カエデの色
風間悟
第0章:プロローグ
これから始まる恋物語
甘くも優しい少し先の未来
夢を見た。
それは、まだ私が小学生1年生で小さかった頃の、胸の奥がポカポカと温かくなるような、幸せな時間がまだあった頃の夢。
「おばあちゃん。ままがね、おねぇちゃん欲しがってるからって、かえでのお人形さんを取っちゃうの」
「あらあら。困ったままと、おねぇちゃんねぇ……」
おばあちゃんは、そう答えつつ私の頭を優しく撫でる。心地よくって、いつまでも撫でてほしいと思えた。
「ちゃあんと、おばあちゃんが叱ってあげるからね」
「うん! おばあちゃん、だぁいすきぃ!」
それが嬉しくって、おばあちゃんに抱きつく。おばあちゃんの匂いはとても安心できたから。
姉さんは昔から、自分が欲しいと思った物は何でも手に入れないと気が済まない人だった。
可愛いから、似合うから、理由はその都度で変わる。けれど、家族は誰一人、そんな姉さんを咎めようとはしなかった。むしろ積極的に願いを叶えようと、行動に移す。まるで、姉さんを中心に、世界が回っているように思えた。
そんな家族が、幼い頃からとても怖かった。その在り様が歪で、気持ち悪かった。
だけどそんな世界で、唯一味方と言える人がおばあちゃんだった。
「楓、今日は、この絵本を読もうかい」
「うん! かえで、その絵本、すきぃ!」
いつも私に優しく接してくれる。姉さんだけじゃない。私にも愛情と言う、目に見えないけど、確かにそこにあるナニカを注いでくれた。
絵本や、おままごと、1人じゃつまらなく、出来ない事をおばあちゃんと一緒にやる。友達も取られた私にとって、お父さんやお母さんよりも、家族と言えるのは、おばあちゃんだけだった。
おばあちゃんだけが、私の味方であり続けてくれた。この歪な世界でも、幸せに生きていけるのは、全部おばあちゃんのおかげだった。
おばあちゃんが私の世界の全てだった。
でも、そんな幸せな時間は、長く続く事はなかった。
「おばあちゃん……」
「ごめんねぇ、かえで……。おばあちゃん、もう、ダメらしいの」
「やだよぉ、ずっと、ずっと一緒にいてよぉ……」
病室には2人しかいない。家族は誰1人として来ない。ポロポロと涙が零れる。
「大丈夫よ、かえで……。おばあちゃんがいなくても、かえでは大丈夫」
「やだよぉ。おねぇちゃんも、お母さんもお父さんも皆が怖い。かえで、1人になりたくないよぉ!」
1人になったら、もう味方は誰もいなくなる。この世界で一人ぼっちになってしまう。そんなの耐えられなかった。
神社に行っては、何度も何度も神様に『おばあちゃんを連れて行かないで』と、『代わりにかえでが病気になるから』とお願いした。どれだけお願いしたのか、もう覚えていない。それくらい頼み込んだ。
だけど、神様はそんな少女の願いを叶えてはくれなかった。日に日に弱っていくおばあちゃんをただ見る事しか出来なかった。
「大丈夫。今は辛くても、ちゃあんと、かえでを見てくれる王子様が来てくれるわ」
「ぐすっ、王子様……」
「そう。物語の中に出てくる、泣いてる女の子を助けてくれる、そんな優しい王子様……」
「ぐすっ、……本当に、来てくれるの?」
「ええ。かえでが良い子にしてたら、きっと……」
「ゔん。かえで、……良い子にする。だからぁ、……だから、いなぐ、んぐっ、ならないで……」
そう約束をして、おばあちゃんに抱きつく。その際に頭を優しく撫でられた感触を今でも覚えてる。だってそれが、おばあちゃんと交わした最後の会話だから。
そして、私にとっての長い長い地獄が始まった。
***
「ん……」
