ある奴隷のお話

京野 薫

プロローグ

前編

 ここではない、とある剣と魔法の世界。

 その世界のとある国のとある街。

 そのピラストリと言う街を、一人の商人が歩いていた。


 彼の名前はユーゴ・アルラ。

 10歳から商会の下働きとして仕事をして、10年近く商売を学んだ後独立し今では、冒険者相手の武器・防具店を複数経営する所謂成功者だ。

 だが、彼の姿を見た街の住民は皆、一様に眉をひそめて距離を取る。

 彼の扱う武器屋防具は一級品だが、容赦なく値を吊り上げ競合する店を非合法な手段で追い込んでいるという噂が立っているのだ。


 そして、ユーゴの冷酷さを感じさせる表情や言動もその評判に信憑性をもたらし、拍車をかけている。


 そんな彼が一人で街を歩いているのは気晴らしの散歩、などではなく目的があった。

 それは……


「さあ! 今回皆様にご案内する奴隷は今までの中でもちょっと変り種。なんだと思いますか……」


 街の裏通りにある広場。

 そこの中心に立っている小太りの男は背後の大きな車輪付きの檻を手で示しながら、張りの良い声で集まっている十数名の集団に向かって話している。


(今日の奴隷は一匹か……よほど取って置きなのか)


 ここは奴隷市だった。

 国中から調達してきたモンスターや、親を亡くしてさまよっている孤児をで集まるお客に売る。

 古今から形を変えて行われている事だ。


 ユーゴは何気なく檻の方に目を向けた。

 すると中には膝を抱え、顔を隠して震えている少女が見えた。

 戦災孤児かな。

 最近隣国で大規模な人とドラゴンの争いがあった。


 そんな事を考えているユーゴの耳に小太りの男の声が飛び込む。


「何と……今回の商品は、悪魔です!」


 その途端、客の間からざわめきが起こる。

 ユーゴも同じく驚いた。

 悪魔など……当然だが通常捕獲できるものではない。

 そんな事をしようものなら八つ裂きの後、地の底の世界に引きずり込まれるはず……


「皆様の言いたい事は分かります。実は……この悪魔、まだ子供なのです。そして魔力が全く無い落ちこぼれ。どうやら地の底の国から追い出されてきたようで、そこを捕獲したのですよ。なので、ご安心下さい! お客様には一切ご迷惑はかけない上に、魔力も無いのできわめて安価です」


 男の声にあちこちから声が聞こえる。


「ねえ、面白そうじゃない? 買って見ましょうよ。悪魔だったら、いくらでもいたぶれるじゃん」


「魔術の実験材料にいいかな……」


「中々可愛いじゃないか。妾にいいかもな……妻にも飽きたところだし」


「先生。悪魔の身体の臓器って、人間と同じなのですか? ぜひ彼女で新薬製造の実験をしたいのですが、実験動物という名目で落ちますか?」


 それらの声が分かるのか、少女の震えは一段と酷くなりすすり泣きも聞こえた。

 やがて、先ほどの臓器の確認を検討していた男二人が五千ゴールドで取引を進めていたが、ユーゴはそこに歩み寄り無言で二万ゴールドを置いた。


「俺が買う。二万ゴールドならいいだろ?」


「え……まあ……でも、魔力ないですよ」


「いいのか、と聞いている」


 ユーゴは場を見回した。

 より高い値を出す奴が居たらそれ以上も、と思っていたが一同しらけた雰囲気となり、三々五々散り始めた。

 先ほどの買おうとしていた男性二人はユーゴを何か言いたげに見ていたが、それを無視して彼は檻の中の少女を買い取り、自分の屋敷に連れて行った。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 少女は背中に小さな羽があり、尖った耳とアーモンド形の瞳をしているが、それ以外は特別人間の少女と肌の色や背格好に違いはない。


 引き取ったとき小声で「よろしく……お願いします……ご主人様」と言ってたので、人の言葉も分かるのだろう。

 だが、屋敷に来るまで全く抵抗も指定無い事から本当に魔力は使えないらしい。

 なるほど……落ちこぼれで追い出されたと言うのは嘘では無いらしいな。


 ユーゴは屋敷の玄関ホールで立ち止まって震えている少女を見た。

 恐怖がピークに達しているのか、その内泣き始めるとその場にしゃがみこんでしまった。

 ユーゴは少女に冷ややかな視線を向けると言った。


「二万ゴールド。決して安くはない。この意味が分かるな」


 少女は泣きながら頷いた。


「俺は商人だ。お前に出したこの金の元を取る。決してお前を助けるために買ったわけじゃない。……まあ、言うまでも無く、その怯えようなら理解しているようだが」


 そう言ってユーゴは小さく笑った。


「パパ……ママ」


 少女はそう言うと大声で泣き始めた。

 ユーゴは忌々しそうな顔をすると、ホール奥の部屋に入り何かの大きな袋を持ってくると、少女の前に乱暴に投げ出した。


「中を見ろ。確認したら説明する」


 少女は震えながらいやいやをするように顔を横に振ったので、ユーゴは舌打ちをして自ら袋を広げた。


「こんな指示も分からないとはな……落ちこぼれのクソ悪魔め。……中を見ろ。で、無ければこのままたたき出すぞ」


 少女はビクッと身体をこわばらせると、ようやく涙でびっしょりの顔を上げて、袋の中を見ると……目を見開いた。


「これ……は」


「見て分からないのか? 呆れた落ちこぼれだな」


「ほうきや……雑巾? これで……私にどんな……拷問を」


 ユーゴはその言葉に大声で笑った。


「これが拷問器具に見えるのか? やはりお前はバカだな! 見たままだ。お前にはこの家の全てをしてもらう。掃除や料理だ。後、俺の身の回りの世話。なにせ二万ゴールドだからな。お前には俺が死ぬまでこの屋敷の保守と俺の世話をするんだ」


