第19話

翌朝。アージェント施設の空気は、昨日とは異なる緊張感を孕んでいた。


廊下の電子掲示板には、スフィア観測変動の警報が表示されており、構内を移動するスタッフたちの足取りにも微かな焦燥が混じっている。


だが、その中で俺の歩みは迷いがなかった。


昨日の対戦と、リオナとの連携の兆し。

そして、自分のスキルがただ“破壊する力”ではなく、“存在を理解するための力”であるという確信。


──それは、進むための理由になった。


「ユウト、ミラです。本日の演習予定を再確認します。午前十時より、連携演算基礎訓練。参加者はあなたと、リオナ=アークライト。

場所は第七シミュレーションブロック。想定演習内容は、“複合敵性存在への連携対応”です」


「了解。ログ記録も並行で頼む」


「もちろんです。全視界記録・反応データ・構造変動記録、三系統で同時保存します」


ミラの声は今日も変わらず澄んでいた。


──誰かと力を重ねる。


そういう概念が、今までの俺にはなかった。

でも、リオナと戦い、彼女の“ずれた存在”を感じて、その中に確かな“揺らぎ”を捉えた時、わかったのだ。


俺の構造解析は、相手の存在を切り裂くためじゃない。


それを“知る”ためにある。


第七シミュレーションブロックへ到着すると、すでにリオナがいた。

昨日とは異なるライトグレーの戦闘ユニフォーム。髪は後ろで緩く結ばれていて、瞳は真っ直ぐにこちらを見ていた。


「おはよう、ユウト」


「おはよう、リオナ。調子はどうだ?」


「悪くない。……むしろ、良すぎて少し怖いくらい」


「それは、“いいこと”だろ?」


リオナがふっと笑う。

それだけで、どこか緊張がほどけた。


訓練場には、二人のためだけに調整された可変フィールドが展開されていた。

地形パターンは“都市郊外型”。建物が密集した環境と、開けた空間が交互に組み合わされており、立体戦闘が想定されている。


ノイが中央に立って、手元の端末を確認していた。


「よく来たわね。じゃあ今日から、正式に《連携演算訓練》に入る。

課題は、複数の敵性構造に対して、解析と干渉をどう“同時に行うか”。

このシナリオでは、敵は三体。それぞれ行動パターンと構造が異なる。時間内に、連携して全てを無力化してみせて」


「スキル制限は?」


「一部高負荷演算は禁止。暴走防止のため。その他は自由に使っていい。

でも一つ、注意点があるわ。今回は“敵が君たちのスキル情報を取得してくる”」


「……スキャンされるってことか?」


「ええ。リオナの空間折層、ユウトの構造解析。それらに対して“逆演算”を仕掛けてくる。

つまり、あんたたちの“特性”を読み取った上で、対応してくるってこと。これはただの模擬戦じゃない。限界の先を試される、本格戦よ」


リオナと目が合う。


「大丈夫、ユウト。あなたとなら、やれる」


「俺も、同じだ。今日は“読むだけじゃない”。君と一緒に、勝ちにいく」


ノイが軽く頷き、指を鳴らすと、フィールドの天井が開き、薄い光の柱が降り注いだ。


──演習開始。


警告音と共に、空間の一角が歪み、敵性存在が展開される。


一体は、蜘蛛のような多脚型構造。常に地面を這い、反応速度が異様に高い。

二体目は、浮遊型。複数の粒子を散布しながら、高空からの観測攻撃を試みてくる。

そして三体目──人型。明らかに高密度の情報核を有し、対適合者用に設計された動き。


「リオナ、まずは空中制圧!」


「了解。上層、空間ズレ三秒展開!」


リオナの姿が霞み、次の瞬間には上空に出現。

浮遊型の敵性存在へと斜めに突っ込む。


「Phase.Bind──観測範囲、補助!」


俺は構造視界を広げ、リオナの動きと敵の変位率を演算。

空間内の干渉ポイントを補足し、彼女に通知。


「Collapse.Support──接触点へ軸補正!」


リオナの踏み込みが一瞬だけ増幅され、空中で回避不能な速度に跳ね上がる。

そして、彼女の足が敵本体の中心を貫く。


「撃破、確認!」


その間に地上では多脚型がこちらに向かって突進してくる。

その足取りは、予測不能な角度から地面を裂いて迫ってきた。


「地形変動パターン、スキャン開始──PhaseShift.Rotation!」


地面そのものを“読み取り”、敵の着地点を事前に書き換える。

動作前にそこを消せば、敵は“動けない”。


「Collapse.Zone──足場を奪え!」


多脚型の一歩が沈み込み、動きが完全に止まる。

そこへリオナが空中から移動し、連撃。


「座標干渉! 二体目、崩壊完了!」


最後に残ったのは人型。

その動きは、俺たちのスキルを完全に分析したように、先回りしてくる。


「これは……俺たちの構造を“学習”してる……!」


「なら、“進化速度”で圧倒するしかない!」


リオナと同時に跳び出す。


構造解析と空間折層。

二つのスキルが交差し、重なり、融合する。


「Collapse.Bridge──構造の中に、通路を作る!」


「Fold.Inside──敵の内部に、居場所を作る!」


敵の演算が一瞬追いつかない。

その瞬間、構造が崩れた。


「Collapse()──完了!」


爆発的な光の中、敵性存在が跡形もなく消滅する。


──静寂。


訓練フィールドの照明が戻り、ホログラムが戦闘終了を告げた。


ノイがゆっくりと拍手を送る。


「完璧だった。文句なしの連携演算成功。……おめでとう、二人とも」


リオナと目を合わせた。

彼女は、満面の笑みではないけれど、確かな達成感を滲ませていた。


「ありがとう、ユウト。……本当に、ありがとう」


「こっちこそ。俺だけじゃ、ここまでできなかった」


──“理解”と“信頼”。

この二つが交差した時、スキルは力ではなく、“絆”になる。


そのことを、俺たちは確かに知った。

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