第2話 「たけのこ」が全てを邪魔するけど保護案件です

「いやぁ、助かりました。毒キノコと生き埋めのせいで危うく死ぬところだったのを助けてもらった上に、ご飯までご馳走してもらって……」


「……はぁ、まぁ」


 エルフさんがそう言って頭を下げたけど、僕は曖昧な返事を返した。


 見目麗しいエルフさんが、僕が持ってた襟のところが少しだけデロンとしてる白Tシャツを着て、ラーメンを啜っているだけでもノイズなのに……。

 やはり、額から消えてない「たけのこ」の文字が僕の思考へのノイズすぎる。


 エルフさんは黙ってるはずなのに、文字がうるさくて思わず「黙ってください」って何度言いかけたか……。


 うまく言えないけど、なんか……。

 エルフさんが色々と言ってても、僕が何を考えていても……僕の頭がエルフさんに書かれている「たけのこ」を認識してしまって、だいぶ認識や思考を阻害されてしまっているのだ。


 すごいな。恐るべし「たけのこ」。


 ……そこまで考えてから、ふと我に返った僕は思考をリセットして考え直す。


 僕、ゆっくりしたくて山に来たんだけど。

 なんでこんな厄介ごとの塊みたいなエルフを引き寄せたんだろう……。

 で、このエルフどうしよう……。


 僕は「何かお礼をしないとですね〜」と異様にポヤポヤした空気で言うエルフを、ズズズッと自分の分のラーメンを啜りながら見て……そんなことを考えた。


 とりあえず村長には片手でスマホを操作して、LANEでトラブルがあって行けない旨を伝えたので……問題はないとして。


「その板何ですか?」


 ……とか言ってスマホを指さしてるエルフを放置とか、したらダメだよな。

 うん、倫理的に考えてそれはアウトだよな。

 現代社会でスマホを使わずに生きていくのとか……だいぶしんどいもんな。


 それに、毒キノコを口にして死にかけてたような人……人じゃないけど。

 まぁそういうエルフだもんなぁ……。

 1回助けた手前、この先ほぼ100%苦労しそうなのを承知で見捨てるわけにはいかないよなぁ。


「君、そういえば名前は何なんです?」


 どうするか決める材料はいくらあってもいいと思い、そう訊くと……。


「夕方の夕に一ヶ月のヶ、カタカナのノコで……夕ヶゆうがノコといいます」


 字面がまんまタケノコな名前が返ってきた。

 いや、まさか名前でもタケノコ主張してくるとは……まじか。


 横書きでも縦書でも、ふりがながなかったらもうタケノコだよ?

 絶対一回じゃ読めない名前だよな。


 この人多分異世界から来てるんだろうけどさ……文化が独特すぎんか。

 いや、まぁ、日本のキラキラネームも同じ部類か。


「実は私は少々込み入った事情を抱えてまして、その事情から敵対しているキノコ山のドワーフの娘に目をつけられて追いかけ回されてしまい……それを必死に避けてたら、ある日『結婚しなかったら殺す!』と言われて埋められた上に毒キノコを食べさせられてしまい、あんなことになっていた次第です」


 ……名前に関して僕が自己完結してたら、なんか一文でえげつなく重いことを言わなかったかなこのエルフ!


「激重メンヘラストーカーの被害者……!? そして死ぬじゃなくて殺す……!?」


 やめてよ!

 メンヘラドワーフとか某お菓子に似た山の名前とか、情報量が多いよ!

 そして、今のえげつなく重い話は話したのに話せない『込み入った事情』とか……もはや聞きたくないんだけど。


「めんへらすとぉかー……なるものは分かりませんが、まぁそんな訳で逃げることを願っていたら、この世界に来ていました」


 ああ……この時だけは、エルフさんこと夕ヶゆうがさんの額の「たけのこ」に感謝だ。

 意味不明すぎて怖いけど、重い話を中和してくれて今に限ってはめっちゃ和む。


「この山はどうやら、私の世界とこちらの世界にいる困っていて頼れる人がいないと思っている人……の一部を受け入れるゲートのようなものが開いているようですね。

 だから、私の魔力に反応してくれたようです。……魔法を使えば帰れそうなので、私は帰ろうと思います。本当にお世話になりました」


 そう思って、僕が夕ヶゆうがさんの目じゃなくて額を見ながら全力で現実逃避と思考をしていると、そんなことを言い出したので……。


「いやいやいや、ストップ!」


 とりあえず全力で止めた。

 いや、すっげぇ不思議そうな顔してるけどさ……現時点で「はいそうですか」って帰せる訳なくない?


 一応確認するけどさ……。


夕ヶゆうがさん、頼れる人いないんですよね? だからここに来たんですよね?」


「その、恥ずかしながら……?」


 頬を染めて恥ずかしがってるところ悪いけどさ……まず、いくら見目麗しくても男の照れ顔に需要はないからやめてほしい。

 それと、普通に考えて……それ聞いた上で帰せる訳ないよね?


 いや確かに厄介ごとの匂いしかしないし、巻き込まれるのはごめんだけど……。

 殺されかけた奴を、殺そうとした奴はいて頼れる奴はいない場所に戻せと?

 絶対無理でしょ。頷けません。


「僕にお礼、してくれるんですよね?」


「え、ぁ、はい……?」


 帰りたい? 知らん。


 どうしても帰りたかったら、なんか使ったら帰れるらしいから帰ったらいいけど……この人は今多分、逃げるって選択肢を無くしてるっぽいから。

 一旦引き留めて冷静になってもらうのが第一だよ、絶対……多分、おそらく。


「僕、山に引っ越したばっかりで人手が必要なんですよね……という訳で、しばらくの間お礼として、僕の作業を手伝ってくれません?」


 と、いう訳で……引き止めさせていただきます!


 どこまでもポヤンとしたままの夕ヶゆうがさんが頷いて、僕が心の中で「引き留める!」と叫んだところで……。

 山に来てすぐの僕を襲った不可思議な出来事は幕を下ろした。




「……はず、だったんだけど?」


 にゃあ。


 僕が頭痛に耐えて見上げると、下りかけていた幕を力技でこじ開けてきた猫が……そう大きく鳴いた。

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