第21話 バレンタイン、澪からの勇気
二月。
寒さがピークを迎えたころ──
学校中が、そわそわと落ち着かない空気に包まれていた。
理由は、もちろん。
バレンタイン。
廊下では、
「誰かチョコもらった!?」
「義理?本命?」
なんて会話が飛び交っている。
俺、天城奏人(あまぎ かなと)は、
正直、そんなイベントには無縁だと思ってた。
妹・紗良は別格として──
俺は、別にモテるタイプでもないし、
期待なんてしてなかった。
(……まぁ、どうせ普通に終わるだろ)
そう思っていた、はずだった。
◇
放課後。
下駄箱で靴を履いていると──
「奏人くん!」
声をかけられた。
振り返ると、そこには──澪がいた。
マフラーに顔をうずめるようにしながら、
両手で、小さな袋を抱えている。
「こ、これっ……!」
差し出されたのは、
手作りらしい、可愛いラッピングのチョコレート。
(……マジか)
心臓が、一瞬で跳ね上がった。
澪は、顔を真っ赤にしながら、
必死に言葉を絞り出した。
「い、いつも、ありがとう……!
これ──その、お礼とか、そんな、感じで!」
声が震えていた。
手も、少しだけ震えていた。
それを見た瞬間、俺の中で何かがはっきりした。
(──本気だ)
ただのお礼なんかじゃない。
澪は、
精一杯の勇気を振り絞って、
今、俺に気持ちを伝えようとしている。
俺は、受け取ったチョコを
大事そうに両手で抱きしめた。
「……ありがとう」
小さく、でもはっきりと。
澪は、ほっとしたように微笑んだ。
そして──
その笑顔を見たとき、
俺は心に決めた。
(ちゃんと、向き合おう)
戸惑いも、不安も、全部ある。
でも、それ以上に。
この想いから、
目を背けたくなかった。
俺は、不器用ながらも、
自分の気持ちをちゃんと言葉にしようと、
息を整えた。
「俺も──」
言いかけたところで、
澪が慌てて首を振った。
「い、今はいいの!」
「え?」
「奏人くんに、プレッシャーかけたくないから……。
だから、今日は受け取ってくれるだけで、嬉しいの」
そう言って、
ふわりと笑った澪は──
どんな宝石よりも、眩しかった。
(……本当に、すごいな)
伝えることは、怖い。
断られるかもしれない。
気まずくなるかもしれない。
それでも、逃げずに、
精一杯の想いを届けてくれた。
それに比べて──俺は、どうだ?
(俺も、ちゃんと伝えなきゃ)
気づけば、俺は心の中で、強く拳を握っていた。
◇
「じゃ、また明日ね!」
澪は、手を振りながら小走りで去っていく。
その背中を、
俺は最後まで、まっすぐに見送った。
手の中に残る、小さなチョコの温もり。
それが、今の俺にとって、
何よりも大切なものだった。
◇
その夜。
部屋でチョコを見つめながら、
俺は決めた。
次は、俺の番だ。
ちゃんと、伝える。
この想いを。
この気持ちを。
もう、絶対に──後悔しないために。
◇
その夜。
部屋で一人、澪からもらったチョコを見つめながら、
どうにも気持ちが落ち着かなくて──
俺は、リビングにいた紗良に相談することにした。
「なぁ、紗良……」
「ん? なになに、改まって」
ソファに寝転がりながらゲームをしていた紗良が、
顔だけこちらに向けてきた。
「もし、仮に……その、バレンタインにチョコをもらったとしてさ」
「ふんふん」
「それ、ちゃんとお返しするべきだよな?」
「そりゃあ、するっしょ」
まぁ、そこまでは普通の答えだった。
でも──俺は、そこで一歩踏み込んだ。
「……本気の気持ちを、返す場合って、どうすればいいんだ?」
──沈黙。
紗良は、しばらくゲームを一時停止して考え込んだ。
「……あのさ」
「ん?」
「一応言っとくけど──」
「同じ13歳でも、私の中身はおっさんだからね?」
俺は思わず吹き出しそうになった。
「社会人として気を遣うスキルなら、それなりにあるけどさ」
紗良は、指を一本立てて真顔で言う。
「自分の経験としての恋愛? それ、マジで、さっぱりだから」
(……マジか)
紗良は今世では確かにモテる。
学校では、男子たちにファンクラブができるくらいの人気ぶりだ。
でも──
それは「偶像」としての人気。
リアルな恋愛経験なんて、本人にだってない。
紗良は、肩をすくめながら続けた。
「モテるけど、別にちゃんと付き合ったこともないし。
告白されたことはあるけど、好きになったこと、ないからさ」
「……そっか」
なんだか、ちょっとだけ意外だった。
でも、同時に。
だからこそ、紗良は紗良らしく、
今を真っ直ぐ生きているんだなって、少しだけ尊敬もした。
「ま、でも」
紗良は、にやっと笑った。
「本気で好きなら、ちゃんと気持ちを伝えた方がいいよ」
「……だよな」
うなずく俺に、紗良は親指を立てた。
「頑張れ、兄貴!」
そんな軽口に、
少しだけ背中を押された気がした。
◇
部屋に戻って、ベッドに潜り込む。
手には、まだ少し温もりの残るチョコレート。
(──よし)
覚悟を決めた。
次は、俺の番だ。
この想いを、ちゃんと、伝えるんだ。
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