第34話 最高のクリスマスプレゼント


『――今日の異世界ニュースの時間なの。例の最強台から送られてきた魔力のお陰で、久しぶりに朝日が見れたの。そのうち星も見られそうでワクワクしてるの』

 アパートに戻った二人は、年季の入った灯油ストーブの暖気に包まれながら、テレビを垂れ流してカーペットに寝転んでいた。

 画面には『褐色ロリ異世界ニュースキャスターアイドル』という属性の欲張りセットで一躍人気になったテレシーが、『伝達』によって得た映像を流している。

 映像は朝日を喜ぶ異世界の人々、国々を映し出し、そこにはモブタケノコを始めアポカリプスの面々、幼い子供たちなど、老若男女の魔族の笑顔が映っていた。

「なんか向こうの世界って、想像してたよりかなり進んでるよね」

 ビーズクッションを枕にした司が、テレビを横目に感想を零す。

「それなー。まあ魔力が戻ったのもあるだろうが、こっちの地方都市と大して変わらないっぽいな」

 司の膝を枕にしたリィナも同調する。

 映像が切り替わり、街の様子が流れる。魔力をエネルギーの核にした文明は、その活気を着実に取り戻していた。街には灯りが灯り、魔力回復を祝う祭りが開かれている。大須の裏商店街を彷彿とさせるネオンや提灯が揺れ、魔獣を素材にした派手な服装の若者が行き交っている。一種のコスプレ会場みたいだ。

「そういえばザラは看護師やってたんだっけ。ってことは学校や市役所とかもあるのかな?」

「あるみたいだぞー。魔力が枯渇する前はワルプルは歌手。リューランはモデル兼魔獣ハンターやってたんだってさ」

「……現実とファンタジーがごちゃ混ぜだ」

 三人の前職を想像した司が複雑な顔になる。カイの動画からはまるで想像できない文明。それほど魔力がなくなることはあの世界にとって致命的だったんだろう。

(……もっと早く封印を再構築してたら……)

 後悔――ではない。もしも、たらればの想像。もっと早くダークについて、封印について向き合っていれば良かったと考えてしまう。

 だがそんな司の心に寄り添うように、リィナが司の腕に頭を預けた。

「そんな顔するな。結果的にあの世界は救われた。変えられない過去を悔やむより、これから先の未来に想いを馳せろ」

 珍しく真剣な、だけど柔らかい瞳のリィナが、力強い言葉を降らせる。司を気遣ったその言葉は、見事に司の心を勇気付けた。

「……ありがとリィナ」

「ふふふ、惚れたか?」

「とっくにね」

 短く交わし、互いに微笑む。視線が交わり、吐息が近付いていく。

「リィナ、目瞑って」

「うん……」

 言葉はいらない。体温から、鼓動から気持ちが伝わる。もう何度交わしたかも分からないキス。その唇が触れようとした瞬間――。

 ピンポーンとチャイムが鳴った。続いて「二人ともいるー? ミオンサンタさんがプレゼントを持って来たわよー!」と、もはやタイミング最悪魔族の名を欲しいままにするミオンの声が届いた。

「……あいつ……ここまで来ると狙ってるだろ」

「ま、まあまあ。……続きは後で、ね?」

「まったく、ほんとにミオンの奴はまったく」

 不満たっぷり。ぶつぶつと言いながらも立ち上がるリィナ。またドアノブが握り潰される前に「待てミオン! 今開けるからドア壊すなよー!」と、玄関に向かった。

 ガチャリと扉が開かれ、戻ってきたリィナの後ろからミオンが顔を覗かせる。その顔は「ふふふふっ」と嬉しそうだ。

「少し振りね二人とも。今日は貴方たちに特大のプレゼントを持って来たわ!」

 ババーン! と効果音でも鳴りそうなドヤ顔で、ミオンは何かの紙を二人に見せつけた。そこには『最上級魔族任命証』という文字が見える。

 ロマンスを邪魔された二人は疑うようにミオンとその紙を交互に見て、仲良く首を傾げた。

「何だその紙っぺら」「最上級魔族?」

 意味が分からないと顔を見合わせる二人。ミオンは「まあまあ、落ち着きなさい二人とも」と、別に焦ってもない二人をなだめ、ビーズクッションに腰を下ろした。二人もカーペットに腰を下ろす。

