第31話

 俺は今、王立騎士学園の広大な訓練場の一角に立っていた。


 なんで俺がこんなところにいるかって?


 それはまあ、リルナに「ハル様、今日の訓練、ぜひ見ていてください!」なんてキラキラした目で見つめられたら、断れるわけないだろって話だ。


 陽光が訓練場に敷き詰められた砂利を白く照らし、騎士候補生たちの気合の入った声と、金属がぶつかり合う硬質な音が、朝の静寂を破っている。


 俺の視線の先では、リルナが真剣な表情で魔法剣を構えていた。

 

 彼女の長い黄金色の髪は、今日は動きやすいようにとポニーテールに結い上げられ、白いリボンが風に揺れている。

 騎士学園指定の訓練服は、紺色を基調とした動きやすそうなデザインで、体のラインに沿った革のプロテクターが彼女の細いシルエットを引き立てていた。

 腰に下げた細身の剣は、いつものように丁寧に手入れされていて、朝日を反射して鈍い光を放っている。

 

「はあっ!」


 リルナの鋭い呼気と共に、剣が一閃される。

 しかし、俺の記憶にあるような華麗な炎は現れず、剣先からパチパチと頼りない火花が数えるほど散っただけで、あっけなく消えてしまった。

 まるで、線香花火の最後の輝きみたいに。


「くっ……もう一度!」

 

 リルナは悔しそうに唇を噛み、再び剣を振るうが、結果は同じ。

 何度繰り返しても、剣から立ち上るのは虚しい火花だけだ。

 剣を握る彼女の指先が、小刻みに震えているのが遠目にも分かった。


 周囲で見学していた他の同級生たちから、ひそひそと囁き声が聞こえてくる。

 

「おい、見たかよ、リルナのやつ。やっぱり全然ダメみたいだぞ」

「ああ。一時期、ハル様が来てから、めちゃくちゃ強くなったって噂だったけど……」

「もしかして、ハル様の『加護』ってやつも、もう切れちゃったんじゃないのか?」


 ……おいおい、俺のせいみたいになってるけど、俺、本当に何もしてないからな?


 心の中で全力でツッコミを入れるが、もちろん彼らに聞こえるはずもない。

 リルナの肩が、囁き声が耳に入るたびに小さく揺れるのが見て取れて、なんだか胸が痛んだ。


 その時、訓練場の隅から、鈴を転がすような、しかしどこか冷たさを帯びた声が響いた。

 

「所詮は偶然の産物だったということね。本物の才能とは違うのよ、リルナ」


 声のした方に目をやると、一人の少女が腕を組んで立っていた。


 ラナ=フォルティス。


 肩口で切りそろえられた艶やかな銀髪は、朝日に照らされてキラキラと輝き、まるで上質な絹糸のようだ。

 リルナと同じ訓練服を着ているはずなのに、どこか着慣れているというか、彼女が着ると一段と洗練されて見えるから不思議だ。

 透き通るような白い肌と、冷徹さを感じさせるアイスブルーの瞳は、「氷の剣姫」なんて呼ばれるだけあって、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


「ち、違います……私は……!」

 

 リルナがラナに向かって何か言い返そうとした、その時だった。

 彼女の手から力が抜け、カラン、と乾いた音を立てて愛剣が訓練場の土の上に転がり落ちた。

 

「あっ……」


 リルナの指先が、自分の意思に反するようにワナワナと震えている。

 額には玉のような汗が滲んでいた。


 見かねたのか、近くにいた恰幅の良い訓練指導官が声をかける。

 

「シェルフィード、調子が悪いなら休め。無理は禁物だぞ」

 

 指導官は、顔に大きな傷跡のある、いかにも歴戦の勇士って感じの厳ついおっちゃんだ。

 分厚い胸板には、騎士団の紋章が入ったプレートアーマーが輝いている。


 しかし、リルナは弱々しく首を横に振った。

 

「だ、大丈夫です!  少し……集中が乱れただけですから!」


 強がるように声を張り上げ、震える手でゆっくりと剣を拾い上げる。

 俺には、その声が今にも泣き出しそうに聞こえた。

 

 再び構えようとした瞬間、リルナの碧い瞳に、一瞬だけ、星が砕けたような眩い光がチカリと宿ったのが見えた。

 俺の気のせいか?  いや、確かに何か光ったような……。


 (今の、なんだ……?)

 

 その不可解な光景に、リルナ自身も動揺したのだろうか、彼女の集中は明らかに乱れている。

 

 ふと、彼女の視線が訓練場の隅に置かれた古い銅鏡に向けられた。

 そこに映る自分の姿に何かを見たのか、リルナは息を呑み、顔色をサッと変えた。


 まるで、信じられないもの、あるいは恐ろしいものを見たかのように。


「私は……できます……」


 リルナは震える声で、自分に言い聞かせるように呟いた。

 そして、俺の方を一瞬だけ見て、小さな、しかし俺にははっきりと聞こえる声で言った。

 

「ハル様の……名にかけて……!」


 その言葉に、俺の心臓がドキリと跳ねる。

 

 いや、俺の名前出されても困るんだけど!

 プレッシャーで押し潰されそうだ!


 彼女は最後の力を振り絞るように剣を振るう。


 しかし、やはり魔法は発動しなかった。

 剣先から虚しい火花が散り、訓練場の乾いた土をわずかに焦がしただけだった。


「……本日の訓練は、これまでとする」


 指導官の、どこか残念そうな声が響く。


 リルナは力なく肩を落とし、俯いたまま、重い足取りで訓練場を後にした。

 その小さな背中が、やけに寂しそうに見えて、俺は思わず声をかけそうになったが、言葉が出てこなかった。


 ラナは、去っていくリルナの後ろ姿を、眉間にわずかな皺を寄せながら見送っていた。

 

「……あの子、何か変だわ……。以前の不調とは、明らかに様子が違う……」


 いつもの冷たい口調とは少し違う、不思議そうな呟きが俺の耳にも届いた。

 そのアイスブルーの瞳の奥に、ほんの少しだけ、心配の色が浮かんでいるように見えたのは、気のせいだろうか。


 俺は、ただリルナのことが気掛かりで、胸の奥がもやもやするのを感じていた。

 

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