第20話

 その日、俺は朝の日課になっていたリルナとの軽い運動を終え、王宮の回廊を歩いていた。

 そこで再びラナに絡まれることになる。


 銀の髪を風になびかせ、いつもの白い制服に身を包み、凛とした姿で俺の前に立ちはだかる。


「もう一度だけ!」


 彼女の瞳には、以前よりもさらに強い決意の炎が宿っていた。


「もう一度だけでいいから、私と手合わせ願いたい!  今度こそ、あなたの力の正体を見極めてみせる!」


 真剣な表情で詰め寄ってくるラナ。

 彼女の腰には、家伝の魔法剣「フロストバイト」が光を放っている。

 その姿は威厳があり、本物の騎士の誇りが伝わってくる。


 俺は心底迷惑そうな顔をする。

 また面倒なことに巻き込まれるのか……。


 しかし、隣にいたリルナが「ラナさんにも、ハル様の真の偉大さを分かっていただく、良い機会です!  さあ、ハル様!」と、キラキラした目で俺の背中を押してくる。


 「お前はどっちの味方なんだ……」と思いつつも、リルナの期待に満ちた表情を見ると、断る気力が湧かない。

 結局、俺は渋々、ラナとの再戦(?)を受けることになった。


 王宮の広い訓練場には、多くの見物人が集まっていた。

 騎士たちや侍女、果ては一部の大臣までもが、この戦いに注目している。


 ラナは剣を抜き、構えを取った。

 彼女の周りには、既に青白い氷の魔力が渦巻いている。


「今度こそ、あなたの正体を暴いてみせる!」


 彼女は気合いを込めて叫び、一気に距離を詰める。

 剣に氷の魔力を込め、鮮やかな軌跡を描きながら俺に斬りかかる。


 しかし、結果は前回と全く同じだった。

 

 ラナは俺を前にすると、なぜか全く力が出せない。

 得意なはずの氷結魔法は不発に終わり、剣技も精彩を欠く。

 まるで、俺の存在そのものが、彼女の力を封じ込めているかのようだ。


「くっ……!」


 ラナは歯を食いしばり、何度も魔法を放とうとするが、剣から放たれる氷の刃は途中で溶け、氷の結晶は空中で砕け散る。

 彼女の動きも、普段の流麗さを欠き、ぎこちないものになっている。


「なぜなの……!?  なぜ、あなたの前だと、私の力が……!」


 焦り、苛立ち、混乱するラナ。

 彼女の表情には、プライドの高い彼女なりの必死さが表れている。


 そんな彼女に対し、俺は(早く終わらせたい一心で)気の抜けた声で尋ねる。


「あのー、ラナさん。もう、いいですかね……? 」


 俺がそう言った、その瞬間。

 ラナが立っていた足元の地面が、『ぐにゃり』、と僅かに陥没し、ラナはバランスを崩して転倒しそうになった。


「きゃっ!」


 彼女の発した声は、普段の凛とした口調からは想像もつかない、可愛らしいものだった。


 俺は咄嗟に手を差し伸べる。

 ラナが転ぶのを見過ごすのは忍びなかったからだ。

 それは単純な反射行動であって、俺自身、そんな自分の行動に少し驚いた。


 しかし、ラナは高いプライドからか、その手を振り払う。

 彼女は何とか自力で踏みとどまり、俺を見上げた。

 その瞳には悔しさと、そして何か別の感情が混じっているように見えた。


「……私の、負けよ」


 ラナは悔しそうにそう呟き、俺に背を向けて走り去っていった。

 その背中は小さく、どこか寂しげに見えた。


 その様子を見ていた周囲の野次馬(騎士や侍女たち)は、大絶賛&勘違いの嵐。


「おお!  ハル様、またしても触れることなく勝利された!」

「しかも、敗者に優しく手を差し伸べる、その慈悲深さ!」

「ラナ様、完全にハル様に心を奪われたご様子……!」


 俺はただただ、疲労感に包まれるだけだった。


 「もう、いい加減にしてくれよ……」と心の中で呟く。

 でも、正直なところ、ラナの本気の勝負を真っ向から受け止めた自分に、少しだけ誇らしさも感じていた。

 何もしてないのに、だけど。


 ◇ ◇ ◇

 

