第11話

 用意された部屋は、俺が日本で住んでた安アパート何個分だよってくらい広い。

 天蓋付きの巨大なベッドは、雲の上にいるかのような柔らかさ。

 窓からは王都の全景が一望でき、遠くに広がる青い湖と森の風景に目を奪われる。

 特注の魔法ランプが柔らかな光を放ち、部屋全体を優しく照らしている。

 天蓋付きのベッドとか、初めて見たぞ。


 そして、部屋には専属の侍女たちが何人も控えていて、俺の身の回りの世話を完璧にこなそうとしてくる。

 一様に美しく、訓練されたらしい所作と笑顔で、今日の天気から食事のメニューまで、次々と耳に心地よい声で話しかけてくる。


「ハル様、お食事のご用意はいかがなさいますか?」

「お召し物はこちらに数着ご用意しております」


 至れり尽くせり、とはまさにこのことだろう。

 だが、根っからの庶民である俺には、この過剰なまでのサービスは全く落ち着かない。

 

「あ、あの、全部自分でやるんで!  大丈夫ですから!」


 俺は何度も断るが、侍女たちは「滅相もございません! それが我らの務めですので!」と、にこやかに、しかし断固として下がろうとしない。

 その笑顔の奥に、強い意志を感じる。

 

 くっ……手強い……!


 そんな俺の様子を見ていたリルナが一歩前に出てきた。


「ハル様、侍女の方々には下がっていただいて、私がお世話いたします!  ハル様の側にいるのは私の役目ですから!」


 彼女は張り切って前に出てきた。

 言葉とは裏腹に、少し照れているようで、頬が薄っすらと赤く染まっている。

 でも、目は真剣だ。


 彼女が言うと、侍女たちは「リルナ様がそこまで仰るなら……」と、あっさり引き下がった。

 その引き際の完璧な一礼に、プロの技を見た気がする。

 おい、なんでだよ。

 俺の拒否は無視して、リルナの言葉は聞くとか、明らかにおかしいだろ……。


 侍女たちが部屋を出て行くと、リルナは少し緊張した面持ちで俺の前に立った。

 彼女は甲斐甲斐しく俺の世話を焼こうとしてくれる。


 自分でお茶を淹れてくれたり(ちょっと茶葉の量が多くて、渋いんだけど)、俺が着る服を選んでくれたり(貴族みたいなフリフリのやつばっかりだったけど)。

 

 その一生懸命さは伝わってくるのだが、いかんせん、どこかぎこちなくて空回り気味だ。

 普段は剣を持つ彼女の手が、茶碗と格闘し、服の埃を丁寧に取ろうとして余計に目立たせてしまう様子は、ある意味微笑ましい。


「ハル様、この服などいかがでしょう?  きっとお似合いになりますわ!」


 彼女は両手で、金の刺繍が施された、明らかに正装用の堅苦しい服を持ち上げて見せる。

 その目は期待に満ちていて、まるで自分の選んだドレスを父親に見せる少女のような無邪気さがある。


(いや、それ王子様が着るやつだろ……重そうだし、動きづらそう……)


「あ、ありがとう。でも、これでいいよ」


 俺が今着ている、シンプルな麻のシャツを指さしながらやんわり断ると、リルナは少ししょんぼりしてしまう。

 華やかな服が床に垂れ下がり、彼女の肩も同様に落ちた。

 唇が小さく震え、瞳に微かな水気が浮かぶ。


「私では……ハル様のお役に、立てませんか……?」


 そんな悲しそうな顔をされると、こっちが罪悪感を覚えてしまうじゃないか!

