第15話 天里雹と雪
天里雹。身長百七十センチ弱。体重七十キロ弱。日本人の平均的な体型である。しかし、目立つ、真っ白なのだ。アルビノのように見えるが違う特殊体質・・・。目が赤ではなく、青い。北方民族の血が入っているような風体である。そして、何より、目付きが異常に鋭い。人を脅すようなガラの悪さではなく、寒々とした雰囲気が漂っている。
「雹兄、怖すぎだよ。鬼みたいな顔してたよ」
「え? コンビニに飯を買って来てやったのに随分な言い方だな」
歌舞伎町のドンキホーテの前に停車した車にファミマから戻って来た雹に雪は辛辣な言葉を浴びせた。
「何買って来た?」
「シャケと昆布とおかかだよ。雪はおにぎりは、それくらいしかユキは食べないだろ?」
「雹兄のは?」
「俺は大丈夫だ。トレーニングで食欲が無い」
「ふ〜ん、ほどほどにしてよ。栄養は摂ってね」
雹と雪は、とある同じ場所から「雨里古龍武術道場」に引き取られ、兄妹の二人で特殊な訓練を受けていた。つまりは、雨里大樹と彩芽と同じく道場生である。しかし、雹と雪は道場を離れ、別の格闘技ジムの運営と裏の仕事で生計を立てている。
「雹兄の食欲が無くなるくらいのスパーリングパートナーなんていたっけ?」
「『小室ジム』にはいねーよ。雨里の道場に久しぶりに行ってんだよ」
「え〜、私も行きたい!アヤとか大樹兄と会いたい!」
「昼間だからな。ユキはなるべく太陽に当たらない方がいいからな。あと、俺が会ってるのは親父だけだぞ。イワンとかいうロシアのデカいのもいたけど・・・」
「ふ〜ん、でも、何で急に道場に行ってるの?今までだって地下格も表の試合もいくらでもあったでしょ?」
「まあね・・・。最近、相手が弱過ぎて勘が鈍っていると思ってさ」
誤魔化すような事を言ったが、今回は情報収集も含めて雨里道場に戻った。しかし、相変わらず、親父は強いだけの真っ直ぐな質実剛健な男だ。全く、武術の鍛錬以外何も得る物が無い。大樹もアヤもしばらく来ていないようだ。『瞬殺』に家族が関わっていないのはよい事だ。『瞬殺』に出場するなら、道場での修行は必要になるだろう。
アヤが『瞬殺』の下部団体の試合に何回か出ていた様だが、小遣い稼ぎの遊びの様なもんだろう。アヤも一応、警察官になっているようだから、流石に、大樹に止められたようだ。
「ふ〜ん、今回はいつもと違うみたいだね」
「ああ、今回は一日に二試合以上あるみたいなんだ」
「二試合ではなく。二試合以上・・・?」
「何か企んでいる感があるからな。鍛えておいて損は無いよ。あと、本式という言葉も気になる」
「本式?って何?」
「『瞬殺』は、元は江戸時代からある歴史がある非公式な試合なんだ。場所も毎回違う、相手も当日相対するまで情報を知らされない。どんな状況でも対応できるような武芸者を選ぶためなのか?もしくはただ、趣向を凝らしたかっただけなのか分からないけどな」」
「じゃあ、場所も相手も分からないの?」
「そうだ。だから、親父が何か知っていたらと思って行ったら何も知らなかった。まあ、親父は『瞬殺』反対派だからな。当然といえば当然だ」
大樹なら何か聞いているかという淡い期待があったが、期待外れだった。しかし、大樹に直接会う訳にもいかない。俺は大樹やアヤと会える立場ではない。もう完全にアウトローになってしまっている。
「ちょっと怖いね」
「そうだな。でも、リアルな死合いってのはそういうもんだろう。それを現代でやるとは悪趣味だけどな。それだけ、『瞬殺』の観覧者はクズが増えて来たって事だ」
「運営もそんなニーズに応えるの大変だね」
「運営者もニーズに応えるためか、映画や漫画の見過ぎで企画を立てているか分からないけどな。どちらにしてもクズが集まっている場所だな」
俺が殺したいのは斬翔会の幹部、俺の実の兄だ。俺への当て付けのために近所の幼馴染だっただけの雪を玩具のように弄んだクズだ。そのクズとクズの異常性と暴力性を好み、暴力の世界に引き込んだ白嶺会の人間も許さない。
『瞬殺』は、元は天覧試合が形を変えた武道家の試合の場だった。それが、今はコイツらがどういう経緯なのか牛耳っている。何故だ・・・?
「雹兄」
雪の声で我に帰った。
「どうした?」
「悩み事?難しい顔してる。大丈夫?」
「大丈夫だ。今回の試合は何かあると思っているだけだ」
「そう・・・。無理しないでね。雹兄がいなくなったら困るから」
「大丈夫だ。いなくなったりはしないし、俺を殺せるような選手はいないだろう」
「そうだけど・・・。本式ってのが、気になるのと、何があるか分からないからね」
「心配してくれて有難うって言っておこうか」
雪が言うように、本式ってのは、気になる。場所を指定しないのは、デスゲームのようにリアル配信型で試合までに何かイベントがあるのか?もしくは、開催場所を知られたくない理由があるのか?
「考えたって分からないから、とりあえず、鍛えて場所の連絡待ちだな」
「雹兄」
「何だ?」
「私のために人生を生きないでよ」
「分かってるよ。俺は俺の好きなように生きているよ」
「じゃあ、いいよ」
雪が俺の顔から携帯に視線を戻す。
俺は俺の好きなように生きている・・・。そして、好きなように殺して死ぬ。
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