失った過去と未来

 気付けば暖かな日差しの降り注ぐ平原で、ヴェリオルは討伐したモンスターを縛り上げていた。

 ありふれた、けれどどこか不自然な光景。

 そこにレオリスが顔を出す。

「お、もう終わったのか!ヴェリオルは仕事が早いなー」

「兄貴が俺にこういう雑務を全部押し付けてくるからだろ」

 とは言えヴェリオルはこういう仕事が嫌いでは無い。文句を言いつつも手は止めない。ははは!と明るく笑うレオリスに食事で使った食器を水魔法で洗っていたルクトが声をかけた。

「これ誰のだろう?印が刻んでないんだ」

 このパーティでは個人の持ち物にはそれぞれ決まった印を刻んでいた。すぐに持ち主がわかるし、ルクトも触れば間違わない。

「うん?あぁ、ヴェリオルのだな。お前、印つけ忘れてるぞ!」

「いつも言っているだろう兄貴。俺は自分のものにわざわざ傷をつけるのは好かん」

 盲目の魔法使いをパーティに入れるのも最後まで反対したのだ。だが、誘われた本人であるルクトもパーティ入りを渋っているのを知って、却って受け入れる理由になった。

(自らの危険性を分かっているものはその危険を避けるし、近づかないよう努力もできるからな)

 心配なことと言えば兄のレオリスがこれ以上の無茶を言い出さないかと言うことだ。ルクトもレオリスには甘いのか結局言うことを聞いてしまう。

「お前なー」

「いいよレオリス。無印はヴェリオルのだと覚えれば済む話だ」

 ルクトは朗らかに笑うと風魔法で食器を乾かし、それぞれの荷袋に詰めた。パーティの一員としてなにか仕事が欲しいと言うルクトの為に、みんなで知恵を出し合って決めた作業だ。

 実際、水が節約できてとても助かっている。それにルクトの魔法の操作はとても緻密だ。それぞれの食器が空中に浮かんだ水の中でぶつかり合うことなくクルクル回っているのを見るのは本当に楽しい。

「悪いなルクト」

「構わないよ」

 ヴェリオルはレオリスのパーティに入って本当に良かったと思った。人当たりのいいレオリスのお陰で自身とメンバーも仲良く出来ている。

(銀等級になったばかりのころは本当に苦労を…………?)

 何故そんな記憶がある?ヴェリオルは作業の手を止めた。

 自分はまだ銅等級。銀等級などまだ先の話だ。なのに銀等級での苦労とは?ヴェリオルは首を傾げたがそれ以上突っ込んでは考えなかった。

 クエストをこなし、レオリス達と鍛錬して、食べて飲んで酔ったレオリスがヴェリオルについて語るのを全力で阻止する日々。

 そんなある日レオリスが一つのクエストを持ってきた。

「今回のクエストはこれだ!」

 そう言ってレオリスが持ってきたのは北に少し離れた『幻惑の森』のフロマイアと言うモンスターの討伐依頼だった。胞子を撒き散らし幻覚を見せるキノコ型のモンスターで、今回はどこで学習したのか厄介なことに『迷子の子供の幻』を見せてくると報告が上がっていた。

 その依頼の話を聞いた時、ヴェリオルの背中をゾワリとした悪寒が走り抜けた。マジマジとレオリスの顔を見つめる。

(レオリス……兄貴…………)

 ほろほろと儚く崩れる砂のように現実感が消えていく。そんなヴェリオルをレオリスが不思議そうに見返した。

「どうした?ヴェリオル。あ!そうか!さてはお前フロマイアにビビってんな?」

 心配すんなって!とレオリスはヴェリオルの背中をバンバン叩いた。あまりの勢いにヴェリオルが若干引く。

「フロマイアに剣は効かないが火魔法には弱い。俺たちで引きつけておけばルクトの魔法で一発だ!な?ルクト」

「……いつも言ってるけど、火の攻撃魔法は火炎が広がるからいつもの作戦には不向きだよ。……前に火炎魔法で巻き込まれた依頼者が骨も残らなかったと聞くよ。狙いがずれればそれと同じことになる」

 ルクトは乗り気では無いのか眉間に皺を寄せていた。念の為ルクト個人で上級ポーションを持ってはいるが、氷や土の魔法と違って火の魔法は失敗した時にフォローの効かない事態になる。

 しかしそんなルクトの不安をレオリスは一蹴した。

「大丈夫だって!フロマイアは動きも速く無いし十分離れるだけの時間はあるから」

「……本当に、間違いなく頼むよ」

 何度も釘を刺すルクトにヴェリオルの不安は増すばかりだった。いや、それよりも……。

(ルクトは、反対していたのか)

 フロマイア討伐自体に乗り気でなかったとは思わなかった。ならばそう言ってくれれば……。

(いや違う。まだ始まっていないのに失敗ありきでものを考えるなど)

 ヴェリオルは何度も深呼吸すると気持ちを落ち着けた。準備を整え、幌馬車に乗り、幻惑の森へと向かう。

 幌馬車を降りた一行は、簡単な打ち合わせの後すぐに森へと入った。

 幻惑の森――そう呼ばれてはいるものの、入り口は拍子抜けするほど普通の森だった。

 多少木々が生い茂り昼なのに暗くはあったが、日当たりの悪い森などこの程度だろう。

『いたぞ!』

『子供が見える!!』

『ポーションを飲め!』

 依頼書通りに現れたフロマイアにレオリス達は迷う事なく突っ込んで行った。ヴェリオルも飛び込むとフロマイアに切りつける。

 

(違う)

 

 剣から伝わる手応えにヴェリオルははっきりと違和感を覚えた。

(柔らかすぎる!)

『自分が斬っていたフロマイア』はこんな手応えのない相手ではない。

 フロマイア特有の胞子の甘い臭いが薄い。

 肌に纏わりつく感触も薄い。

 脳裏に上位種の巨大なフロマイアの姿が蘇った。

(っ、そうだ!ルクトは!?)

 振り返ればルクトは指示された場所でじっと魔法を打つタイミングを見計らっていた。その魔力に乱れはない。

 戦闘音とフロマイアの呻き声が近づいてくるのを感じてルクトが詠唱を始める。

 ドスン!と正面から重い音が響いた。

 ヴェリオルが今から始まる惨劇を止めようと口を開きかけるが間に合わない。

 レオリスが叫んだ。

『ルクトやれ!』

『炎弾』

 レオリスの叫びと同時に、炎の塊が放たれる。詠唱に乱れはなく、狙いも定まっていた。

 ルクトの放った炎の塊が音もなく宙を走り、フロマイアへとまっすぐ飛んでいく。

 そこに魔力暴走の気配など微塵もない。

 だがその時ヴェリオルは見た。大木の影に一回り大きなフロマイアが隠れているのを。それの吐き出した胞子が幻覚となり――

 ヴェリオルの姿をとる。

「…………は?」

 そこにいたのは、存在しないはずの『自分』だった。

 あり得ない光景にヴェリオルは目を見開いた。

 背筋を撫でる冷たいもの。

 手の指先から力が抜け、握った剣がわずかに震える。

 血の気が引いていくのを自覚しながら、それでも視線だけは離せなかった。

 あのとき、ルクトが焼いたのは……弟だと、ヴェリオルだと、レオリスはそう思ったのか?

「ヴェリオル!!」

 レオリスの悲鳴とフロマイアの断末魔。

 そして魔法の爆ぜる音――

 ヴェリオルは呆然とその場に立ち尽くすのだった。

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