願いは叶ったのか?」と聞いた。

 そしたら、凄く悲しい顔をして、


「ううん。今年ダメだった」


と言ってた。


「クロは何の夢を叶えたいの?」


「うーん。秘密」


「えーーー」


「だって、言ったら面白くなくなるだろー? まぁ、そのうち教えるよ」


「本当? じゃあ絶対、教えてね」


「うん。約束するよ」




 そして、今年に入る。

 クロは今年も新たに一体のダルマを買うようで神社で販売している沢山のダルマを見て悩んでいる。


「今年は少し大きいの買おうかなぁ」


「前に買ったのも大きくなかった?」


「まぁ、そうなんだけれど。でもやっぱり、マカと一緒に暮らして八年目でしょ?」


「八年……、あ、そっか。もうそんなに経ってるのか」


「八って縁起の良い数字でしょ? ダルマの形にも似ているし。ほら、七転び八起きっていう言葉はダルマにも関係しているし」


「ふーん」


「ねぇ、マカも一体買わない?」


 クロにそう言われて思わず「えー」と乗り気じゃない声を上げる。


「だって部屋に飾ろったってどこに飾れば良いか分かんないよ。それに、クロみたいに叶えたい夢もないし」


「別に良いんじゃない? 今年一年無事に過ごせますようにとかでも」


「えーー、それでも良いけれど……なんか、しょぼくない?」


「細かいことは言わなくて良いんだよ。じゃあ、俺が買ってあげるから」


「……まぁ、クロが言うなら」




 家に帰り、両方とも白目のダルマを部屋の机に置く。


 クロも新しく買ったダルマを嬉しそうな顔をして自分の部屋に入っていった。僕はふと、とあることを思い出して耽る。


「それにしても、さっきのやばかったなー」


 家に帰る途中のこと。買い物してから帰ろうと商店街を寄った所、ポツンと建っている謎のお店から変なおばさんが血相をかいて僕たちの所に突っかかってきたのだ。


「アンタ……今すぐお祓いをした方がいい!!」


 どうやら占い師の人らしく普通の人とは違ったモノが視えるんだって。

 シミだらけの顔で大声で、僕に向かって言うから思わずびっくりしてしまった。


「生き霊がアンタに取り憑いている。しかも、最近じゃないな? 随分と長いこと取り憑いてる……」


「え、い、生き霊…?」


 なんでも生きた人間から放たれたものらしく、幽霊より厄介らしい。


 僕もクロも何のことかさっぱり分からずそのおばさんを不審者扱いをした目で見つめた。


 周りもおばさんを変な目で見ていたし、なんだかこっちが恥ずかしくなって逃げるように帰った。


「なんか、新年早々縁起悪いなぁ」

 

 ため息を吐く。僕はダルマに向きならい、クロから借りた筆ペンを手にとる。


「確か、ダルマの左目に書けば良いんだっけ? まぁ、いいか」


 僕は、ダルマの左目を黒く塗りつぶした。


「今年一年、クロと一緒に過ごせますように」




 部屋に辿り着いた俺は、手に持つダルマを見て肩を落とす。


「去年駄目だったな」


 そう呟きながら机の引き出しを開ける。中には、学生服を着た男子校生が映っている。

 中学時代の写真だ。


 左のデブな奴が俺で、右がマカ。

 二人の頬には傷があった。


 俺たちは昔、陽キャ集団からいじめを受けていた。最初は互いに、いじめられっ子同士励まし合いながら辛い暴言や暴力に耐えていた。


 マカが俺を裏切るまでは。


 マカは集団いじめの範囲から抜けると、人が変わったかのように俺を避けるようになった。


 今まで心の支えになっていた、あいつが。俺を裏切った。



 あれから十年以上経つ。

 俺は両親が離婚して苗字が変わった。高校の時に身長も伸びた。同時に痩せたから、あの頃の面影はあまりなくなった。


 そして、大学に入った頃、マカと再会した。


「僕、幸知こうち 真赤まあか。君の名前は?」


「……八七橋やなはし 黒静くろちか


「くろ…ちか?」


 マカは最初俺の名前を聞いて耳を疑っていた。わざとらしく「どうしたんだ?」と尋ねた。


「な、何でもないよ。ただ……友達の名前と同じで、珍しい響きだから忘れられなくて。でも、苗字違うからびっくりしてる」


「そっか」


 俺はそれ以上のことは聞かなかった。


 いや、聞きたくなかった。


 いっそのこと、と言ったら良かったのかもしれない。

 俺はそのまま流すことにした。


 それから、俺とマカは色々と縁があって就職先も同じになり、どうせならルームシェアをしようと決めて現在に至る。


「てか、俺のこと友達だと思っててくれたんだ」


 無視したくせに。俺のこと裏切ったくせに。

 だけど、どこか後ろめたさを感じてた顔をしていたっけ。


 ふーん。

 

 いっそのこと、この手で殺せたらとも思った。


 でも、逆に死んじゃったら困る。


 殺して死んじゃったら、マカが苦しむ姿が見れなくなる。別に、不幸な目に遭ってくれたら万々歳だ。死ぬ以外なら。


 ただ、


 絶対、俺より先に死んだら許さない。



 今頃、マカはダルマに目でも書いてるのだろう。縁起の良いダルマに「何を願おう」とか呑気なことを考えている筈だ。


 今年、願うことはただ一つ変わりはない。俺は筆ペンを手に取り、白目のダルマに、左目を塗りつぶした。



「お前が、俺を思って罪悪感に浸ってくれますように」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る