第6話 蝉 『こえのしるし』

朝から蝉が鳴きしきっていた。

夏の光が白く地面を照らし、空気は揺れていた。


僕と拓真は、町はずれの神社の裏山に来ていた。

手には虫取り網。

小学生のころから、夏になるとここで蝉を捕まえるのが恒例だった。


でも、今年は違う。

拓真は、来週、遠い街へ引っ越す。


「お前、どこ行っても、すぐ友達できるよ」


無理に明るく言ったけれど、

網を握る手に、力が入りすぎていた。


「お前も、すぐ遊び相手見つけるって」


拓真も同じように、笑った。

だけど僕らは、互いの嘘に気づいていた。


耳をつんざく蝉時雨の中、

二人は黙って木を見上げた。


バサッ、と網を振る。

外れた。

蝉は高く飛び去っていった。


何度も、何度も。


だんだん汗と埃にまみれて、息が荒くなる。

だけど、僕らは諦めなかった。


最後に、拓真が一匹、アブラゼミを捕まえた。


「やったな!」


僕は声を上げた。

拓真も、白い歯を見せて笑った。


網の中で、蝉は暴れている。

短い命を、精いっぱいに叫んでいた。


「なあ」


拓真がぽつりと言った。


「この声、きっと、どこにいても聞こえるよな」


僕はうなずいた。

蝉の声が、僕たちの夏を繋ぐしるしになる。


拓真はそっと網を開けた。

蝉は勢いよく飛び立ち、空へ、空へ消えていった。


高く、高く、

まるで僕らの夏を乗せていくみたいに。


──


蝉。

短い季節に、声を残し、空へ還るもの。

僕たちの夏も、きっと、空に刻まれた。


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