第7話 咲良のコスプレ作戦

 春の夕暮れは、まるで恋の予感をそっと運んでくるようだ。


 日ノ出高校の2年B組の教室は、夕陽のオレンジ色の光に浴し、開け放たれた窓から吹き込む風がカーテンを軽やかに揺らす。


 教室の片隅、埃をかぶったアップライトピアノから、華やかな音色が響き始めた。シューマンの『トロイメライ』――優しくも切ない旋律が、まるで心の奥にそっと触れるように教室を満たす。


 ピアノを弾くのは、棗椰京理(ナツメヤ・キョウリ)。高校2年生、漫研に所属する「陰キャ」な少年。普段は前髪で顔を隠し、気弱な声で『魔法少女リリカル☆スターライト』の魅力を語る彼だが、今は別人だ。


 髪はオールバックに整えられ、シャツの袖をまくった姿は、まるで音楽に命を吹き込む貴公子。鍵盤を滑る指は繊細で、瞳はどこか遠くを見つめている。


 カーテンが音に合わせて揺れ、夕陽が彼の横顔を温かく照らす。その光景は、まるで青春の1ページ――いや、京理の「本当の自分」が輝く瞬間だ。


 だが、京理の平穏なピアノタイムは、最近、騒がしい影に脅かされている。


 藤堂咲良、氷室玲奈、星野陽葵――三人のヒロインが、京理の音楽と心を巡って火花を散らしているのだ。


「はぁ…なんで、みんなそんな燃えてるんだよ…俺、ただ静かにピアノ弾きたいだけなのに…」


 京理は鍵盤を叩きながら呟く。だが、彼の無自覚な魅力が、今日、さらなる嵐を呼び込むことを、彼はまだ知らない。


 京理の1日は、いつも漫研の部室から始まる。


 部室は、漫画やアニメグッズで溢れ、今日も文化祭の企画で賑わっている。漫研の出し物は「コスプレ喫茶」に決定し、部員たちは『リリカル☆スターライト』のキャラを再現する気満々だ。