 少女は目を見開いてユーゴを見ていたが、やがて真っ青だった顔に赤みが差し始めた。


「拷問では……ないのですか? 実験とか……夜伽とか」


「お前みたいなのをそんなのに使えるか。興味も無いしな。俺は家事をする奴隷が欲しい。……できるか? 二万ゴールド分」


「……はい! ありがとう……ございます」


「俺を満足させろ。でなければ叩き出す」


「はい! あの……私、冥界ではイライザと呼ばれていました」


「俺はユーゴだ。そう呼べ」


「はい、ご主人様!」


「ユーゴだ!」


「はい! ご主人様。私……頑張ります」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 それからイライザはユーゴの屋敷で家政婦として働いた。

 だが、掃除も料理も酷いもので、最終的にはユーゴ自らが行う事もしばしばだった。


「あの……すいません、ご主人様。もっと……頑張ります」


「当たり前だ。こんな使えない奴始めてみた」


「すいません、いつも……最後は手伝って頂いて。それに……ご主人の方がお料理も掃除もお上手……」


「少しづつ慣れていけ。お前みたいな無能に最初から完璧など期待してない」


「有難うございます」


「ただ……出ていこうなどと生意気な事を思うな。お前は二万ゴールドで買っている、俺の所有物だ」


「そんな事……しません。ご心配頂き有難うございます」


「心配などするか。買った物がなくなるのはイライラするだけだ」


 そんなある夜。

 ユーゴはイライザの部屋からすすり泣きが聞こえてくるのに気付いた。

 ドアをそっと開けると、枕に顔を埋めて泣いているイライザが見えた。


「どうした」


 声をかけるとイライザは弾かれたように顔を上げた。


「あ! ご主人様……すいません。みっともないところを」


「お前がみっともないのは今に始まったことじゃない。何があった? 言え」


「いえ……大した事ではありません」


「言え。命令だ」


「……はい。前のご主人の事を……思い出して……」


「良い思い出か? 悪い方か?」


「……思い出すと身体が……痛くて」


 ユーゴは無言で近づくと、イライザの服をめくった。

 そして不快そうに眉をひそめる。


「傷だらけだな……やはりか」


 イライザは気まずそうに俯くと、ポツリと言った。


「大丈夫です。今夜限りで……忘れます。私が悪いのです。何も出来ない落ちこぼれだから」


「落ちこぼれはそんなに悪いことか?」


「え?」


「お前は本当に落ちこぼれなのか? せいぜい魔力だけのことだろう。たかだかヘンテコな事が出来る手品みたいなものだけでなぜ、価値を丸ごと判断される? 勝手に自分の価値を決め付けるな。ある事がダメでもある事は出来る。もっと言うと、誰かの役に立てなくとも、立とうとするだけではダメなのか? 窮屈だな。お前の居た世界は」


「ご……主人」


「俺の家は国でも知られた商家だった。だが、それは奴隷売買と言う非合法な事を行ってのものだった。奴隷をいかに商品として仕込み、高値で売るか。それが出来ることが『仕える跡取り』だった。兄と弟は優秀だった。俺は……それができなかった」


 ユーゴは窓の外の夜の闇に向かって誰に言うでもなくしゃべっていた。


「俺は家を追い出された。そして親戚の商家で下働きをして、独立し何とか生きてきた。だが、実家からは勘当された。それで言うなら俺も落ちこぼれだ」


「ご主人は……違います」


「ふん、貴様のせいだ。下らん事を話した! と、言う事だ」


「あの……と、言う事とは……どういう……」


「知らん! 自分で察しろ、本当に使えない奴隷だな。とにかく、ここは前のゴミの所ではない。お前はこのユーゴ・アルラの屋敷の召使いで、俺の所有物だ。俺は所有物に傷をつけるなどと非合理的な事はせん。お前の事はどうでもいいが、高い金で買ったのだからな」


 イライザは泣き笑いを浮かべると頭を下げた。


「やっと……理解しました。すいません、出来が悪くて。でも……不思議。痛くなくなりました。感謝いたします」


「ではさっさと寝ろ。明日の朝食の準備に寝坊しよものなら、たたき起こすぞ」


 翌朝。

 ユーゴは朝食の準備をしているイライザの近くに行くと、大きな貝殻を無造作に差し出した。


「ご主人様。これは……」


「薬だ。貝殻の中に痛み止めの錠剤が入っている。どうしても痛いときはそれを1錠飲め」


 イライザは貝殻を震える手で受け取ると、突然大粒の涙を流し始めた。


「おい! どうした……痛むのか! ど、どうでもいいが……一応言ってみただけだが」


「違うのです……私……誰かからなにかもらったの……初めて」


「……そんなの贈り物にもならん。どこにでもある痛み止めだ。これから毎日飲め。なくなったらまたやる」


 だが、イライザは貝殻を胸に抱きしめると、首を振った。


「一生大切にします……宝物です」


「勘違いするな。お前の借金はまだ一万九千六百ゴールド分ある! その元を取るまで何かあっては困るだけだ……分かったか! 奴隷が!」


「はい……頑張ります!」


「だから、二万ゴールドを返しきるまでは俺の元から離れるな。おまえにそんな権利はない」


「頑張ります!」

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