第2話 命脈の書
ごつごつとした硬い感触。最後に覚えている病室のイスとは、あまりにも違う。
重い瞼をゆっくりと持ち上げると、見慣れない粗末な木の天井が目に映った。埃っぽいような、古い木材のような匂いが微かに漂う。
痛む身体を起こすと、そこは簡素な寝台の上だった。
石造りなのか、ひんやりとした空気に満ちた薄暗い小部屋。壁も床も粗削りな木材で、小さな窓からは頼りない光が差し込んでいる。
見回しても現代的なものは何一つない。小さな木の机と、椅子が一つ。ただそれだけ。
そうだ!……あの、老人は? 最後の記憶は、老人の穏やかな笑顔と、抗いがたい強烈な眠気。その後のことが、全く思い出せない。
ここは、どこなんだろう。
おそるおそる寝台から降りて数歩だけ足を進める。きしむ床の音が静かな部屋にやけに大きく響いた。
その時、机の上に置かれた二つの物にはっきりと気づいた。
一つは、古びた分厚い革綴じの本。そしてもう一つは——鈍い黄金色の輝きを放つ一枚の硬貨。見たこともない意匠が刻まれた、ずしりと重そうな金貨だ。
金貨よりも、まず本が気になった。
表紙は擦り切れて、そこに書かれていたであろう文字はもう読み取れない。その分厚い本は開かれたままで、読まれるのを待っているかのようだ。
吸い寄せられるように近づき、そのページを覗き込む。
羊皮紙だろうか、ざらついた紙面には、びっしりと手書きらしき文字と精密な図が書き込まれていた。
解剖図、薬草のスケッチ……見覚えのある医学用語も多い。だが、異様なのは各項目の横に添えられた記述だ。三つの選択肢と、膨大な数値、そして短い説明文。
例えば、「止血帯」。その項目にはこう記されている。
◎使用: 1,000 [効果:止血帯を1つ、一時的に生成する]
◎知識習得: 100,000 [効果:恒久的な製法知識を獲得。以後、「使用」コストが10に低下]
◎生成解放: 1,000,000 [効果:必要時にコスト0で生成可能。※知識習得済の場合、コスト900,000]
別の項目、「基本縫合」も同様だ。
◎使用: 10,000 [効果:滅菌済縫合キット(1回分)を一時的に生成する]
◎知識習得: 500,000 [効果:恒久的な縫合技術と関連道具の作成知識を獲得。以後、「使用」コストが100に低下]
◎生成解放: 5,000,000 [効果:必要時にコスト0で生成可能。※知識習得済の場合、コスト4,500,000]
「……一時的に生成……知識を習得……使用コストが低下……知識習得後に解放可能で、無料生成……?」 書かれている内容は、信じがたいことばかり。魔法か、それとも未知の科学技術か。これが、この本の機能だと示されている。
馬鹿げている。そう頭を振ろうとした、その時。
——その金貨を、この本……
声ではない。けれど、抗いがたい明確な意志が、直接、頭の中に響いた。
本の名前、やるべきこと。そして、あの金貨の価値が「一万」であるという事実を乗せて。
疑念と恐怖。けれど、この理解不能な状況で示された道はこれしかない。これが、何かの手がかりかもしれないのだから。
震える手で机の上の金貨を掴む。ずしりとした重み。これを? 本当に?
意を決して、本の見開きのちょうど真ん中あたりに、金貨を押し当てた。瞬間、本が淡く、脈打つように光った気がした。そして、手のひらにあったはずの金貨が、まるで陽炎のように揺らぎ、そのまま本の中に……吸い込まれるように消えて、跡形もなくなった。
呆然とする間もなく、頭の中に激しい衝撃が走った。
知識の奔流。これまで自分が必死で学んできた医学の全て——人体の構造、生理機能、病気のメカニズム、薬の作用……それらが、猛烈な速度で整理され、分類され、体系化されていく。自分の脳がこの本の一部に組み込まれていくような……。
どれくらいの時間、その感覚に耐えていただろうか。ようやく情報の奔流が収まった時、恐る恐る、本のページに視線を戻した。
そこには、先ほどはなかった文字列が、くっきりと浮かび上がっていた。
【基本医療知識:習得済】
何が起こったのか、まだ半分も理解できていない。ただ、この
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