第112話 癒しの雫
やがて、俺の作る料理が次々と完成した。
広場に集まった風の民たちの前には、湯気の立つ温かいシチューが、そして、まだ少し距離を置いてこちらを伺っているクラウド・シープたちの前には、優しい香りのする特製のグラノーラ風が、そっと置かれた。
「さあ、皆さん、どうぞ。温かいうちに召し上がってください」
俺が言うと、風の民たちは、長老エオルに促され、恐る恐るシチューの入った木の器を手に取った。そして、一口、また一口と、その温かいスープを口に運んでいく。
「……!」
「……お、美味しい……!」
「なんだ、この……体が芯から温まるような、優しい味は……」
「野菜は甘く、キノコは香り高い……。我らが普段口にする木の実のスープとは、全く違う……!」
風の民たちの間に、驚きと感動のどよめきが広がっていく。彼らの食文化にはなかったであろう、炒めてから煮込むという調理法や複数の食材の旨味を組み合わせるという発想。
そして何より、俺の料理に込めた「元気になってほしい」という思いが、彼らの心と体に温かく染み渡っていくようだった。
一方、クラウド・シープたちは、まだ警戒してなかなかグラノーラに近づこうとしない。
「……大丈夫ですよ。怖くないですよ」
レイナさんが、そばで優しく、そして美しい癒しの歌を口ずさみ始める。彼女の歌声は、島の風と共鳴するように穏やかに響き渡った。
すると、その歌声とグラノーラから漂う甘く穏やかな香りに誘われたのか、一頭の若いクラウド・シープが、おそるおそる一歩を踏み出し、グラノーラをくんくんと嗅ぎ、そして、ぺろりと一口なめた。
「…………メェ……♪」
そのクラウド・シープは、気に入ったように嬉しそうな鳴き声を上げ、夢中でグラノーラを食べ始めた。その様子を見て、他のクラウド・シープたちも、次々と集まってきて、あっという間に特製グラノーラは空になった。
そして、信じられないことが起こった。
料理を食べ終えたクラウド・シープたちは、すっかり落ち着きを取り戻し、リラックスした表情で俺たちに近づいてきたのだ。
そして、一頭のひときわ大きなメスのクラウド・シープが、俺の足元にそっと寄り添い、感謝するように「メェ……」と鳴いた。
すると、その体から、まるで雲が湧き出るように、白く、そして少しだけ温かい、不思議な液体が、ぽたり、ぽたりと滴り落ち始めたのだ。
「こ、これは……! 『雲の雫』じゃ!」
長老エオルが、驚きと喜びの声を上げる。
心を閉ざし、全く出してくれなくなっていたという、貴重な雲の雫。
俺たちの料理と真心が、クラウド・シープの心を癒し、恵みをもたらしてくれたのだ。
俺は、キコが差し出してくれた器で、その貴重な雫を大切に受け取った。乳白色で、ほんのりと甘い香りがする、まさに天からの恵みだ。
「……信じられん……。外界の者の料理が、これほどの奇跡を起こすとは……」
エオルは、俺たちのこと、そして俺の料理を、完全に認めてくれたようだった。その瞳には、深い感謝と尊敬の念が浮かんでいる。
「料理人殿、そしてその仲間たちよ。お前たちは、我ら風の民と、クラウド・シープの恩人だ。この御恩にどう報いればよいか……」
エオルが深々と頭を下げる。
「いえ、俺たちは、ただ美味しいものを食べてもらいたかっただけですから」
俺がそう言うと、エオルは静かに首を振り、空の彼方……島のさらに上空に渦巻く、不穏な嵐雲を指差した。
「ならば、我らの憂いの元凶を取り除くために、力を貸してはくれまいか。あの嵐雲の中に、この島の調和を乱す、邪悪な空の魔物が巣くっている。奴を追い払わぬ限り、クラウド・シープたちの安息は訪れぬ」
そして、エオルは続けた。
「そして、あの嵐雲の中には、邪悪な魔物の魔力にも屈せず、自ら輝き続ける、不思議な光の花畑があると、古くから言い伝えられておる。その花々が集めた蜜こそが、お前たちが求めるもう一つの食材……『スター・ハニー』かもしれん」
空の魔物の討伐、そして、スター・ハニー。
クラウド・シープの肉は手に入らなかったが、「雲の雫」と「スター・ハニー」という、二つの素晴らしい食材を得るチャンスが、目の前にある。
そして何より、この風の民たちを救いたい。
「分かりました、エオルさん。その依頼、お引き受けします!」
俺は、仲間たちと顔を見合わせ、力強く頷いた。次なる目標は、嵐雲に潜む空の魔物、そしてその先に待つ、星の蜂蜜だ。
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