第5話 「立涌文様 🌿 息吹のかたち」

「立涌文様に込めたのは、立ち上る息吹と、新たなはじまり。」 🌿


春の朝、街の片隅に建つ、小さなアパート。

まだ少し冷たい空気を押しのけるように、柔らかな陽射しが窓辺を照らしていた。


カーテンの隙間から、光の帯が差し込んでいる。

その中に、ひとつ、ふたつ。

小さな埃の粒が、ふわふわと踊っていた。


「……よし。」


ミナは、両手で大きく伸びをすると、ベッドから跳ね起きた。

今日から、この部屋で、一人暮らしが始まる。


ダンボールがまだ積まれたままのリビング。

慣れないコンロ。

ぎこちない家具の配置。


すべてが、まだよそよそしい。

だけど、それがいい。

これから、ここで"自分の形"を作っていくのだから。


荷物の中から、一枚の布を取り出す。

白地に、細い曲線が交互に揺れ立ち上る――立涌文様の風呂敷。


「母さん……。」


小さな頃から、家の行事のたびに目にしてきた柄だ。

春祭り、夏の盆踊り、秋の収穫、冬の正月。

どんな季節も、母は立涌模様の着物や風呂敷を使っていた。


「立涌はね、蒸気や雲が、すっと空に立ち昇る形。

新しい命、新しい願い、そんな意味があるのよ。」


そう話してくれた母の声を、今でも思い出す。


ミナは、立涌文様の布をテーブルに広げ、そっと手を滑らせた。

細く揺れながら、上へ上へと伸びる曲線。

まるで、自分にエールを送ってくれているみたいだった。


「うん、大丈夫。」


小さくつぶやく。

まだ誰も知らない場所で、まだ何者でもない自分だけれど。

ここから、少しずつ息吹を重ねていけばいい。


ミナはエプロンを取り、慣れない手つきで朝ごはんを作りはじめた。

卵を割る音、フライパンにジュッと鳴る音。

小さな部屋が、ゆっくりと命の色で満たされていく。


窓の外では、若葉たちが春の風に揺れていた。🌿


📖【この話に登場した文様】

■ 立涌文様(たてわくもんよう)


由来:蒸気や雲気が立ち昇る様子を図案化したもの


意味:成長、上昇、新たな命の息吹、繁栄への願い

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