「ズバリ言うわ。貴方たち二人の功績――ダークとの長年に渡る因縁の解消が認められて、私と同じ最上級魔族に指名されたわ」

「「へ?」」

 二人とも目が点になる。リィナの上級魔族は知っているが、その上があるなんて初耳だった。

「リィナ、知ってた?」

「いや、そういうの興味ないし。というかミオンがソレだってのも初耳だ」

「いや、そこは知ってなさいよリィナ」

 呆れ返ったミオンが的確にツッコむ。

「し、知らないもんはしょうがないだろ! それで、その最上級魔族ってなんなんだ⁉︎」

 恥ずかしさを隠すように頬っぺたを膨らませたリィナに、ミオンがやれやれと説明する。

「分かりやすく言うと、ルーナやこの世界にとって最も重要な存在ってこと。もちろんただの称号じゃないわ。それだけ重要人物ってことは生活支援金も跳ね上がる。政府で言うと大臣みたいなものね」

「フォッ⁉︎ そ、それっていくらくらい上がるんだ⁉︎ 毎日打ちに行けるくらい貰えるのか⁉︎」

「リィナ、その例えは最悪だよ……けど確かに気になる」

 強欲魔族リィナに呆れながらも、やはり司も聞かずにはいられない。二人して身を乗り出した。

「……まあ毎日打つのは楽勝ね。一人当たり年にだいたい一千万。ぶっちゃけ司君が働く必要もないわね」

「「…………え」」

 そこで二人は固まった。二人合わせて年間二千万の収入。その信じられない数字に思考が追いつかない。

(いっせんまん……いっせんまんって何だっけ?)

「まあこれはあの封印が新たな観光名所になるって期待と、貴方たちとワルプルの決戦動画。あれで名古屋の知名度がさらに爆上がりしたから与えられる謝礼みたいなものね…………ってあれ? 二人とも聞いてる?」

 もちろん二人は聞いていない。放心したように目をパチクリさせている。そんな二人の様子が面白くて、ミオンのイタズラ心が疼いた。

「……これで子供ができても安心ね?」

 止まった時が爆速で動いた。

「ばっ⁉︎ ばばばばばバカミオン‼︎ ななな何言ってんだバカーッ‼︎」

「ぼぼ、僕たちはまだそんな関係じゃないよ! 変なこと言わないでミオンさん!」

「あらー、そんなに慌てちゃってー。まだまだ初々しいわね二人とも。お姉さんキュンキュンしちゃう」

 完全に茶化しモードに入ったミオン。ニヤニヤしながら二人を眺め、一人で楽しんでいる。

「いい加減帰れ! もう用事は済んだだろ⁉︎ さっさと消えて藤原とヨロシクやってろ!」

「ふふ、そうさせてもらうわ。せっかくのイブにこれ以上邪魔しちゃ悪いものね」

 売り言葉に買い言葉。最近藤原と復縁したミオンは、余裕たっぷりにそう返すと立ち上がった。司とリィナは茹でダコより赤くなり、頭から湯気が上がっている。

 そんな二人を残しそそくさと玄関に向かうミオンだが、最後に優しい顔に戻り、二人を祝福した。

「幸せにね、二人とも」

 ガチャリと閉まるドア。台風の背中を見送った司は、まだ赤い顔のままリィナに話しかけた。

「み、ミオンさんには困っちゃうよね。あんなこと言ってさ」

「……一千万……人生優勝確定演出……」

「そっちかよ」

 

 ――その後なんだかんだ時間が過ぎ、二人は平穏なクリスマスディナーを満喫した。

 壁には二人で飾り付けたクリスマスカラーの装飾。部屋の隅には安価で買った小さなツリーがチカチカと光り、リィナが百均で買ったオレンジ色のLEDライトが部屋を穏やかに照らしている。

 小さな食卓には骨だけになったチキンと、少しだけクリームが付いたケーキフィルムが残り、窓の外は名古屋では珍しい雪がひらひら舞っていた。

「ふぃー、お腹いっぱいだー。このケーキ美味かったな」

 コンビニで買ったショートケーキに満足したリィナが、となりに座る司の肩に頭を預けた。

「うん、最近のコンビニケーキはクオリティ高いね」

 司も大満足。頬をくすぐるリィナの銀髪を感じながら、その肩を抱き寄せる。

「うへへ。それじゃあ司、毎年恒例のアレやるか」

「りょーかい。今年は僕からのターンだね」

 出会ってから毎年やっていたプレゼント交換。去年はリィナからパチンコ景品のマフラーを渡し、司はリィナが好きだと言っていたチョコレート菓子を渡した。

 その例に漏れず、司はゆっくり立ち上がり、部屋の隅に置いてあった紙袋からソレを取り出した。

「……はいリィナ。メリークリスマス」

 リィナの正面に座り直した司がプレゼントを渡す。お揃いのマグカップ。二人の大切な思い出を残すための、白くて可愛らしい写真立て。そしてリィナの角を寒さから守る、白い毛糸のホーンニット。これは魔族の女の子の間で流行している商品だ。