 その日の午後、度重なる騒動と気疲れで、ハルは自室のベッドで昼寝をすることにした。

 柔らかなシルクのシーツの感触と、乾いた花の香りが、疲れた心身を優しく包み込む。

 窓から差し込む午後の日差しは、ちょうど良い温かさだった。


 気持ちよく眠りに落ち、深く、穏やかな眠りの中で、ハルが『コロン』、と寝返りをうった、まさにその瞬間。


 遠く離れた場所にあった、革命軍の最後の本拠地(まだ機能していた別のアジト)の真下の地盤で、原因不明の大規模な地割れが発生した。


 地面が激しく揺れ、アジトの壁に亀裂が走る。

 瓶や皿が落下して砕け、棚が倒れ、兵士たちが悲鳴を上げる中、マーティンは必死に脱出路を確保しようとしていた。


「急げ!  全員避難だ!」


 しかし、次の瞬間、より激しい揺れが襲い、まるで何かに引きちぎられるように地面が割れ、アジトは轟音と共に完全に崩壊した。

 土砂と瓦礫の嵐の中、革命軍は組織として完全に機能を失い、壊滅した。


 崩壊したアジトから、命からがら逃げ延びた革命軍の元メンバーたち。

 彼らの顔は土煙で黒ずみ、衣服は引き裂かれ、目には恐怖が刻まれていた。


 彼らは、自分たちの組織を壊滅させた、人知を超えた力を目の当たりにし、空を見上げ、ハルがいる(と思われる)王都の方向に向かって、震える膝を折り、一斉に土下座した。


「我々は……間違っていた……!」


 マーティンの声は震えていた。

 かつての誇り高き騎士隊長の顔を、涙が濡らしている。


「あの御方こそ、真の神であられたのだ! あの御方の存在そのものが、世界の理そのものなのだ!」

「あれは神罰であり、同時に、我々を生かしてくださった慈悲なのだ!」

「これより我々は、過去の過ちを悔い改め、『神ハル様を守る聖なる騎士団』として、生まれ変わることを誓います!」


 彼らの表情には、恐怖と畏敬、そして新たな信仰心が入り混じっていた。

 ここに、勘違いと恐怖心から生まれた、新たな狂信者団体が誕生してしまった瞬間であった。


 マーティンは立ち上がり、汚れた剣を抜いた。

 そして刀身に口づけし、「我が剣は今日より、ハル神の栄光のためにのみ振るわれん」と誓った。

 彼の目には、新たな信念の光が宿っていた。


 ◇ ◇ ◇

 

「んー…………よく寝たぁ……」


 俺は、気持ちの良い昼寝からスッキリと目覚める。

 窓から差し込む夕日が部屋を優しいオレンジ色に染めていた。


「なんか……地面がゴゴゴゴって、大きく揺れる夢、見たような気がするなぁ……」


 寝ぼけ眼で大きく伸びをする。

 そして、ピロン♪ と、脳内にいつものメッセージ。


【称号:【目覚めし黙示録】を獲得しました】


「……もう、驚かないぞ、俺は」


 俺は完全に慣れてしまい、もはや何の感慨も抱かなくなっていた。

 でも、ほんの少しだけ、「何か悪いことが起きたのかな」という不安がよぎった。


 ◇ ◇ ◇

 

 革命軍が壊滅したという報せは、すぐにピノとソフィアの耳にも入った。

 二人は王宮の一室で、厳かな面持ちで向かい合っていた。


「これで、ハルに公然と逆らう勢力はいなくなったわけか……」


 ピノの声には不安が滲んでいた。

 彼の小さな翼は緊張で硬直している。


「ええ。ですが、彼の力が本人の意思と関係なく、これほどまでに無自覚に暴走しているのは、明らかですわ。このままでは、いつか本当に、世界そのものを破壊しかねません……」


 ソフィアは、冷静な分析者としての表情を崩さない。

 しかし、その瞳の奥には、未知の力への畏怖と好奇心が混在していた。


「ああ。あいつ自身が、世界の『理(ことわり)』そのもの、世界のバグであると同時に、世界の安定点にもなりつつあるとしたら……?  我々はどうすべきなんだ……?」


 ピノの問いに、ソフィアは答えを持ち合わせていなかった。

 彼らはハルの力の持つ底知れない危険性と、予測不能な世界の未来に対して、強い懸念を抱かずにはいられなかった。


 ◇ ◇ ◇

 

 そんな、一応の平穏(?)が訪れたかのように見えた王都に、再び激震が走った。

 王宮に、北の辺境からの緊急の知らせが舞い込んだのだ。


「緊急報告!」


 若い伝令騎士が王宮に駆け込み、膝をついて報告する。

 彼の顔は青ざめ、服は汗で濡れ、声は緊張で震えていた。


「北の果て、永久凍土に数千年もの間、封印されし古(いにしえ)の神獣エグザレインが、永き眠りより目覚め、活動を開始した模様!  その影響により、周辺地域に甚大な被害が発生中との報せ!」


 騎士の声が、王宮に緊張感を走らせる。

 彼が差し出した報告書には、雪と氷に埋もれた村々の惨状が記されていた。


 その報告を聞いた国王は、玉座から勢いよく立ち上がった。

 彼の顔には一瞬の恐怖が浮かんだが、すぐに決意の表情に変わる。


「ハル殿……」


 国王は深呼吸し、より威厳のある声で続けた。


「いや、神よ!  今こそ、貴方様の御力が必要なのです! どうか、あの古の神獣をお鎮めください!」

 

 国王は、迷うことなく、ハルがいる迎賓館へと向かうことを決意した。

 彼の表情には、もはや疑念の欠片もなかった。


 ◇ ◇ ◇

 

 俺は、窓の外の平和な(ように見える)王都の景色を眺めながら、背筋にゾクッと悪寒が走るのを感じていた。

 窓ガラスに映る自分の顔が、どこか青ざめて見える。


(……嫌な予感しかしない。絶対に、また面倒なことに巻き込まれる!)


 胸の内に去来する不安と、かすかな責任感。

 気づけば、俺はこの世界と、ここで出会った人々に対して、ただの「流されるだけの存在」ではなくなりつつあった。


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