第17話

アリーナを出たあと、リオナと並んで歩いた。

あの精密無比な戦闘からは想像できないほど、彼女は控えめだった。


「ユウト、あなたの構造解析は、“干渉力”がとても強い。こちらの空間折層にも、わずかにブレが入ったの。正直、驚いた」


「ブレ、か……そんな細かいところまで感じるんだな」


「常に感じてる。そうしないと、自分の位置が消えてしまうから」


「……消える?」


「空間の中に“居場所”を折り重ねるってことは、自分自身の存在をずらすってこと。

だから、意識を切らすと……自分がどこにいるのか、本当にわからなくなるの」


言葉の端に、ほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。

その理由を、聞くつもりはなかった。ただ、何となく、わかる気がした。


「でもね、今日は……あなたと戦ってる時、自分の“位置”がちゃんとわかった。

観測されてるって、実感できたの。構造を“読まれてる”のに、怖くなかった。むしろ……心地よかった」


彼女の横顔は、薄い陽射しに照らされて透明感すら帯びていた。


「ありがとう、ユウト。私に“居場所”をくれた、初めての人」


その言葉は、戦いの勝敗以上に重たかった。


「……リオナ。俺にも、同じことが言えるよ。君の折層の動き、読めたのは“感覚”だった。君の在り方が、俺にヒントをくれたんだ。だから、感謝してる」


ふっと、彼女が笑った。

それは初めて見る、柔らかな笑顔だった。


すると、通信音が入る。


『ユウト、リオナ、戦闘記録の回収が完了したわ。二人ともアージェント第七分析班まで戻って。君たちの演算データ、これから理論部に渡すから』


ノイの声だった。


「了解、今向かいます」


通信を切ってから、俺たちは再び歩き出した。


分析班の部屋は、研究棟の中でも特に隔離されたエリアにある。

そこでは演算データだけでなく、適合者の神経波や精神構造に至るまで、全ての記録が保管されている。


部屋の奥には、すでに数人の研究者が待っていた。

中央の端末に俺たちの戦闘ログが表示され、構造解析のグラフがホログラムで再現される。


「やはり、ユウト君のスキルは特異だ……この演算域、普通なら二人分の脳リソースが必要だぞ」

「この同調率、まるでスキルと本人の境界がない……純粋な“自己演算型”だ」


研究者たちの声が次々と飛び交う中、ひときわ落ち着いた足音が聞こえた。


神城だった。


「お疲れさま、二人とも。とても素晴らしいデータが取れたよ。

特にリオナ君──君の空間折層が、ユウト君の構造解析によって部分的に“固定”された瞬間がある。これまでにない現象だ」


「固定……?」


「ああ。“ずれる”ために存在していた空間座標が、外部からの観測によって、一瞬だけ“確定”されたんだ。

まるで、量子状態の観測そのものだな」


「俺の視線が……リオナの存在を、決めたってことですか?」


「そう。言い換えれば、君の構造解析は“存在の証明”すら左右する。これは非常に興味深い」


隣でリオナが目を伏せる。


「私……怖い、と思ってた。誰かに見られて、位置を知られることが。

でも──“在る”って、こんなに落ち着くんだね」


その呟きに、研究室の空気が一瞬だけ和らいだ。


神城はそれを見届けてから、ホログラムを指先で操作する。


「さて。二人には次の課題に入ってもらう。

今後、適合者同士の連携演算訓練を行う計画が進んでいて、君たちはその最初の組になる」


「連携、って……チームでの解析ですか?」


「正確には、スキル同士の“融合演算”。つまり、リオナ君の空間制御と、ユウト君の構造解析を重ね合わせて、

“変化しながらも読める”という、新たな戦術モデルを構築する。──君たちの力が、それを可能にするんだ」


静まり返る室内。


リオナは一度俺の方を見て、ゆっくりとうなずいた。


「やってみる。ユウトとなら、できる気がする」


「俺も同じだ。構造は、読み合いじゃなくて、繋がり合いにもなる。そう思えたから」


神城が満足げに頷いた。


「では、明日からの連携演算訓練に備えて、今日は一度休息を取るといい。

このデータは我々で解析しておく。──ありがとう、二人とも。君たちは未来だ」


その言葉が、不思議と、すっと胸に染み込んだ。


未来──それが、遠くにあるものじゃなく、

“自分たちの中”にあるという感覚。


それが、何よりも嬉しかった。

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