「おー、どれも司の愛がビシバシ伝わる。こんなにたくさんいいのか? どれも嬉しすぎて私が溶けちゃうぞ?」

 一つひとつ手で撫でながら顔をトロけさせるリィナ。全てリィナのことを考えて買ったプレゼントを喜んでもらい、司も「ふへへ」とはにかむ。

「うん、受け取って。リィナに喜んでほしくて選んだんだから」

「……ありがとう司。どれも一生大切にする。えへへへ」

 腕に抱え、愛おしそうに全てを抱きしめるリィナ。

(良かった、リィナがこんなに喜んでくれて)

 それだけで司は満たされていく。リィナへの想いで溺れそうになる。

 リィナはひとしきり堪能すると、司をチラッと見上げ、「よ、よしっ」とどこか緊張したように顔を上げた。

「今度は私からのプレゼントだな。……その、ちょっと準備するから待ってて。んで、私が良いって言ったらこっち来て?」

「え? 準備?」

 司のプレゼントを食卓に置いて立ち上がるリィナ。手には昼間買った紙袋を抱え、寝室の扉をカチャリと締めてしまった。

(な、何だこの状況。……そういえば咲希と相談したとっておきのプレゼントって言ってたな……準備ってなんだろ?)

 初めての事態にソワソワする司。寝室からは微かにパサリと布が落ちるような音が聞こえ、シュルシュルと聞き慣れない音に変わっていく。

(ヤバい、変な想像するな)

 しばらく待ち、音が止んだ。静寂が司の緊張を高めていく。

 そして――。

「い、いいよ司。入って、きて?」

 リィナの緊張した声が聞こえ、司は息を呑みながら扉を開けた。

「…………え?」

 その光景を見た司はカチンと固まった。なぜならそこには――。

「こここ、今年のプレゼントは……私自身だ。……ええっとその、私の初めて……受け取って……?」

 赤いリボンで自分をラッピングしたリィナが、羞恥心全開の表情で布団に座っていた。大事な部分はリボンで隠れているが、肩やお腹、太ももは、月明かりにより青白く、そして幻想的に照らされている。

「…………リィ、ナ……?」

 司は吸い寄せられるように近付き、リィナの華奢な、だけど少女らしい健康的な体付きに、目眩が起きそうになる。

「ううぅ……そ、そんな目で見てないでなんとか言ったらどうだ! ……じゃなくて、早くこっちに来てよ司」

 ゆっくり近付く司に我慢できず、リィナが立ち上がる。震える手を司の首に回し、熱すぎる体温で顔を引き寄せる。

「咲希に借りた少女漫画で勉強した。そ、そういうサイトもちゃんと見た。……だから、その……私に任せて、いいぞ? ……んっ」

 重ねられる唇。今までとは覚悟が違う、意味が違う、求めるような口付け。

 司はされるがままになりながらも、ようやくプレゼントの意味を理解した。

「……はは……リィナって、ほんと大胆だね。……ごめんね、リィナにここまでさせて……」

「そ、そうだ、とっても恥ずかしいんだからな」

 自分の情けなさに泣きそうになる。だけど泣くのは今じゃない。自分が不甲斐ないせいでリィナは涙目で勇気を振り絞っている。

(好きだ。リィナの全部がほしい。もう我慢なんてできない)

 抱きしめ返し、今度は自分からキスを降らせた。

「愛してるよリィナ。こんなに最高のプレゼント、ありがとう」

 リィナの唇からしっとりした首筋、鎖骨にキスを落としながら、左手で彼女の可愛らしい角の根本をそっと撫でる。

 その途端、リィナの体はビクンと震えた。

「にゃわっ⁉︎ ま、待て司、今角触るのはナシ! 私から! 頑張って勉強した私からするんだー!」

「うわっ⁉︎ リィナこそ待って! それはナシ! タイム! タイム!」

 途端に銀糸が煌めき司の自由を奪う。そのまま布団に押し倒された司に、リィナが上から覆い被さった。

「こうなったらこっちのもんだ……見てろ司、私が完全に骨抜きにしてやるからなー!」

「ムード! 雰囲気を大事にしてよリィナ! ……ひうっ⁉︎」

 

 恋人たちを祝福する聖夜。『尾張荘』の一室では、二人の魔力が溶け合い、いつまでも混じり合っていた。

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