 

 彼女のその表情は、俺が日本で飼っていた子犬を思い出させる。

 叱った時に見せる、あの「何をしたんだろう?」という無垢な悲しみの表情に。


「いや、そんなことないって!  すごく助かってるよ、ありがとう」


 慌ててフォローすると、リルナはパッと顔を輝かせる。

 その表情の変化の速さに、思わず笑ってしまう。

 まるで雲間から太陽が顔を出したかのようだ。

 単純で助かるけど、こっちの心臓に悪いぞ……。


「本当ですか!?  嬉しいです!  では、次はお茶をお淹れしますね!  今度は絶対に美味しくなるよう頑張ります!」


 彼女は勢いよく向きなおり、ティーセットの方へ駆けていく。

 その背中から、頑張ろうという意気込みがひしひしと伝わってきた。


 ◇

 

 そして翌日。

 いよいよ国王陛下との謁見の日がやってきた。


 俺は、リルナが「これなら大丈夫です!」と自信満々に選んだ、そこそこ立派だけどフリフリじゃない貴族風の服(結局貴族風かよ)を着せられ、ガチガチに緊張しながら王宮の謁見の間へと向かうことになった。

 深い青色の生地に銀糸で刺繍が施されたジャケットは、着心地が悪くないが、首元がきつくて呼吸がしづらい。


 王宮はでかかった。そして豪華絢爛。

 

 真っ白な大理石の床は鏡のように磨きあげられ、自分の姿まで映り込んでいる。

 壁一面に掛けられた巨大なタペストリーには、古代からの歴史が描かれている。

 

 天井から吊るされたシャンデリアは、無数の魔法水晶で構成され、太陽の光を受けて七色に輝いている。

 廊下を行き交う貴族や役人たちは、俺よりもっと豪華な衣装を着ており、皆が「ハル様」と呼びかけては頭を下げてくる。

 

 なにもかもが規格外だ。

 まるで夢の中にいるようなこの状況に、現実感がまるでない。


 謁見の間の前に立つと、その巨大な金の装飾が施された扉だけで、俺は完全に気圧されていた。

 複雑な紋章や神々の彫刻が施され、何百年もの歴史を感じさせる重厚さがある。


「場違い感が半端ない……帰りてぇ……」


 俺は小声で呟く。

 首筋から冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。

 手のひらも汗ばんでいて、呼吸が浅くなっている。


 隣に立つリルナが、俺の緊張を察したのか、「ハル様、お気を確かに!」と小声で励ましてくれる。

 彼女の声には張りがあるけど、手が微かに震えているのが見てとれる。

 お前もガチガチじゃないか。

 でも、その共感が少し心強い。


 やがて、重々しい音と共に扉が開かれる。

 「ガックン……ゴゴゴゴ……」という音を立てて、二人の兵士が内側から押し開ける。

 その動作さえも、厳かな儀式の一部のように感じられる。


 開かれた扉の向こうには、想像を絶する華麗さで飾られた謁見の間が広がっていた。

 中には、真紅の絨毯がどこまでも続き、その先には金と水晶で作られた巨大な玉座が鎮座している。

 柱には神々の像が彫られ、天井には星空を模した壮大な天蓋画が広がる。

 息を呑むような美しさだ。


 玉座には、金と宝石で飾られた王冠を被り、威厳に満ちた表情の国王が座っていた。


 ルーメリア三十三世、ラインハート・オルノス。

 彼の長い白髪と髭は丁寧に手入れされ、深紅の上着に黄金の刺繍が施されたローブは、至高の権力の象徴そのものだ。深く刻まれた皺からは、長い治世の重みが感じられる。


 玉座の左右には、多くの大臣や騎士たちがずらりと並んでいる。

 それぞれが派手な衣装や武装を纏い、まるで孔雀の群れのように華やかだ。


 俺たちが部屋の中央まで進み出ると、周囲に控えていた大臣たちが、一斉に「ザッ!」と音を立てて跪拝した。

 謁見の間全体に、生地の擦れる音と、鎧の軋む音が響き渡る。


 その光景に、俺は思わず後ずさりしそうになる。

 膝が震え、足が前に出ない。


 やめて!  俺に跪かないで!  俺なんかに跪く価値なんてないのに!


