第10話 「鱗文様 🐍 鱗の夜」

「鱗文様に込めたのは、悪しきものを払い、無事を祈る願い。」 🐍


夏の夜。

村の中心にある神社では、年に一度の夏祭りが開かれていた。

提灯が赤々と灯り、太鼓の音が遠く山まで響いている。


境内には、人々の熱気と、夜風の涼しさが交錯していた。

屋台から漂う甘い匂い。

かき氷の冷たい色。

浴衣に着替えた子どもたちのはしゃぐ声。


その中で、アカリは静かに手を合わせていた。

彼女が着ている浴衣には、細やかな鱗文様が染め抜かれている。

三角形が連なり、まるで蛇や魚の鱗のような模様。


「アカリ、お祓いの時間だよ。」


巫女装束を纏った母が、そっと声をかける。

この村では、毎年、子どもたちが鱗模様の着物を着て、

夏の夜に厄を払う「鱗払いの儀式」を行うのだった。


「……うん。」


アカリは少し緊張した面持ちで、境内の中央へと進んだ。

焚かれた篝火が、ぱちぱちと音を立てている。

火の明かりが、浴衣の鱗文様を浮かび上がらせる。


篝火の前に立ったアカリは、両手を広げ、深く息を吸い込んだ。

巫女たちが静かに舞い始める。

鈴の音が、夜空に澄んで響いた。


(悪いもの、全部、飛んでいけ。)


アカリは心の中でそっと願った。


この一年、怖かったことも、悲しかったことも、

小さな心に刻まれていたいろんなものを、

鱗の一枚一枚に乗せて、夜の空へと放つ。


風が、鱗模様の袖をふわりと揺らした。

まるで、何かが本当に抜け落ちるような、軽やかな感覚。


儀式が終わると、村人たちが拍手を送った。

アカリは、そっと拳を握った。

胸の奥が、少しだけ、軽くなっていた。


夜空には、満天の星。

流れ星が、一筋、光を引いた。


「来年も、また、きっと大丈夫。」


アカリは小さくつぶやいた。

鱗文様の浴衣が、夜風に乗って、柔らかくはためいた。🐍


📖【この話に登場した文様】

■ 鱗文様(うろこもんよう)


由来:蛇や魚の鱗を連想させる三角形を連ねた模様


意味:厄除け、再生、災厄からの守りを祈る

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