第2話エピソード②

「月詠姫――?」

とっさに声が出た。

何年前だったか、ニュースで話題になった神秘の少女。

1000年前の月詠姫に瓜二つだと騒がれた、あの――。

月詠神社の御祭神として、天照、須佐之男と並び称される日本三名神の一角。

(その少女が、こんな場末で――?)

目の前の少女は、ふいと顔をそらした。

「時間は、二時間です」

こちらの問いには答えず、カチリとタイマーを押す。

冷たく、事務的な手つきだった。

「いや、俺は……取材で来てるだけだ」

脱ごうとする少女を慌てて制止する。

少女の手が小さく震えた気がした。

「取材?」

少女の声はかすかに揺れていた。

「ああ。俺はフリーのライターだ。この辺りじゃ、血の三年の混乱で少女が拉致されてきて、強制的に働かされてるって噂があった。……それを確かめに来た」

部屋を見渡す。

生活感のない空間。内側から開かない扉。1つしかない窓には頑丈な鉄格子。

監禁。疑いようのない事実。

「君は、ここに――無理やり、連れてこられたんだろ?」

しばしの沈黙。

少女は答えなかった。ただ、かすかに、肩が震えていた。




・・・




ベッドに座り、窓の外を眺めながら黙り込む少女。

タイマーはすでに30分を回っていた。

俺もその場に座り、どうしたものかと考える。

(しかし、月詠姫の写し身とはよく言ったもんだ。)

月明かりに銀髪が映える、腰まである長い髪。

吸い込まれるような青の瞳と、満月のような金の瞳。

こんなに神秘的な少女がいるなんて信じられなかったけど。

(フェイクニュースなんかじゃなくて、本当にいたんだな。)

「ここにきて」

「ん?」

少女がようやく、囁くように話し始めた。

「ここにきて、しなかったのは貴方が初めてよ」

「・・・そうか。そろそろ取材してもいいか?」

「・・・」

また黙り込んでしまった。(信用されてない?まぁそうだよな)

さて、どうすればこの少女は俺と話をしてくれるだろうか?

年齢は18前後か。

(若い女の子と話すなんて、そういうお店に取材に行く以外でないからなぁ)

しばらく考えても答えは出ないので、とりあえず喋る事にした。

「君の事はニュースで昔見たことがあったんだ。相馬にある月詠神社で、1000年前の月詠姫の写し身が生まれたとかいって一時期話題になったろ?」

「・・・」

「あのニュースは確か10年前とかだったか。俺も見てびっくりしたよ。しかしなんで急に騒がれたのかは不思議だったけどな。境内は撮影禁止だったのに偶然撮られちゃったとか?」

「・・・」

「行ったことはないが、相馬神社も結構大きいから管理するのも大変なんだな。そういえば、ニュースでは妹も一緒に写ってた気がしたけど、妹もここに・・・」

「妹の話はやめて」

鋭く、しかしどこか震えるような声だった。

青と金、異なる瞳が、月明かりを映して俺を睨む。

(あ、喋ってくれた――)

俺は思わず背筋を正す。

ぎこちなく、しかし必死に両手を合わせて頭を下げた。

「す、すまない。でも信じてほしい。俺はただ取材に来ただけなんだ。君をどうこうするつもりはない。だから、少しだけ、君の話を聞かせてくれないか?」

少女は一度だけ小さく肩をすくめた。

そして、まるで氷の膜がわずかに溶けるように、息を吐き出した。

「……タイマーは、もう50分を回ったの。本当になにもしないのね。」




・・・




「だから何度も言ってるじゃないか、取材しにきただけなんだって」

ようやく向かい合ってくれた少女。

ここからが本番か。

俺はメモ帳とペンをポケットから取り出し、記録する準備をする。

「最近はレコーダーとか、パソコンが主流だが、俺はアナログ派なんだ」

姿勢を正し、耳を傾け、少女を観察する。

取材において大事なのは聞くことではない。

まずは話してもらうこと。

これが大事だ。

「名前から、聞いてもいいかな?」

「月詠 玲(れい)」

「年齢は?」

「18歳」

「ここにはいつから?」

「2年前くらいから」

(血の戦争の最終期、日本が一番やばかった時か)

「部屋からは出られないのか?」

「ええ。基本的に出られない。ずっとそうよ。この2年、部屋から出た事は一度もないわ。」

「・・・」

(やはり強制売春か。)

