第21話 バレンタイン、澪からの勇気

二月。


寒さがピークを迎えたころ──


学校中が、そわそわと落ち着かない空気に包まれていた。


理由は、もちろん。


バレンタイン。


廊下では、

「誰かチョコもらった!?」

「義理?本命?」

なんて会話が飛び交っている。

 

俺、天城奏人(あまぎ かなと)は、

正直、そんなイベントには無縁だと思ってた。


妹・紗良は別格として──


俺は、別にモテるタイプでもないし、

期待なんてしてなかった。


(……まぁ、どうせ普通に終わるだろ)


そう思っていた、はずだった。


 



 


放課後。


下駄箱で靴を履いていると──


「奏人くん!」


声をかけられた。


振り返ると、そこには──澪がいた。


マフラーに顔をうずめるようにしながら、

両手で、小さな袋を抱えている。


「こ、これっ……!」


差し出されたのは、

手作りらしい、可愛いラッピングのチョコレート。


(……マジか)


心臓が、一瞬で跳ね上がった。


澪は、顔を真っ赤にしながら、

必死に言葉を絞り出した。


「い、いつも、ありがとう……!

これ──その、お礼とか、そんな、感じで!」


声が震えていた。


手も、少しだけ震えていた。


それを見た瞬間、俺の中で何かがはっきりした。


(──本気だ)


ただのお礼なんかじゃない。


澪は、

精一杯の勇気を振り絞って、

今、俺に気持ちを伝えようとしている。


俺は、受け取ったチョコを

大事そうに両手で抱きしめた。


「……ありがとう」


小さく、でもはっきりと。


澪は、ほっとしたように微笑んだ。


そして──

 

その笑顔を見たとき、

俺は心に決めた。


(ちゃんと、向き合おう)


戸惑いも、不安も、全部ある。


でも、それ以上に。


この想いから、

目を背けたくなかった。


俺は、不器用ながらも、

自分の気持ちをちゃんと言葉にしようと、

息を整えた。


「俺も──」


言いかけたところで、

澪が慌てて首を振った。

 


「い、今はいいの!」

 


「え?」



「奏人くんに、プレッシャーかけたくないから……。

だから、今日は受け取ってくれるだけで、嬉しいの」


そう言って、

ふわりと笑った澪は──


どんな宝石よりも、眩しかった。


(……本当に、すごいな)


伝えることは、怖い。


断られるかもしれない。

気まずくなるかもしれない。


それでも、逃げずに、

精一杯の想いを届けてくれた。


 


 


それに比べて──俺は、どうだ?


(俺も、ちゃんと伝えなきゃ)


気づけば、俺は心の中で、強く拳を握っていた。

 


 



 


「じゃ、また明日ね!」


澪は、手を振りながら小走りで去っていく。


その背中を、

俺は最後まで、まっすぐに見送った。


手の中に残る、小さなチョコの温もり。


それが、今の俺にとって、

何よりも大切なものだった。


 



 


その夜。


 


部屋でチョコを見つめながら、

俺は決めた。


 


 


次は、俺の番だ。


ちゃんと、伝える。


この想いを。


この気持ちを。


もう、絶対に──後悔しないために。

 




 


その夜。


部屋で一人、澪からもらったチョコを見つめながら、

どうにも気持ちが落ち着かなくて──


俺は、リビングにいた紗良に相談することにした。


「なぁ、紗良……」


「ん? なになに、改まって」


ソファに寝転がりながらゲームをしていた紗良が、

顔だけこちらに向けてきた。


「もし、仮に……その、バレンタインにチョコをもらったとしてさ」


「ふんふん」


「それ、ちゃんとお返しするべきだよな?」


「そりゃあ、するっしょ」


まぁ、そこまでは普通の答えだった。


でも──俺は、そこで一歩踏み込んだ。


「……本気の気持ちを、返す場合って、どうすればいいんだ?」



──沈黙。



紗良は、しばらくゲームを一時停止して考え込んだ。


「……あのさ」


「ん?」


「一応言っとくけど──」

 

「同じ13歳でも、私の中身はおっさんだからね?」


俺は思わず吹き出しそうになった。


「社会人として気を遣うスキルなら、それなりにあるけどさ」


紗良は、指を一本立てて真顔で言う。


「自分の経験としての恋愛? それ、マジで、さっぱりだから」


(……マジか)


紗良は今世では確かにモテる。


学校では、男子たちにファンクラブができるくらいの人気ぶりだ。


でも──


それは「偶像」としての人気。


リアルな恋愛経験なんて、本人にだってない。


紗良は、肩をすくめながら続けた。


「モテるけど、別にちゃんと付き合ったこともないし。

告白されたことはあるけど、好きになったこと、ないからさ」


「……そっか」


なんだか、ちょっとだけ意外だった。


でも、同時に。


だからこそ、紗良は紗良らしく、

今を真っ直ぐ生きているんだなって、少しだけ尊敬もした。


「ま、でも」


紗良は、にやっと笑った。


「本気で好きなら、ちゃんと気持ちを伝えた方がいいよ」


「……だよな」


うなずく俺に、紗良は親指を立てた。


「頑張れ、兄貴!」


そんな軽口に、

少しだけ背中を押された気がした。


 



 


部屋に戻って、ベッドに潜り込む。


手には、まだ少し温もりの残るチョコレート。


(──よし)


覚悟を決めた。


次は、俺の番だ。


この想いを、ちゃんと、伝えるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る