2.第一損害対処。





「どうしたの、テツくん。さっきから顔色悪いよ?」

「え、あぁ……別に、たいしたことじゃないんだ」



 家路について、陽菜と並んで歩く。

 そうしていると幼馴染みは敏く俺の感情を読み取って、心配そうにこちらを覗き込みながらそう口にした。しかし内容が内容なだけに、自分は曖昧な返答に留まる。

 言えるはずもないだろう。

 顔色が悪い原因が、彼女の死に様を『幻視』したから、などとは。



「昔からテツくんは人の心配ばかりで、自分のことは二の次だからなぁ……」

「ホントに何もないって、大丈夫だよ」

「えー……本当?」



 食い下がる陽菜をなだめながら、俺は大きく息をつく。

 彼女はどこか釈然としない表情を浮かべながらも、覗き込むのをやめて前を向いた。そうやってしばらく、互いに無言のまま歩を進める。

 どれくらいの時間が経ったろうか。

 案外に長くはないかもしれない、そんな沈黙の後に幼馴染みは言った。



「それより、さっきはありがとう!」

「……お、おう」



 笑顔を向けながら、心の底から嬉しそうに。

 俺は思わず呆気に取られつつも、どうにか頷き返した。すると彼女は思いもしない言葉を口にするのだ。



「こうやってテツくんに助けてもらうのは、二回目だね!」

「二回目……?」



 記憶にない、いや……正しくは、俺が忘れている何かについて。

 陽菜は懐かしそうに、腕を組んで何度も頷くのだった。



「小学生の頃だよね。テツくんが『一緒に帰らないと駄目な気がする』って、私のことを引っ張ってくれたの」

「あー……たしか、今日は二人で帰るかどうか、って言ってた時か?」

「うん! 他の子たちに冷やかされて、変な空気になってた時ね!」



 そこまで説明されて、俺はようやく朧気ながらも思い出す。

 たしか幼馴染みということもあり、小さな頃から仲の良かった俺と陽菜は周囲に茶化されていたのだった。そして二人で帰るか、俺が先に一人で帰宅するか、という選択を迫られたのである。で、俺が選んだのは陽菜の言葉の通り――。



「……でも、それが何で陽菜を助けた、ってことになるんだ?」

「あはは! これは私の勝手な想像、というか……ね!」

「なんだよ、ハッキリしないな」

「だって話しても、テツくんは関係ないって言ってたもん!」

「俺が、関係ないって……?」



 なにか、記憶の隅を擽られているような気がした。

 思い返したくもない暗い絶望が、明るみに出されようとしている。酷い後悔、とでもいうのだろうか。俺は『どうしてその選択をしたのか』という、謎への答え。

 陽菜は何の気なしに、いや――むしろ嬉しそうに、それを語るのだった。



「あの日、そこの道路で大きな事故があったでしょ?」――と。



 彼女の指さした先にあったのは、妙にそこだけ舗装の新しいコンクリートの道。

 俺はそこを見て、脳が焼けるような感覚に襲われる。



「私たちが帰ったすぐ後だよ。何人も巻き込む玉突き事故があったの」



 ――バチン! と、火花が散ったような幻聴。

 昔話をする幼馴染みに対して、俺の頬には冷たい汗が伝っていった。そして脳裏によぎるのは、あるはずのない光景。

 その事故の翌日、小学校の教室で涙を流すクラスメイトと、担任の先生。

 ちょうど隣だった陽菜の席に置かれたのは――。



「……ん、くん。テツくん?」

「え……!?」

「どうしたの、顔色がまた悪くなってるけど……」



 そんな意識の混濁からこちらを拾い上げたのは、他でもない陽菜だった。

 彼女は驚いたように俺を見ている。



「もしかして私、なにか駄目なこと話したのかな……?」

「あ……いやいや、そんなことないよ」

「……そう?」



 いまにも泣き出しそうな表情に変わっていくので、俺はとっさに誤魔化した。

 そして、一つ意図的な深呼吸をしてから訊ねる。



「それで、陽菜。その日、俺がお前と一緒に帰ったから……?」

「うん! だから私は、怪我せずにすんだんだよ!」

「………………」



 にこやかに話す幼馴染みとは対照的に。

 俺は重い頭痛に苛まれ、自然と眉間に皺を寄せてしまった。だが、これではまた陽菜に心配をかけてしまう。そう考えて、努めて明るく笑うのだ。



「ばーか、偶然だろ?」



 必死になって、自分にそう言い聞かせるようにして。




「むーっ! バカじゃないし、偶然でもないよー!」

「いーや、偶然です。だから無駄な恩は感じないでください」

「違うもん! 無駄じゃないもん! その時からテツくんは――」




 すると、陽菜は勢いのままにこう宣言するのだった。




「私を助けてくれる王子様だもん!」――と。




 ……はい? 王子様?

 俺は思わず笑みを硬直させて、彼女を見た。

 そこで陽菜はようやく、自分がなにを口走ったのか気付いたらしい。



「あ、あうう!? あ、あああああう!! えっと、えっとね!?」



 耳まで真っ赤になりながら、あからさまに狼狽える幼馴染み。

 手のひらをパタパタとさせながら否定の言葉を探すが、次第に追い詰められていく様子で、終いにはプルプルと震えながらうつむいてしまった。

 そして、ハッと気づいたように言う。



「あ、こ……公園に着いたね! きょ、今日はここでバイバイ!!」

「おい……! 陽菜――」

「また明日、ここで待ち合わせね!? それじゃ!!」

「……行っちまった」



 住宅街のど真ん中。

 俺たちが待ち合わせ場所にしている公園。

 別にここで分れる決まりもないのだが、今日に限ってはそうらしい。全速力で逃げていく幼馴染みの背中を見送りながら、俺はどこか呆けてしまった。


 なんだろう。

 一気に、気が抜けた。



「まったく、アイツはホントに……」



 陽菜は本当に、見ていて退屈のしない奴だと思う。

 ころころと表情を変えて、喜怒哀楽が分かりやすい。そんな彼女だから話していて楽しいし、幼馴染みという現在のポジションは居心地が良いのだった。

 俺は先ほどまでの鬱屈とした気持ちを忘れ、気を緩ませる。



「そうだよな。……やっぱり、気のせいだ」



 そして、改めて自分に言い聞かせた。

 そんな馬鹿なことが、現実に起こり得るはずがない。だから――。



「俺も、帰ろ――」



 一つ肩を竦めて、一歩を踏み出そうとした。

 その瞬間だ。



「あ、う……!?」




 脳裏に痺れるような感覚。

 出しかけた足は、思わず留まった。





 いや、正確には――思い留まらされた。

 だって直後に、俺の鼻先を何かが通過したのだから。




「い、まの……は?」




 全身が脈打つような緊張感。

 俺は目にも止まらぬ通過物の正体に、何故か確信があった。



「銃弾……?」



 ――そう、違いない。

 鼻先にできた微かな切り傷から、微かに伝う血を拭う余裕もない。俺は何故それを知っているのか。だって、それは仕方のないことだった。であれば、何が仕方のないのか。



「い、てぇ……!」



 あり得るはずのないこと。

 ついさっき、そう結論付けた事柄が脳裏を埋め尽くす。

 混濁する思考のさなかに、俺はこめかみ周辺に出処不明の痛みを覚えてうずくまった。そして、先ほど見た光景を思い出す。


 そう俺はいま――。



「死ぬところ、だった……?」





 自身が銃撃により、命を落とす刹那を。




 

――

文字数、規定に収まるのか……?(不安


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