夢から覚めると、右手が仄かに暖かった。その正体はすぐに分かった。だって、私の目の前には1番大好きな人が一緒に寝てくれているから。
「目、覚めた?」
「そうくん……」
「おはよう、楓」
「うん。おはよう……。手、握ってくれてたの?」
幸せと悪夢、その両方の夢を見ていてうなされていたのだろうか、私の右手は最愛の人の手と繋がっていた。
「うなされてたからね」
「夢、見たの……」
「どんな?」
「まだ、おばあちゃんが生きてた頃の夢……。それと……」
夢の内容を話そうとしたら、彼の指がそっと唇に触れ、開こうとした口を塞ぐ。
「無理に話さなくていい。幸せな思い出だけ、楓は覚えていれば良いんだから」
「そうくん……」
その言葉と共に微笑む彼は、おばあちゃんと同じ、優しい表情だった。
「さ、一緒に起きて、母さんたちに挨拶しよう」
そう伝えて颯君は起き上がる。けど、まだ大事な事をしていない。だからベッドから出ようとしている颯君の手を掴み、グイっと、もう一度布団の中へ引き込む。
「楓!?」
「まだ、していないから……」
普段は朝の登校やデートとかでだけど、颯君の家にいる間は、朝起きたら毎日欠かさずにしている。それをしてくれないと、私の日常は始まってくれない。幸せを実感できない。
「あぁ、そうだったね。ごめんごめん」
「もうぅ。…………んっ!」
目を瞑り、唇を突き出し、催促する。早くして欲しかった。
「ふふっ、今日も楓は甘えん坊だね」
「んん……」
優しくしてくれるキスに身体が反応する。それだけで私の心が満たされる。もっとしたいという欲求が湧いてくる。
「そうくん……、もう一回……」
「今日から学校だよ?」
「いいじゃない、冬休み明けなんだから。きっと皆、まだまだお布団から出られないよ」
「あははは、それは楓だけだよ」
颯君は笑いながらそう言う。貴方の笑顔はいつも明るくて、優しくて、大好き。だから吊られて私も自然と笑ってしまう。
「ふふっ」
「うん。やっぱり楓には笑顔が1番だ」
「そうくんのおかげ。貴方に会えたから、私はまた笑う事が出来た」
そう伝えると、颯君は首を振り、『違うよ』と言う。
「確かに、僕がいたからって言うのは間違いないけど、それだけじゃない。皆もいたから。大切な友達が一緒に支えてくれたから、楓は笑えたんだ」
そうだった。こうしていられるのは颯君だけじゃなかった。大切な友達がいたからこそ、私は私でいられるようになれたんだ。
「うん。そうだった」
「さ、今度はちゃんと起き上がって、下に降りよう」
「そうくんが起こしてくれたら、起きる」
「いいよ。それじゃ、お手を拝借」
その言葉と共に、颯君は私の手を優しく取り、もう片方の手で優しく腰を支えながら、起き上がらせてくれる。
「うーん、起きたわ」
「あはははは。なら、今度こそおはようだね、楓」
「うん! おはよう、そうくん」
お互いに朝の挨拶をし、一度下に降りるために、部屋を出る。だけど、その前にふと伝えたい事があったから、颯君を呼び止めた。
「どうしたの?」
「私、……貴方に会えて、幸せ」
その想いを伝えると、颯君はきょとんとした表情を浮かべた後、クスリと微笑む。
「なんだい、突然」
「無性に言いたくなったの。そうくんは?」
「あぁ。僕も楓と会えて、幸せだ」
その想いを聞いて、胸の奥がポカポカと温かくなる。
約3年前、貴方と出会ったあの日。あの日から全てが始まった。私の灰色だった世界は、徐々に色を取り戻し、色鮮やかな世界に帰る事が出来た。
「さ、行こう」
「うん!」
手を繋ぎ、今度こそ下に降りる。幸せと言う名の日常が今日も始まってくれた。
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