第31話 パチンカスが異世界を救う
***
リィナは夢の中にいた。どこを見ても真っ白で、時が止まったように静かな夢の中に。
幼い頃に消えた両親が、自分を挟むように抱きしめている。
絹のような銀髪を腰まで伸ばした美しい母親。肩の高さの黒髪と、知的な顔立ちの父親。どちらも最期に見たのと同じ、絹のローブを纏っている。
長い間忘れていた、大好きだった両親。二人は涙を流しながら、震える体でリィナを抱きしめていた。
「ごめんねリィナ……ずっと寂しい思いをさせて」
「すまない……だけど何も言えなかった……最期にリィナの悲しむ顔を見たくなかったんだ……」
分かってる。分かってた。司にノワの話を聞いた時に確信していた。だけど素直になるには時間が経ち過ぎていて、誤魔化していた。
(やっぱりか……だけど、もういい……)
憎んでいたはず。恨んでいたはず。だけどその想いは嘘のようになくなり、静かな水面のように心が落ち着いている。
「もういい。それより離れろ。暑苦しくて敵わん」
それだけ言い、頬っぺたを膨らませる。その仕草は口調とは裏腹に幼い頃と同じで、両親の顔は自然とほころんだ。
「……それで? 私は死んだのか? ワルプルは……司はどうなった?」
それが彼女の最優先事項。両親への複雑な想いすら押しのける彼女の生きる意味。
両親は顔を見合わせると、優しく微笑んだ。
「リィナは死んでなんかいないわ。魔力を全て失って仮死状態になってるの」
「司君も無事だよ。それにワルプル君は過剰な魔力で気絶したみたいだ。トドメなんて物騒なことしなくても大丈夫」
「……そうか」
胸を撫で下ろす。心配ごとが解決し、心に余裕が戻ってくる。
「そうだ。私たちはあの封印を再構築しないといけない。純粋な魔力のみを異世界に送り出す形に変えてな。だから力を貸せ」
それが司の考えた異世界救済法。司とリィナ。そしてノワとリィナの両親による協力プレイ。司とリィナが思い描き、能力を全開にする。封印に溶け込み、一体化した両親ズがその形に再構築・維持するというアイデア。
両親は全て知っているかのように頷いた。
「もちろんよ。本来なら能力者の魂を使わないとできないけど……」
「ああ、僕たちとあちらのお母さんが一体化してる現状なら、そんな代償必要ない。愛する娘とお婿さんのためにも張り切らせてもらうよ」
「な、何を言ってるんだバカ親! お婿さんだなんて流石に気が早いだろ!」
父親の発言にリィナが分かりやすく慌てる。ちゃっかり『愛する娘』と言った部分には気付いてもいない。そこで母親が「ふふっ」と微笑んだ。
「あら、そうかしら? だってあの子……こんなにリィナのこと好きみたいよ?」
「なに?」
意味深な母親の言葉にリィナが顔をしかめる。すると夢の中全体に響くような囁きが、リィナの耳に届いた。
『――愛してるよ、リィナ』
――と、同時に唇に感じる彼の温もり。夢の中にいるのに妙に鮮明で、柔らかく、頭の芯からトロけそうになる。
「な、なななな、まさかこれって!」
「若いっていいわね。あんなに情熱的なキスまでされちゃって」
「……父さんとしたら許しがたい」
確定。どういう理屈かは分からないが、両親は外界の様子を見ているらしい。だがそんなことどうでもいい。司に告白された。キスもされた。それだけでリィナの胸は司への愛で爆発した。
「うひひひ、ぐへへへへへ……ちゅかさが愛してるって……キスもしてきた……幸せすぎて死にそう……力が、魔力が噴火しそうだああああああッ‼︎」
ギュドッ‼︎ とまるで活火山のように噴出する魔力。それはワルプルに吸収されたモノよりさらに力強く、夢の世界全てを包む虹色の光。
「私はもう行く! 一刻も早く告白の返事をしないといけないからな!」
猪のようにどこかへ飛び出そうとするリィナ。夢の出口がどこか知らないが、今のリィナには些細な問題だろう。
「あっ! 待ってリィナ! その前に大事なことを伝えてなかったわ!」
「へ? なんだママ?」
つい素直にママと呼んでしまった。やはり今のリィナには些細な問題だが、母親は目を見開いて喜んだ。
「封印の再構築は可能だ。だけど肝の部分――欲望を純粋な魔力のみに変換するのは僕たちにはできない」
「は? 役立たずかパパ?」
もはや呼び方などどうでもいいリィナが率直すぎる侮辱をする。しかし父親はダラシなくニヤけた。
「だけど安心してリィナ。貴方のその指輪、きっとそのために創られたものだから」
「…………人生始まリング……まさか、カイのやつこの時のために?」
魔力変換回路が内蔵された指輪。これこそがカイの狙い。司とリィナを信じ、ミオンが呆れるほどの薄い希望に賭けた、ご都合主義のハッピーエンド。
