このままで
子律
プロフィール
2024年10月
濃い日々が幕を開けた
学年1背の高い眼鏡をかけた男の人
歳が少し離れているらしい
私は1度見た人の顔と雰囲気を即時に記憶する
そしてその一瞬で情報が処理され
その人のプロフィールが作成される
このプロフィールは書き足されることはあっても
書き換えられる事はない
彼は私とは合わない
仲良くなれないしなりたいとも思わなかった
行事で校外に出た時に強く感じた
彼の世界があり踏み込んでは行けない気がした
全く動かない表情、感情、空気
彼を纏う全てに恐怖すら感じた
2025年1月中旬
校内で成果発表の場が設けられ稽古に入った
もちろん彼も同じ稽古場にいる
やはり怖い
何を考えているのか、感じているのか
全く情報が読めなかったのだ
低くて脳と心に強く響く声
珍しいタイプの声で
そこだけはとても好印象であった
稽古を見ていると面白かった
あんなに自らの情報を出さない人が
笑顔や明るい空気を纏っていたのだ
この空気は知っていないと纏う事はできない
この日を境に彼にものすごく興味を持った
「彼寡黙で私苦手かも」
そう友人に本音をこぼしてみた
「冗談とか普通に言うよ、面白いよ」
友人を初めて疑った
私の頭が彼を「寡黙」だと処理したのだ
間違っていないはず
そう信じて疑わなかった
友人の情報が確かなら…
そう思いながら稽古を進めていた
あれから少し見方が変わった
実は人と話すのが好きなのではないか、と
友人と彼がテーブルを囲んで
楽しそうに会話をしていたのが目に入った
詳細は伏せるが内容は世にいう下ネタだ
正直私はそういう話は得意
何より話に入りやすい
私が最初苦手だと判断したんだ
今更向こうに嫌われても何とも思わない
そう思い話に参加した
衝撃だった
友人の言う通りだったのだ
冗談は言う
時たま笑顔も見せる
なんだ、ちゃんと人間じゃないか
とにかく楽しくてその場が過ぎるのが早く感じた
こんなにも楽しく会話するのはいつぶりだろう
自然と湧いてくる笑い
不思議と柔らかくて明るい空気に包まれる
だがあくまで稽古中
友人は指導者に呼ばれ稽古に戻ってしまった
彼と二人きり
さっきと何ら変わらないはずだった
普通に会話をして普通に彼を見たつもりだった
「どうしたの」
彼が急に私に対して言葉を吐いた
どうもしていないはずだ
彼は周りが良く見えていて変化にも気付く
どうやら私は友人がいなくなってから様子がおかしかったようだ
前のめりだった体は後退
目を見て話していた視線はチラチラと動く
明るかった声は低く暗く落ち着いている
まるで彼を避けるかのように
自覚がなかった
普通にしているつもりだった
彼に言われてからおかしいと思えた
確かに言う通り様子がおかしい
この日から彼が私を狂わせた
その日の帰り
自分へ多くの質問をした
「何故距離を取ったのか」
「何故目を見て話さないのか」
「何故声のトーンが下がったのか」
「彼の、そして私の何がそうさせたのか」
最初は苦手意識があったからだと思った
ならばこの反応に示しが着く
だが違う、違ったのだ
あの時彼の笑顔を見て安心したであろう
彼の笑顔を見て話して楽しかったであろう
笑顔を見ていたいと思っていたであろう
私は彼の顔が正直素敵だと思ったんだ
その上笑顔がものすごく眩しくて惹かれる
振り返ると声もかっこよかった
低くて脳と心に響くあの声
ここまで人をかっこいいと思ったことがなかったので驚いた
彼を思い出すと少し顔が熱くなる
この時点ではまだ
「顔と声が物凄い良い同じ学校の人」
そう、この時私には恋人がいた
他の人にこの話をすれば浮気者に見えるだろう
そう思い次の日から私は彼を避けた
会話は一切しない
声をかけてくるなと言わんばかりの冷たい空気も纏わせて
もちろん顔も見ない
正直話したかった
だが顔を見るだけで照れてしまう
声を聞くだけで照れてしまう
それでは結局浮気者に見える
これでいい
私の評価が下がる事はしない
稽古に影響がなかったため問題ないように見えた
2025年2月23日
千秋楽を迎え生活が穏やかになる日
1年と1ヶ月続いた恋人と別れた
理由は些細なこと
相手がゲームにハマってしまって連絡が上手くとれなくなったから
ただそれだけだった
でもきっとそれより前から冷めていたんだろう
熱量の差
時間にルーズ
オシャレより楽を選ぶ
自分に甘く人に厳しい
今思い返せば嫌な要素は沢山あった
ゲームの件で限界に達したのだろう
これで私も自由の身
この日からより一層学校への意欲が上がった
今日は学年1仲のいい友人と通話の約束がある
稽古や元彼の話でもしよう
そう考えていた
流石は我が友
会話がとてつもなく面白い
元彼の話もよく聞いてくれて気が楽になった
このまま楽しく夜が更ける
はずだった
彼が話題に上がったのだ
衝撃が走った
どう反応したらいいのか分からなかった
彼とは長らく会話をしていないのだから
いやいい、この際だから言ってしまおう
「彼のことで相談がある」
顔と声がかっこよくて話せないと
微量だが全身にまとわりつくような汗をかいた
言うんじゃなかったと答えを恐れた
彼女は笑いながら答えた
「この前避けられてる気がするって言われたよ」
信じられなかった
もう彼には嫌われていると思っていたからだ
話題にすら上がらない人だと
その瞬間申し訳なさで心がいっぱいになった
謝らなければ
今までしていた行動とその理由を全て
次の日
行事で学年全員が集まった
もちろんその中に彼もいた
久しぶりに見てみたがやはり恥ずかしい
だか今日は覚悟を決めてきたのだ
弁解しなくてはならないのだから
帰りの挨拶後
彼の元へ
「一緒に帰りませんか」
これだけで物凄い勇気を振り絞った
本人や周りにどう思われるか
怖くて仕方なかった
覚束無い足取りでエレベーターに乗る
友人との通話でかいたのと同じ汗
気まずい
話せるはずもないのに1つの狭い空間に2人きり
校舎を出てからもイマイチ会話が出来ない
最寄り駅がどんどん大きく見えてくる
途中で後ろから誰かが入ってきた
稽古を通して仲良くなった彼と共通の友人だ
あぁ、これでちゃんと話せる
ありがとう友よ
それからちゃんと全て弁解した
1度話した日にかっこいいと思ってしまったこと
そこから悪い印象をつけないように避けたこと
嫌な気持ちにさせてしまい申し訳なかった、と
かっこいいと言ってしまったけれど笑ってくれた
姿勢を低くし目線を合わせて話してくれる
必ず目を見ている
だが周りも見ていて人が通りそうな時は避ける
この時やっと人として魅力的に見えた
彼をちゃんと評価出来たのだ
書き換えることのないはずの彼のプロフィールは
「寡黙」から「親切」に書き換えられた
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