第31話

歩き出した俺たちを包む空気は、以前と同じでいて、まったく違っていた。

ビルの輪郭も、路地裏に流れる風も、行き交う人々の気配も、全部が“生きている”とわかる。

それは、ただ生存しているとか、機能しているとか、そんな薄っぺらい意味じゃなかった。

存在しているという、確かな意志。

その総体が、この都市を、この世界を支えている。

俺のスキル《構造解析》は、もはや単なる分析のためにあるんじゃなかった。

視るため。触れるため。繋がるため。

そして、理解するためにある。


リオナと並んで歩く感覚が、やたらと自然だった。

彼女も、俺と同じものを感じているのがわかる。

特別な言葉はいらなかった。

繋がっている。

そう実感できる。


「ユウト、ミラからメッセージ。次の“接続準備”が整ったって」


リオナが小さく笑った。

俺も応えるように頷いた。


「……行こう。次は、“核”だ」


都市の外縁にあるアージェント本部へ向かう。

その途中、空を見上げた。

そこには、変わらずスフィアが浮かんでいる。

だけど、俺にはもう、あれがただの脅威には見えなかった。

あれは、問いかけている。

ずっと、ずっと──答えを待っていた。


到着した研究棟では、神城主任が待っていた。

その顔には、隠しきれない期待と、ほんのわずかな緊張がにじんでいた。


「君たちは、第一段階を超えた。

──これから進むのは、“存在の原初”だ。

ここに記録されているのは、スフィアが観測した最初の意志、最初の存在。

君たちの意識がそれに触れたとき、何が起きるかは誰にもわからない」


「……それでも、行くよ」


俺は即答した。


「この目で視たい。存在の始まりを。そして、未来を繋ぐために」


リオナも強く頷いた。


「私も。ユウトと一緒なら、どんなものでも、視られる」


神城主任はゆっくりと目を細め、深く頷いた。


「よく言った。……では、行こう。人類の誰も踏み込んだことのない領域へ」


案内された先には、今までとは違う転送装置が設置されていた。

通常のフェイズ干渉椅子とは違う、半球状の構造体。

まるで、繭みたいだった。


「この中で、君たちの意識は完全に外界から切り離される。

外の時間とは無関係に、内部だけの“存在時間”を形成する。

それが、“核”への唯一の道だ」


ミラの声がインカム越しに響いた。


「ユウト、リオナさん。すべてのシステムチェック完了。

これより、フェイズ中枢構造エグゼ・コアへのアクセスを開始します」


繭の内部は、柔らかな光に満ちていた。

リオナと並んで座り、軽く手を握り合う。


「行こう、ユウト」


「……ああ、一緒に」


目を閉じた瞬間、重力が消えた。

意識がまた、どこまでも深く、深く落ちていく。


今度は、怖さも不安もなかった。

ここに来るために、俺たちは存在している。

そう、信じられたから。


やがて、何もない空間に辿り着いた。

光も、色も、音もない。

ただ、無限の“無”だけが広がっている。


──だが、その奥に、“かすかな鼓動”があった。


俺たちは、確かにそこに向かっていた。

存在の、原初へ。

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