 部長の佐藤が「京理! お前、リリカの相棒のレオン役な!」と指名すれば、


 京理は「え、俺!? 人前でコスプレとか、絶対無理っすよ…!」と慌てる。


 そこに、咲良が「バカ京理! そんなヘタレでも、リリカ役の私がフォローしてやるから、感謝しな!」とニヤリ。


 彼女のショートカットの栗色の髪が朝陽に輝き、自信満々の笑顔はまさにヒロインそのもの。


 京理は「咲良、リリカ似合いそうだな…めっちゃカッコいいよ」と無自覚に褒める。  


 咲良の頬が一瞬赤くなり、「バ、バカ! 調子に乗んなよ!」とツンデレ炸裂。


 部員たちは「京理、ナチュラルにモテやがって…!」と囁き合う。


 咲良の心は、実は穏やかじゃない。


 音楽室での三つ巴の衝突以来、京理を巡るライバル――玲奈と陽葵への警戒心がピークだ。


「あのバカ京理、私の幼馴染なのに…なんで他の女がウロウロすんのよ!」 


 彼女は内心で毒づく。だが、京理のピアノを思い出すたび、胸がドキドキする。


 あのオールバックの「カッコいい京理」を、他の誰かに取られたくない――そんな想いが、咲良を大胆な行動へと駆り立てていた。


「よし、文化祭でリリカのコスプレして、京理を絶対ドキッとさせる!」


 咲良は部室の片隅で、密かに決意を固める。彼女の「ハニートラップ」計画は、京理の心を掴むための最初の一歩だった。


 昼休み、漫研はコスプレの試着のために家庭科室を借りていた。


 咲良はリリカの衣装――白と青のフリルドレスに、星型のアクセサリー――を手に、気合十分。


「これ着たら、京理のバカ、絶対目離せないよね!」 鏡の前でポーズを決め、


 部員の山本が「咲良ちゃん、リリカそのもの! めっちゃ可愛い!」と拍手。


 咲良は「ふん、当然でしょ!」と強気だが、内心は「京理、ちゃんと見てよね…」とドキドキ。


 京理はレオンの衣装――黒のジャケットとマント――を手に、「これ、めっちゃ目立つんすけど…」と尻込み。


 佐藤が「男だろ、京理! 文化祭は気合入れろ!」と背中を叩き、


 京理は「う、うう、わかったっす…」と渋々試着室へ。だが、家庭科室は狭く、試着用のカーテンは簡易的なもの。

 京理は「なんか、落ち着かねえな…」と呟きながら着替え始める。


 一方、咲良は試着室の隣でドレスを調整中。


 リリカの衣装は胸元が少し開いたデザインで、咲良は「ちょっと大胆すぎじゃね!?」と焦りつつ、ボタンを留めるのに苦戦していた。


「くそ、なんでこんなややこしいのよ…!」  


 彼女のイライラがピークに達したそのとき、事件が起きた。


 京理は試着を終え、「咲良、衣装どう? 俺、これでいいかな?」とカーテンの向こうに声をかけた。


 だが、返事がなく、代わりに「うっ、くそ、ボタン!」という咲良の呻き声。


 京理は「え、大丈夫!? なんか引っかかった!?」と心配し、思わずカーテンをサッと開けてしまう。


 そこには、ブラウスがはだけ、胸元がチラリと見えた咲良の姿。リリカのドレスはまだ半分しか着ておらず、彼女の白い肌とブラのレースが一瞬、京理の視界に飛び込む。

「うわっ!?」 京理は目を丸くし、即座にカーテンを閉める。


「ご、ごめん! わざとじゃねえ! 見えてねえ! いや、見えたけど、うわ、違っ!」


 彼の顔は真っ赤、言葉は完全にパニック。


 咲良は一瞬固まり、すぐに「バカ京理! 死ね! 変態! 目ん玉抉るぞ!」と絶叫。


 彼女はカーテン越しに京理を叩こうとするが、手元が狂い、ドレスのスカートを床に落とす。

「うっ、くそ、恥ずかし…!」 咲良の頬も真っ赤。だが、内心では、京理の動揺した顔に「…あいつ、ちゃんと私見てた…?」とドキドキが止まらない。


 部員たちが「うお、京理、何やった!?」「咲良ちゃん、大丈夫!?」と騒ぐ中、


 京理は「俺、ほんと事故っす! 信じて!」と必死に弁解。


 咲良は「ふん、今回は許してやる! 二度と近づくな!」と強がるが、胸の鼓動は収まらない。


「バカ京理…私のこと、ちゃんと女として見ろよ…」


 彼女の呟きは、誰にも聞こえなかった。


 試着の一件で気まずい空気が流れる中、漫研はコスプレ喫茶の準備を続けた。咲良はリリカの衣装を完成させた。


「ほら、ちゃんとレオンやってよね! 私がリリカやるんだから、相棒として恥かかせんな!」と気合を入れる。


「う、うん、頑張るっす…咲良、ほんとリリカそっくりで、めっちゃカッコいいよ」と素直に褒める。


「バ、バカ! さっきの埋め合わせだろ!」とツンデレ全開だが、内心は「やった…京理、ちゃんと見てくれてる!」とホクホク。


 だが、放課後の音楽室で、京理のピアノが再び咲良の心を揺さぶる。


 彼はいつものように窓を開け、カーテンを揺らし、『リリカル☆スターライト』の劇中曲をクラシック風にアレンジして弾く。


 オールバックの姿、夕陽に輝く横顔――咲良は廊下から覗き、「バカ京理…なんでこんなカッコいいのよ…」と呟く。


 彼女のハニートラップは、京理をドキッとさせるはずだったのに、逆に自分が彼の魅力に翻弄されている。


 そこに、陽葵が「キラキラ先輩! ピアノ、今日も最高!」と飛び込んでくる。


 さらに、玲奈が「京理くん、連弾の練習、そろそろね」と現れる。


 咲良の警戒心が爆発。「ちょっと、二人とも! 京理は漫研の準備で忙しいんだから!」


 彼女の叫びに、陽葵は「えー、咲良先輩も一緒にピアノやろ!」と無邪気に返す。


 玲奈は「ふん、幼馴染の特権も、いつまでも通用しないわよ」と微笑む。


 京理は「う、うわ、なんでまたこうなる!?」と頭を抱える。


 文化祭の準備が進む中、咲良は京理と二人きりでコスプレの打ち合わせをする機会を得た。教室の片隅、夕陽が差し込む中、咲良はリリカの衣装を着てポーズを決める。  


「ほら、京理! リリカとレオン、完璧なコンビだろ?」


「うわ、咲良、ほんとすごい! リリカそのものじゃん!」


 と目を輝かせる。咲良の心は、ドキドキでいっぱいだ。


 だが、京理の無自覚な一言が、咲良の心を揺らす。


「咲良、昔からずっと一緒にいて、なんか…姉貴みたいだよな。頼れるっす!」


 咲良の笑顔が一瞬凍る。


「…姉貴!? バカ京理、ふざけんな!」 


 彼女は京理の胸をポカポカ叩き、「私は…女として見られたいのに!」と叫びそうになる。


 だが、言葉を飲み込み、「ふん、いいよ! 相棒として、最高のコスプレ見せてやるから!」と強がる。


 その夜、咲良は自室でリリカの衣装を手に、「京理のバカ…私の気持ち、いつか気づけよ」と呟く。


 彼女のハニートラップは、京理の心に小さな波紋を残した。だが、玲奈と陽葵の策略が控える中、咲良の戦いはまだ始まったばかりだ。


 京理は自宅で、今日の騒動を振り返っていた。


「咲良、めっちゃリリカ似合ってたな…でも、なんか怒ってた? うーん、わかんねえ…」


 彼はキーボードでアニソンを弾き、中二病の発作を抑える。だが、咲良の笑顔と、試着室でのドキッとした瞬間が、頭から離れない。


「やばい、なんか変な汗出る…!」 彼は頭を抱える。


 一方、咲良は鏡の前でリリカのポーズを練習し、「次は絶対、京理の心、ガッツリ掴んでやる!」と気合を入れる。


 音楽室のピアノは、今日も静かに次の旋律を待っている。京理の平穏な日常は、ヒロインたちの情熱によって、ますます賑やかになっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る