第10話 見えてきた線
『天』『瞬殺』『幻影旅団』一本の線が繋がった。
彩芽は、実家の道場で汗みずくの道着の前を開き大の字になりながら天井を眺めながら呟いた。
「見えて来たな」
「アヤ、前が開けているぞ」
その声にびっくりして飛び上がった。木剣を携えた兄が近付いて来る。藍色の道着に摺るような足運び、足の裏と地面とが同化するような太い樹が歩いて来るような雰囲気がある。体重はそれ程重くもないはずなのに、この歩法は私もまだ習得できていない。
「兄様! 気配が無さ過ぎですよ」
そう言って、開けた前をいそいそと閉じる。
「潜入捜査。何か見えて来たようだね」
「はい。『天』と『瞬殺』、『幻影旅団』が繋がりそうです」
「『幻影旅団』とはトクリュウの名前かな?」
「漫画に出てくる窃盗団の名前なので、おそらくそうでしょう。『瞬殺』にも接触してみようと考えています」
「『瞬殺』は以前に出入りを禁止したくらい危ない連中が上にいる。妹が関わるのは気が進まないな」
「豪太に行かせます」
「藤倉君か・・・。それならいいが、彼、格闘技はできるのか?」
「本当かどうか怪しいですが、本人曰く元警察官だと言っているので、本当であれば、ある程度の素養はあると思います。あと、タッパはあるので、一般人よりは強いのではないかと思います」
「そうか。では、それは任せよう。久しぶりに軽く手合わせするかい?」
兄から『瞬殺』の参加を禁じられてから一人での型稽古ばかりだったので、身体は稽古を終えたばかりなので疲れているはずなのに、異常にテンションが上がった。
「お願いします!」正座の姿勢から飛び上がって一声を上げ構えた。
「では、いざ」
兄も後ろに飛び去って一礼し、構えた。両者素手の構えだ。私の構えは伝統派空手のようなゆらゆらした動き、格闘技の選手で言うと堀口恭司選手のような構え。対して、兄は動かない。真っ直ぐ合気道のような構え。
地下格ではあり得ない静寂と、種類の全く違う緊張感。無心で打ち込んで気が付いたら終わっているという快感とは真逆で、相手の次の動きが見え過ぎて動けない・・・。
無闇に飛び込むと顎に掌底をぶちかまされるのは見えていたが、我慢が出来なくなって、飛び込んだ。
私の方が速い。私の拳が喉に入りそうになるが、カウンターの貫手が右目に入りそうになる。避けきれない。横に避けても小指は入る。このまま行く! 肩甲骨からグンと伸ばすよう右拳を伸ばし、私は右目を犠牲に兄の喉の右側に拳を叩き込んだ。と思ったが、兄の貫手は掌底に形を変えて、私の頬骨に当たっていた。そのため、私の拳も浅くしか入っていない。
「そこまで!」
大きな静止の声が聞こえた。父だ。
「実家の道場で兄妹での殺し合い禁止!」
「稽古ですよ。いえ、久しぶりの兄妹のじゃれ合いかな」
兄にそう言われ、本気で必死に突っ込んで行った自分が少々気恥ずかしい。
「そんな風には見えなかったぞ。じゃあ、どうだ、そんなに元気なら儂ともじゃれ合うか? もちろん、急所は無しで、だぞ」
流石にもう父と稽古をする体力も気力も無い・・・。悔しいが今日は退散しようと思った。
「俺は止めておくよ。アヤと戯れて今日は満足したよ。アヤ、甘い物でも食べに行くか?兄に一撃入れたご褒美にご馳走してやるよ」
渡りに船だ。
「は〜い!では、着替えて参ります!」
なんて、私には似合わない可愛らしい声で返事をして、いそいそと道場を後にしようとすると、仲間に入り損ねたちょっと不満げな父が後ろから声をかけた。
「また近々、婿殿も連れて来なさい。婿殿にはこの道場の話しもしないといけないからな」
あ、婿殿の事はすっかり忘れてた・・・。兄はともかく、父は本当に婿を望んでいるからな・・・。
「はい。また近々連れてきます」
と、とりあえず返事をして目も合わさずに父から逃げた。
兄と実家を後にして、本当に近所のあんみつ屋に甘味を食べに行った。大多数の女子の例に漏れる事なく私も甘い物は好きだ。
「アヤ、こんな所に来るのは久しぶりだが、美味そうに食べるな」
「私だって普通の女の子ですからね」
「ふふ、普通かどうかは置いておいて、そうなんだ。アヤは女の子なのは間違いない」
冗談で言ったのに真顔で「女の子」だと言われると恥ずかしい。兄は更に言葉を続けた。
「『瞬殺』は広域暴力団の白嶺会が後ろにいる。実際の運営は、準暴力団の斬翔会だ。つまりは本物の裏社会が関わっている上に、かなり悪い噂を聞く。
「悪い噂?」
「『瞬殺』は選手が望めば、男と女の選手の試合も組むのは知られているが、それとは別に、一部のVIP用に女選手を嬲るショーを行い、その映像も販売しているようなんだ。更には、スナッフフィルムも撮っていると言われている」
「スナッフフィルム?」
「殺人フィルムだよ」
「だったら、余計に許せない!」
「だから、もう一度釘を刺すぞ。アヤは『瞬殺』に出てはいけない。というか、警察官は公務員なんだから副業禁止だからな」
「分かってるよ」
あわよくば出場しようとしていた気持ちを見透かされたようで、ついタメ口が出た。しかし、兄の愛情は嬉しくはある。だが、その組織の非道さは、その悪い噂が本当なら許せない。沸々と怒りが込み上げる。できる事ならこの手でぶっ飛ばして、組織も壊滅させたい。
「でも、『天』と『瞬殺』とまだよく分からない『幻影旅団』との繋がりの線が見えて来たのに・・・」
「藤倉君を鍛え上げよう」
「え・・・?」
「婿殿でもあるだから、道場の後継としても、潜入としても適任だ。父もきっと喜ぶ。一石二鳥だ」
兄は自分のアイデアにご満悦の満面の笑顔で言った。
「兄様、鬼か悪魔が考えそうなアイデアですね・・・」
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