 心臓が早鐘を打ち、息が詰まりそうになる。


 玉座の国王が、俺を値踏みするようにじっと見つめ、やがて重々しい口調で口を開いた。

 その声は低く、しかし部屋中に響き渡る不思議な力を持っていた。


「面を上げよ、英雄ハル殿。長旅、ご苦労であった。よくぞ参られた」


 その声には、疑いの欠片もない、絶対的な確信がこもっていた。

 まるで、神を前にした信者のような敬虔さで、国王は俺を見ている。


 ああ、この人も完全に勘違いしてる……。


 俺が何も言えずにただ黙り込んでしまった、その瞬間。


 謁見の間に、慌ただしい足音と共に伝令の兵士が駆け込んできた。

 扉が再び開かれ、若い兵士が息を切らせながら入ってくる。

 彼は膝をついて、国王に向かって報告を始めた。


「陛下! 緊急のご報告です!  長年、我が国と対立しておりました隣国ガーディア帝国より、和平を望むとの親書が、たった今、届けられました!」


 その報告を聞いた国王は、ハッと俺の方を見た。

 青白い顔に、パッと血の気が差した。

 そして、玉座から立ち上がらんばかりの勢いで叫んだ。


「おおお!  ハル殿の威光が、早くも隣国にまで届いたというのか!  なんという奇跡!  ハル殿が我が国に到着したこのタイミングで、長年の宿敵が和平を申し入れてくるとは!  これぞ神の御業!」


 国王、大興奮。

 立ち上がった彼は両手を大きく広げ、まるで説教壇に立つ聖職者のように力強く宣言する。

 大臣たちも「おお……!」「まさか……!」とどよめいている。

 部屋中がざわめきに包まれ、驚きと喜びの波が押し寄せる。


 いや、絶対偶然だって!  俺の沈黙関係ないから!  単なるタイミングの一致だって!


 そう叫びたいのに、声がでない。

 まるで悪夢の中で声を失ったかのように。

 

 こうして、俺の「意味深な沈黙」は、なぜか「隣国との和平をもたらした奇跡」として、また新たな勘違い伝説を王宮に刻むことになったのだった。


  謁見(という名の勘違い劇場)が終わり、俺は褒賞として王宮内を自由に見学する権利を与えられた。

 それだけでなく、黄金のメダルや、「王国の守護者」という称号まで授けられた。

 これ以上勘違いが大きくなると、どうなってしまうんだ……。


 国王はご機嫌で、俺の要望なら何でも聞いてやると言ってくれた。

 どこか見たい場所はあるかと聞かれ、他に思いつく場所もなかったので、とっさにこう答えてしまった。


「あ、じゃあ……と、図書館とかって、ありますかね?」


 本でも読んで、少しは落ち着きたい。

 そこなら、おそらく人も少なく、静かに過ごせるだろう。

 ただそれだけだったのだが……。


 ◇ ◇ ◇

 

 一方、謁見の間からこっそり抜け出したピノは、ハルの力の謎を解く鍵を求めて、王宮が誇る大図書館へと潜入していた。

 小さな妖精の姿は人目につきにくく、彼は上手く警備を避け、図書館の奥へと忍び込んでいた。


「この国の歴史、魔法体系、そして神話に関する記録を徹底的に漁れば、あの人間の異常性の正体について、何かわかるはずだ……!」


 小さな翼を羽ばたかせ、ピノは本棚から本棚へと素早く移動しながら、古代文字が刻まれた羊皮紙や、魔法の痕跡が残る古文書を次々と調べていく。

 知識妖精としての本領を発揮し、膨大な書物の中から必要な情報を探し始める。

 彼の小さな手には、金色の光を放つ特製の拡大鏡があり、これで古文書の隠された文字まで読み解くことができるのだ。


「ふむ……『古の霊峰に現れし者、世界の「理」を観測し……』……んん? これは……」

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