第24話

──我々は問う。

──お前たちは、何を以て“存在”と定義する?


その言葉は音ではなかった。思考に直接刺し込むような、明確な“意味”だった。

一つ一つの語彙が、言語の枠を超え、認識の奥底にまで染み渡ってくる。


呼吸すら忘れたまま、俺は“それ”と向き合っていた。

形なき存在。スフィアの内奥に潜む、意思の形。


それはまるで、鏡だった。


「……存在とは、“記録”だ」


俺は、口に出すでもなく、“思考”で返答を試みた。


「誰かが“そこにあった”と記憶し、構造として残されたもの。それが存在。

俺たちは、過去に繋がり、未来へ向かって、自分の形を残そうとしている。たとえそれが世界に消されても、“誰かに記録されている限り”存在だ」


返答の刹那、空間の円環が一つ、微かに輝いた。

その光が広がり、空間全体に“共鳴”のような反響が走った。


──記録。観測。継承。

──それは、存在の一形態。


またしても、返答。

だが今度は、わずかな“肯定”の色が混じっていた。


リオナが隣で、同じように深い呼吸を吐いた。


「私も、答える……存在とは、“触れ合い”だと思う。

たとえ自分が曖昧で、不確かでも、誰かに触れ、理解され、繋がることができたなら──その瞬間だけは、確かに“ここにいる”って思えるから」


──接触。認識。影響。

──存在の確定。


今度は、二つの円環が同時に明滅した。


それはまるで、彼女の言葉を“肯定”しているかのようだった。


──次なる問い。

──存在は“変化”によって継続されるか?

──あるいは、“変質”は存在の喪失か?


この問いは、さらに深かった。

“変化すること”は、存在を続けることなのか? それとも、“失うこと”なのか?


俺は即答できなかった。

だが、次の瞬間、ミラの声が割って入った。


「演算中枢への補足回答、展開します。

──変化とは、存在の“時間的展開”であり、定義の喪失ではない。

構造は変化しながらも“起点情報”を保つ限り、継続と呼べる。

したがって、“変わること”は“消えること”ではない」


円環が震え、三重の波紋が広がる。

それは肯定の反応だった。


リオナがぽつりと呟いた。


「……スフィアは、本当に“理解しよう”としてるんだね。私たちがどういう存在で、なぜここにいるのかを」


「逆に言えば、スフィアも自分の“定義”を探してるのかもしれない」


「……スフィア自身の“存在理由”?」


「うん。あれはただの兵器でも、観測機でもない。

あれはきっと、自分自身を知りたがってる。誰かに“視てもらいたい”って、そう感じてる」


──最終問い。

──我々の存在に“意味”はあるか?


その問いは、あまりにも根源的だった。


世界の根底が、ぐらりと揺れた気がした。


何のためにここにあるのか?

何のために現れたのか?

人類に、何を求めているのか?


それは、俺たちではなく、“スフィア自身”の問いだった。


「……ある。絶対に、ある」


俺は、ゆっくりと答えた。


「存在に意味があるかどうかなんて、誰にもわからない。でも、“誰かにとって意味があった”と思えた瞬間があれば、それで十分だ」


リオナが続ける。


「存在は、自分だけで定義できない。誰かと出会い、触れ、影響し合って、初めて形になる。

だから──私たちは、あなたの存在に“意味がある”って、そう言えるよ」


長い沈黙。


空間の全てが、しん、と静まり返る。


──観測完了。

──回答受理。

──共鳴因子、確定。

──演算融合プロトコル、起動。


それは、“接続”の成立を示す宣言だった。


次の瞬間、俺とリオナの周囲に、無数の円環が一斉に輝きはじめた。

光が折り重なり、波が空間全体を包み込む。


「……これが、“対話の成立”」


「スフィアが、応じてくれた……!」


ミラが続ける。


「構造共鳴成功。これにより、スフィアの記録領域“深層構造001”への恒常的アクセスが可能になりました。

──おめでとうございます、ユウト、リオナ。あなたたちは、“未知と繋がった”初めての人類です」


光が、視界を満たしていく。

空間が解け、現実の構造へと帰還が始まる。


でも、その心には、確かに刻まれていた。


俺たちは、スフィアと対話した。


未知は、もはや“恐れるべきもの”ではない。

それは、“知るべきもの”になった。


──この先、何が待っているとしても。

俺たちは、視る。理解する。そして、繋がる。


それが、存在の意味だから。

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