「……そうか、生き返ったら許してやるか。でもその前に……」
カイの目的を悟ったリィナがニヤリと笑う。そして両親に向け、明るい笑顔を咲かせた。
「じゃあなパパママ! 私と司の愛の物語を封印の中から見守っててくれ!」
そうしてリィナは優しく明るい夢から飛び起きた。残された両親は、娘の赦しと成長に涙を浮かべ喜んでいた――。
***
「――司ぁっ! 私も愛してるぞ!」
「ひえあっ⁉︎ り、リィナ⁉︎」
突然ガバッと飛び起きたリィナ。彼女を腕で支えていた司の鼻先に、リィナの頭突きがブオッと掠めた。
「ちゅかさ! もっかい告白! もっかいちゅー! リプレイプリィズ!」
しかもやたら発音の良いプリィズで唇を突き出してくるリィナに、司は目を丸くする。
(鼻先危機一髪……じゃなくて、それより……)
いつも通り……いや、いつも以上に元気な彼女の姿に目頭が熱くなり、胸が詰まる。今すぐにリィナを抱きしめ、もう一度、何度でも、愛を告げキスをしたい。――二人きりならば。
「うおおおおお! 『銀糸姫』の復活演出! 勝利確定だああああ‼︎」
すぐに二人を雄叫びが包んだ。見ると二人は大量のギャラリーに囲まれ、その中にはミオン、藤原、カイ、ザラやリューランなど、見知った顔がいくつも混ざっている。
皆リィナの復活を喜び、二人の愛を祝福していた。そして二人のすぐそばには――。
「……俺の――いや、僕の負けだ……うっぷ……。煮るなり焼くなり故郷を救うなり好きにしろ」
酔っ払いのように口を押さえ、胡座をかくワルプルがいた。その顔には険も憎しみも剥がれ落ち、彼本来の優しい少年のような顔付きになっている。
これはリィナに泣きつく司の姿が、妹を失った時の記憶を蘇らせた結果。そして二人の熱すぎる愛を目の当たりにしたワルプルとしたら、素直に負けを認めるしかなかった。
「な、何だこれ! どういう状況だ⁉︎」
「みんなリィナが気を失ってすぐに駆けつけたんだよ! さっきまでお通夜モードだったのに……」
「……なるへそ、把握」
状況を理解したリィナが苦い顔をする。せっかくの司からの告白を反芻する暇もない。
「リィナ、顔に出てる。それにまだ終わってないよ」
「分かってますよー。チャチャっと封印を再構築すれば良いんだろー? ちぇー」
子供のように不貞腐れるリィナ。そんな仕草すら愛おしく、目覚めてくれたことが幸せで、司はその言葉を口にした。
「――愛してる。世界で一番、誰よりもリィナを愛してるよ」
「ぴょわっ⁉︎」
超特大の不意打ちにリィナが固まる。しかしすぐに顔を茹でダコのように赤くさせ、プルプルと俯いた。
「…………うん、私も司のこと……死ぬほど愛してるよ。えへへっ」
トロけきった顔で無垢な笑みを浮かべるリィナに、司も顔が熱くなる。ギャラリーが居てもお構いなし。名古屋カーニバルの熱気は最高潮に達し、二人を狂乱の叫びが叩いた。
「激アツすぎんだろお前ら‼︎」「俺も愛してるぜちくしょおおおお‼︎」「もちろんライヴ配信で垂れ流してっからなー‼︎」
暑苦し過ぎる現実に引き戻された二人は、ハッと顔を上げた。そして手を取り合い、リィナの銀糸で紡がれた翼で、夜空に鎮座する封印に飛び立った。
「リィナ、アレを再構築するとして、どんな形にするか決めた?」
「もちろんだ! 私といったらアレ! 名古屋といったらアレに決まってる! 私に合わせろ司ー!」
「…………え、まさか」
驚愕する司に構わずリィナが腕を突き上げる。無邪気で明るい、司の大好きな笑顔に何も言えなくなる。
「ママさん! パパママ! 私と司に力を貸せー‼︎ 司も能力全開だー‼︎」
「あーもう分かったよ! こうしたらいいんでしょ⁉︎」
二人に呼応して封印が解けていく。金鎖と銀縄が虹色に輝き、形を変え、黒いゲートを包むように機械的な形を織り成し、やがて見覚えのある形へと変貌していく。
「そうだ、忘れるところだった!」
リィナが思い出したように指輪を外し、変形中の封印に投げ込んだ。赤い宝石はキラリと光ると、新たな封印の天辺にカチリとハマった。
「――うん、私のイメージ通り。完璧……いや、きゃんぺきなデザインだ!」
「……もういいや。ほんとにリィナらしい」
やがて名古屋全てを照らすような光が収まり、封印は新たな姿と機能に生まれ変わった。
それは魔族なら誰もが憧れるデザイン。見る者全てのギャンブル魂を刺激する、リィナと名古屋ならではの異世界救済装置。
――その日、熱田神宮の上空に黒、金、銀で造られた超巨大パチンコ台『パチンカスが異世界を救う』が出現した。
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