あの、どこか人の気配だけが漂うボロアパートたち。今思えば、あれも……

「逃げるとか考えないのか?」

「無理よ。さっきの男と他何人かが交代でここを見張っているもの。」

「窓も鉄格子だしな。」

「前に逃げ出した子がいたわ。窓越しから見えたけど、その子はその場で両足を切られて連れて行かれた。ここは、そういう所よ。」

息を呑む音だけが、薄暗い部屋に響いた気がした。

「……そう、か。」

なんとか絞り出した声は、ひどく情けないものだった。

玲は、まるで天気を語るかのように淡々と言葉を続けた。

その表情は、窓の鉄格子と同じくらい冷たく、動かない。

「それに」

「ん?」

「それに、私に逃げる選択肢はないわ。私は、ここにいるしかないのよ。ずっと」




・・・




(さっきの妹に対する反応。関係してるとみて間違いないか。ただ、いきなり踏み込んで、また黙られてもなぁ。)

タイマーをチラリ見る。もう残り時間は20分前後。どこまで深堀りするか。

「あなた、どうしてこんな所に取材に来たの?」

少女からの突然の問。ここは無難に返しておくか。

「あぁ、俺は統一戦の取材でこっちにきたんだ。ただ、他にもネタがないかと探していてね。たまたま強制売春の噂を耳にしたことがあったから、ちょっと潜入してみたんだ。」

「統一戦?」

「知らないのか?」

「外の事を私が知ると思う?」

そう言って部屋を見渡す。テレビもないスマホもない。情報は一切入ってこない。

(唯一の情報源である客も、頭の中はする事しか考えてないってか)

「すまない。じゃぁ今の日本がどうなっているかも知らないのか。」

とりあえず手短に今の日本と統一戦について説明する。

「それで、昨日いわきに会津・郡山連合が宣戦布告した。1週間後統一戦が行われる。多分連合が勝つだろうな。その後は残ってる最後の領地、君の故郷の相馬に乗り込んで、そこでも連合は勝つと見てる。そのまま福島は統一されるだろう。」

俺は自分のスマホの中にあるアプリを少女に見せる。

「rebootJP??」

「そうだ。意味は、再起動の日本ってことらしい。」

そのまま画面をスライドさせ、今の福島の勢力図を見せる。会津・郡山連合の代表者の顔を見た途端、少女の顔つきが変わった。

「どうかしたか?」

「・・・・・これに出て、負ければ代表者は死刑・・・なんですよね?」

「原則はな。代表者ってのは領地の長だ。そういうのは生かしておいたら何をするかわからない。だから、負けた領地の代表者は基本的に死刑、代表戦に出た者は投獄が普通だな。20年は牢屋暮らしだ。」

少女は固まったまま、動かない。




・・・




タイマーが残り3分のアラームを鳴らす。少女が我に返った。

「私を、私をこれに出してください。お願いします。」

突然土下座する少女。

「おいおい一体どうしたってんだ?」

「お願いします。私はこの統一戦に出たいんです。お願いします。」

「むちゃ言うなよ。まず統一戦に出るには領地が必要なんだぜ?君はこんな所にいて、正直領地もくそもないだろうよ。それに、そもそもここから出られないなら統一戦に出られるわけがないだろう?」

「それでも、それでも私は出たいんです。お願いします。」

顔を上げ、まっすぐに俺を射抜く青と金の目。その瞳が危なく揺らめいている。

(復讐?反旗?恨み?どっちみち、そっちの感情だな。)

「すまない。さっきも言ったが俺はただのフリーのライターだ。俺1人にどうこうする力はないよ。ただ、今日の話は記事にしよう。それを見た誰かが協力してくれる事を祈るんだな。保証はないが。」

タイマーが虚しく終わりのアラームを鳴らす。

内線が鳴るが、少女は出ない。

その場で固まったまま、ただ俺をまっすぐに見つめていた。

「出なくていいのか?」

「お願いします。私を、統一戦に参加させてください。」

必死に声を押し殺すような少女の願い。俺は、何も言えなかった。

──ガチャリ。

唐突に、ドアの鍵が開く。

「お客さん、終わりです。」

手に棒を持った男が立っていた。

俺は何もできない。

そう最後に少女に目をやり足早に部屋を出る。

扉が閉まる──

「終わったら内線を入れる!なども説明しただろうが!」

何かが叩かれる音。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

少女の悲痛な叫び声。

「妹がどうなってもいいんだな?これはあの人に連絡を入れたほうがいいか?」

「それだけは。ごめんなさい。ごめんなさい。」

「反省が足りないな。これから他の見張りを呼ぶ。今日はしっかり再教育してやる」

俺はそこまで聞いてアパートを後にした。


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